59.執務室
「入れ」
その尊大な物言いで、入室を促したのは巫女様だった。
でもそれは絶大な権力を持っている人物なので、普通なのかもしれない。
その巫女様は艶のある石製の大きな机を前にして座っていた。
おそらくここは巫女様の執務室なのだろう。物が少なくてとてもシンプルだった。
「失礼いたします」
巫女姫様がそう断って、中に入るために一歩踏み出した。
「失礼します」
私も巫女姫様の後に続いて入っていく。すると、執務室の中にいたメイドさんが私の横をすり抜け
「メイドの方はこれ以上はご遠慮願います」
とファティの前に冷たい声音で立ち塞がった。
──突然、空気が張り詰めたような気がしたとき
「構わぬ。私の客人だ」
と巫女様が許可を与えてくれた。
メイドさんは
「し、失礼いたしました」
と慌ててファティに低頭して、執務室の奥に下がっていく。
ファティを見ると、怒っている様子はなかったので安心した。
全員が執務室に入ると、二人のメイドさんが左右から両開きの扉を閉めていった。
巫女姫様の後ろからついてきていたメイドさん達は、執務室の中までは入って来ないらしい。
この執務室は部屋が二つあるかなり広い造りみたいだ。
もしかしたら私のいる場所から見えないだけで、他にも部屋があるのかも──
と私が想像していたら、おもむろに巫女様が椅子から立ち上がって、そのまま何も言わずに奥の部屋に行ってしまった。
「キョーコ様。こちらに」
私がまごつく前に、巫女姫様が奥の部屋に先導してくれた。
奥の部屋にはテーブルと、その両側に置かれた高級そうな革張りのソファーがあった。
「座ってくれ」
巫女様に勧められて私と巫女姫様は同じソファーに座り、巫女様はテーブルを挟んで反対側のソファーに腰掛けた。
ファティはソファーから離れて、部屋の隅に立っている。ソファーは三人掛けなのでファティも座れたんだけど、私はその意思を尊重した。
「キョーコ。よく来てくれたな」
最初に口を開いたのは巫女様だった。本音を言えばあまり来たくなかったんだけど⋯⋯私がそう思っていると
「ふっ。どうやら本当は来たくなかったようだな?」
と巫女様が私の心情を言い当てたので、ぎくりとしてしまった。
「えっ!? それは本当ですか、キョーコ様⋯⋯」
巫女姫様が私の方を向いて悲しそうに言った。
「えーと⋯⋯」
困ったな。何て答えよう⋯⋯
「ふっ。メアリ。キョーコが来たくなかったのは、お前に会いたくなかったからではなく、私に会いたくなかったのだ」
巫女様がよく笑うことに私はちょっと驚いた。厳しい顔付きをしているので、笑うようなイメージを持っていなかったから。
「わ、私は別にそのような意味で申し上げたわけでは⋯⋯」
巫女姫様は顔を赤くして、恥ずかしそうに言った。
「失礼いたします」
そこにメイドさんがティーカートを押しながらやって来ると、テーブルにお茶とお菓子を置いていった。
お菓子はマカロンに似た形をしているキルクルスで、お茶はその香りからラーナ茶だとわかった。
「まあ、飲んでくれ」
「はい。頂きます」
「お前の髪と目はとても珍しい色をしているが、この辺りの出身ではないな」
「はい。そうです」
「どこの出身なのだ」
「日本という国です」
「ニホン?⋯⋯聞いたことがないな」
「とても遠い国ですので」
「そうか⋯⋯」
「お前は何故この国に来たのだ」
ぐいぐいと巫女様が聞いてくる。何故この国に来たと言われても、答え辛い。
「私は旅をしておりまして、この国に辿りついたという感じです」
結局、こう言うしかなかった。たまたま住んでいるダンジョンの真上にあって、近かったからとは言えないし⋯⋯
「そうか」
巫女様はティーカップに手を伸ばして、ラーナ茶を一口飲んだ。
「──さて本題に入ろう。メアリを賊から幾度か助けてくれたそうだな。礼を言う」
突然、巫女様が頭を下げたので私は驚いてしまった。
「いえ⋯⋯」
別にあれこれ言うこともないので、一言だけ口にする。
「実はいまだメアリを狙った賊の首魁は、捕らえられてはいない。首魁の見当はついているのだが──」
この首魁の見当はついていると口にした時、一瞬だったけど巫女様の表情が悲しげに見えた。
「そこでお前の力を見込んで頼みがある。首魁を捕えるまでの間、お前にメアリの護衛をして欲しい」
「──えっ!?」
突然の話に私が驚いていると、同じように巫女姫様も驚いていた。巫女姫様もこの護衛の話は知らなかったらしい。
「恐れながら、少々よろしいでしょうか」
部屋の隅に佇んで、今まで一言も発言しなかったファティが口を開いた。その声には少し険があるような気がした。
謁見の間での出来事を思い出して、少し緊張してしまう。険悪なムードになったら、私が止めるしかないかな。
──ふいに引っ張られた気がしたので、横を見ると不安そうな顔をした巫女姫様が、私の右袖をつかんでいた。
巫女姫様もあの出来事を思い出したのかもしれない。不安になるのも無理はないよね。
「──許す。話せ」
巫女様の声音は怒っている感じはしなかった。
「以前も申し上げましたが、キョーコ様は巫女様の家臣でもメイドでもございません。護衛など巫女様の家臣にお任せすればよろしいのではないでしょうか」
ファティは不快感も露わにきっぱりと言い放った。
「お前は主人が決めるべきことに、口を出すというのか」
「主人が侮られていると見れば、口を噤んでいるメイドがおりますでしょうか」
「ふっ、それはお前ほどの力を持っているから言えるのだ。まあ、それはいい。私はキョーコを侮ってはいない。私はキョーコに命令しているのではなく、頼んでいるのだ」
「護衛など家臣の仕事でございます」
巫女様に対してファティは一切譲る気はなさそうだった。




