60.百五十万
執務室が沈黙に支配され、一瞬で緊迫した空気に包まれた。
二人が険悪な仲になっても嫌なので声を掛けようとしたら──
「どうやら私の言い方が悪かったようだな。言い直そう。キョーコ、友人としてメアリを護ってやってくれないか」
と巫女様が先に口を開いて私に頼んできた。
「わかりました。巫女姫様の友人として、お護りします」
「そうか⋯⋯」
巫女様は満足げに微笑した。
友人としてなら家臣ではなく対等な関係だし、ファティも納得してくれると思う。
護衛を反対していたファティは、また部屋の壁際に下がっていった。
私は視線をファティから巫女様に戻し
「でも一つ条件があります」
と話を続けた。
「それはなんだ」
「ファティも一緒に巫女姫様をお護りすることが条件です」
「お前一人で十分ではないのか」
「私は索敵が得意ではないので⋯⋯」
ファティなら攻守に優れているし──そう思っていたらある事実に気付いてしまった。
私よりファティの方が護衛に適任なのでは⋯⋯
「以外だな。お前は索敵が得意ではないのか」
「はい⋯⋯」
「キョーコ様に索敵など不要でございます。最強のお方に数をいくら揃えようと、不意をつこうと無駄でございますので」
ファティがとんでもないことを言い出した。
「ふっ、それは頼もしいな。わかった。その条件でよい」
「あの〜」
「なんだ。まだあるのか」
「謁見の間でのことは、いいんですか⋯⋯」
今日呼ばれたのは、それに関してだと思っていた。
「そのことか⋯⋯お前は頭を下げる気はないのであろう」
「はい⋯⋯」
私は礼儀としてなら頭は下げるけど、服従としてなら頭は下げたくない。
傲慢な考えなのかな⋯⋯
私がそう思うのは新生した影響だろうか、それとも、もともと?
アストルムさんは新生しても、人格に影響はないと言っていたけど。
「なら私が言うべきことはない」
「何故ですか」
「私はお前を従わせることが出来る存在とは思っていない。無理に従わせようとしたら、お前はこの国を去ってしまうだろう。私はお前がメアリを護ってくれるだけで十分だ」
確かにもし無理難題を言われたら、私はこの国を去って別の所に行っていたかもしれない。
ファティとならどこに行ってもいいと、思っているし。
「そんな! キョーコ様。どうか行かないでください」
巫女姫様が必死の様子で、私の腕を掴んできた。
「行きません。貴女を護ると誓いましたので」
私がこう言っても巫女姫様は安心できないのか、私の腕を離そうとしなかった。
「言い忘れたが、お前にはメアリと共に学院に通ってもらうことになる」
「えっ!?」
──いま、なんて⋯⋯
「メアリを護るには、あまり長時間離れることは良いとは言えないからな。よってお前にはここに住んでもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
いろいろ突然すぎるよ⋯⋯
「あの⋯⋯私は一応、迷宮探索者をしているんですが、それは続けられますか?」
「それはメアリを護っている間は、休んでもらうことになる」
「それだと生活費が稼げないんですが⋯⋯」
「ふふっ、お前でもそんなことを気にするのか」
気にするのかって⋯⋯私は一体どういうふうに見られているんだろう。
「まあ心配するな。メアリを護ってくれている間、その費用はすべて出す。また報酬も出そう」
「報酬ですか」
「ああ、月百五十万でどうだ」
「百五十万!?」
「なんだ? 不満か」
「いえ、すごい金額なので驚いただけです⋯⋯」
元女子高生で、庶民の私には引いてしまうほどの大金だ。
「これくらい当然だろう。そこらの人物を護るのではないのだからな。メアリは巫嗣なのだ」
「ふし?」
「要するに私の跡継ぎだ」
「あぁ⋯⋯」
確かに巫女姫様は超VIPなので、護衛料金としては普通なのかも。
「では、この金額でいいな」
「いえ、報酬はいりません」
「なに?」
「友人を護るのに、お金を貰うのは違うと思いますので」
「キョーコ様⋯⋯」
巫女姫様の方を見ると、何故か目を潤ませていた。
「ふふっ、あはは」
突然、巫女様が愉快そうに笑いだした。
「キョーコ。お前はやはり面白い」
面白いって⋯⋯私は芸人じゃないんだけど。
「普通、この金額を提示されればすぐに飛びつくものだ。それを断るとは。まあ、お前の好きにしろ」
「はい」
「私はまだ仕事があるので中座するが、あとはメアリから詳しい話を聞くといい」
巫女様はそう言い残すと、立ち上がって奥の部屋に行ってしまった。
その後をメイドさんが一人、慌てて追いかけていく。




