62.巫女家の夕食
メイドさんに先導されて着いた場所は、一階にある部屋だった。餉の間というらしい。
部屋は縦長で、それに合わせたみたいに長方形のテーブルが置かれていた。
テーブルの一番奥にはすでに巫女様が座っていた。
私たちのいるテーブルの下座側から、巫女様の座る上座までは十メートルくらいある。
壁際にはメイドさん達が控えていた。
「キョーコ様。こちらに」
巫女姫様はそう言って、上座の方に向かった。
長さ十メートルもあるテーブルの端まで来ると
「座れ」
と巫女様に促された。
私は巫女様から見て左側にある席──メイドさんが椅子を引いてくれた──に座った。
巫女姫様はテーブルを挟んで私の正面に座る。
思った通りファティは席に着こうとしなかったので、巫女様に着座の許可を得ようとした時
「お前も座れ」
と巫女様が先に口を開いた。
するとファティが許可を求めるように私の目を見てきたので、頷き返した。
ファティは
「失礼いたします」
と私の隣の席に座った。
テーブルには私、ファティ、巫女姫様、全員分の料理が並べられてあった。
ファティも始めから一緒に食事をすることが決まっていたのだ。
身分が絶対的であるらしいこの世界で、席が用意されていたのは、私たちを客人として迎えてくれたからだと思う。
まあ、巫女姫様の友人だというのが、大きいんだろうけど。
「遠慮せず。食べてくれ」
貴族の食事はテーブルの端と端で食べるイメージがあったけど、違うらしい。
でもそうしたら声が聞こえなくて、会話が出来ないけど。
「はい。いただきます」
私は巫女様に返事をして、目の前に並べられている料理に視線を移した。
すると一番主張の激しい一品が、否応なしに目に入ってきた。
それはじゅうじゅうと音を立てて、香ばしい匂いで食欲をそそる、サーロインステーキだった。
こっちではなんて呼ばれてるかわからないけど。
他にはパンと野菜サラダに、コーンスープのようなものがあった。
テーブルにはナイフとフォークが置いてあったんだけど、マナー上どのように使えばいいかよくわからない。
私は右手にナイフ、左手にフォークを持ったまま動けなくなってしまった。
ファティに助けを求めるように視線を送ると、ファティはまだナイフとフォークすら握っていなかった。
すると私に見られていることに気付いたのか、ファティはナイフとフォークを手に取ると、慣れた手付きでステーキを切り始める。
私はファティの見よう見まねで、ナイフとフォークを使いピンチを脱した。
ありがとう、ファティ。
──ステーキは何のお肉か分からなかったけど、柔らかくて美味しかった。きっと高級なお肉なのだろう。
コーンスープみたいな飲み物は、そのまんまの味がしたのでこっちの世界にも、トウモロコシに似た野菜があるのかもしれない。
サラダにはドレッシングが掛かっていたので、美味しくて食べやすかった。
パンは柔らかい甘みのあるパンで、これも美味だった。
お米が無いのが悔やまれるけど、異世界の食事が美味しいことに満足して、これ以上贅沢は言わないようにしないと。
そんなことを思っていたら
「キョーコ。明日から学院に通え」
といきなり巫女様に言われた。
「明日からですか!」
「嫌なのか」
「いえ、手続きとかあるんじゃないかと思いまして」
「もう私が伝えてある」
「そ、そうなんですね。わかりました」
巫女様は満足げに頷くと食事を続けた。
──出されていた食事をすべて食べ終わると、メイドさんがラーナ茶とケーキを出してくれた。
ケーキは元の世界で言うところのショコラケーキだ。
一口分にうまく切れたショコラケーキを、フォークで刺して口に入れた。
──その直後、舌の上でチョコレートの濃厚なコクと豊かな香りが広がり、私を夢見心地に誘ってくれた。
「どうやら気にいってくれたようだな」
同じようにショコラケーキを食べていた巫女様が声をかけてきた。
「はい。とても美味しいです」
私はこんな月並みな感想しか返せなかった。
それでも
「そうか。そのショコラケーキは天階甘味という店で作られたものだ」
とにこやかに教えてくれた。
「キョーコ様は天階甘味に行ったことはありますか」
そう尋ねてきたのは巫女姫様だった。
「いえ、まだありません。一度行ってみたいとは思っているんですが」
「それでは⋯⋯今度よかったら一緒に行ってみませんか」
誘ってくれるのは嬉しけど、巫女姫様は要人で簡単には行けないだろうし──でもそんなに期待のこもった瞳で見られたら
「はい、行きましょう」
と約束してしまった。
まあ⋯⋯私とファティがいれば大丈夫だと思うし。
「良かった」
「水を差して悪いが、行くのはすべての問題が片付いてからにしてくれ」
「はい、巫女様」
巫女様の注意に巫女姫様は素直に返事をした。
その問題とは巫女姫様が正体不明の何者かに、執拗に狙われていること。
だけど巫女様はその正体に心当たりがありそうなんだけど⋯⋯
でも、問題が解決しない限り、天階甘味に行くのは、止めておいたほうがいいとは思う。
巫女様は忙しかったのか、ケーキを食べ終わると一足先に部屋を出て行ってしまった。この国のトップだから暇なんてないんだろうなぁ。
私たちもケーキを食べたあと、巫女姫様の部屋に戻った。




