53.惨劇
私は心底気が進まなかったので、もう一度頼んでみることにした。
「皆さん、お願いします。諦めてくれませんか。もう一度言いますが、あの門の先に行けば確実に全滅します。ここから退いてくれたら、私たちは一切手を出しません」
「諦められるわけがなかろう! 最下層に辿り着くまで、どれほどの犠牲があったか貴様にわかるか。我々はその者らの犠牲を無駄にしないためにも、財宝を手に入れなければならんのだ!」
まるで狂信的な目をして、宰相は怒鳴り返してきた。
「どうして⋯⋯今より強くなってまた挑戦すればいいじゃないですか。死んじゃいますよ」
──宰相はもう私の訴えに言葉を返さなかった。
「エルザさん! みんなを止めてください」
宰相では話が通じないので、この人ならと期待して声をかける。
「すまないな」
エルザさんはそう言いながら剣を構えた。
──退いてもらうには、覚悟を決めるしかなさそう⋯⋯
「ここからは本気で、斬るつもりでいきます。やめませんか」
──再び無言⋯⋯
私は剣を構え覚悟を決める。
「行きます⋯⋯」
私は脚に力を入れて、床を蹴って前に出た。
瞬きさえできない程の速さでフォルティスさんに接近
──首をはねた。
恐ろしくなるほど剣は抵抗を感じなかった。
すかさずその側にいたエルザさんに振り向き
──左胸に剣を突き入れた。
剣が胸鎧ごと背中側まで貫く。
私は剣をエルザさんの胸から引き抜くと、フェーデちゃんのところまでいき
──左腕で小さい身体を両腕ごと抱え込んだ。
さすがに幼女のような姿をしているフェーデちゃんを斬ることはできなかった。
「おとなしくしててね」
私がお願いするとフェーデちゃんは拘束から逃れようと両腕に力を入れ、両足をバタバタさせて蹴ってきた。
「くっ、外れん」
「フェーデちゃん、お願い。おとなしくしててね⋯⋯」
私がもう一度念を押すように言うと
「わかった⋯⋯」
とフェーデちゃんは渋々という感じで聞いてくれた。
──そこに突如セルウィさんが現れ、大剣を振り下ろす。
私はそれを剣で払い上げると、袈裟懸けに斬り返した。
「ぐはっ」
セルウィさんは吐血すると、左肩から右脇腹にかけて大量の血が吹き上がった。
それでも私に剣を振ろうとした瞬間──糸が切れた人形みたいに崩れ折れた。
「きゃあああぁっー」
突然、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。
悲鳴を上げたのはフェーデちゃんじゃなかった。
仰向けになって動かなくなったセルウィさんから視線を上げて見ると、エミリーさんが青褪めて座り込んでしまっていた。
「きょ、キョーコ。お前なんてことを⋯⋯」
ガイウスさんが悲痛な面持ちで口を開いた。
「キョーコ様をお責めになるのは、筋違いでございます。キョーコ様が何度もご忠告なされたのに、それを無視してこのような結果を選択したのは、あなた方ではございませんか」
ファティが不愉快だといった感じで言葉を返した。
ガイウスさんは何も言わずに押し黙ってしまう。
私はまだ戦意がありそうな人がいないか探してみると、もう誰も武器を構えてはいなかった。
私は拘束していたフェーデちゃんを解放して、剣を鞘に納める。フェーデちゃんは大人しくしてくれた。
私はもう一度対話を試みるため
「あの⋯⋯貴方がこのパーティーのリーダーじゃありませんか?」
と宰相に話しかけた。
「そ、そうだ」
宰相は少し顔を強張らせて答えた。
「終わりにしましょう。門を通るのは諦めてください。そうすれば私はこれ以上、戦う気はありません」
「⋯⋯わかった」
完全には納得してなさそうだったけど、宰相は引き返すことを了承してくれた。
この時パルティアさんが私の横を通ってセルウィさんの側に行くと、膝をついて身を屈めた。
セルウィさんの開いていた目をその手で閉じて、手を組ませる。
他の人たちもエルザさんとフォルティスさんのところへゆっくりと近付いていく。
この光景を見て私はいたたまれなくなった。
「キョーコ様。転移いたします」
「うん。お願い⋯⋯」
ファティの転移魔法で、私はとこしえの大地に続く門の前まで戻ってきた。
門のすぐ前には私とファティ、そこから少し離れた場所に宰相のパーティーがいた。
フォルティスさん、エルザさん、セルウィさんは床に並んで横たわっている⋯⋯
皆、悲壮な顔をして無言で佇んでいた。
「貴女を絶対に許さない!」
沈黙を破ってありったけの憎悪を込めた様な、パルティアさんの言葉が私に叩きつけられた。
こんなことを今まで面と向かって誰にも言われたことがなかったので、胸に鋭い痛みが走るような衝撃を受けた。
「キョーコ。これは取り返しがつかない⋯⋯お前は迷宮探索者の資格を剥奪されるだけじゃなく、ここに横たわっている三人が所属しているギルドや仲間、また国から追われることになる。残念だ⋯⋯俺はお前に期待していたんだ⋯⋯」
ガイウスさんが私のために心から悲しんでくれているのが、その震える声から理解できた。
私のことをそこまで買っていてくれたなんて⋯⋯
少しうるっと──
「ぎゃああぁぁっー」
しそうなところに突如、耳をつんざくような悲鳴がして感傷的な気分が吹き飛んでしまった。
「ひいぃぃっ、ぞ、ゾンビー!」
どうやら悲鳴を上げたのはエミリーさんらしい。
その原因は横たわっていたエルザさん、フォルティスさん、セルウィさんの三人が突然目を開けて、おもむろに動き出したからだった。




