5.初めてのバトル
「ちょっと聞いてもいい。私ってこの世界の知識が全然ないみたいなんだけど、知識は受け継がれなかったの?」
「はい。アストルム様がこの世界に関する知識がないほうが、この世界を楽しめるだろうと仰って、知識を封印されたのでございます」
「そうなんだ」
ファティは頷いて肯定した。アストルムさんはなかなかスパルタらしい。
「それに霊盃に蓄積された膨大な知識を一度に得た場合、人格に悪影響が出る可能性もございますので」
「それは確かにそうかも⋯⋯」
アストルムさんは私を強制的に召喚したけど、そういうところはちゃんと考えてくれていたんだ。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
「かしこまりました」
私たちは部屋から出ると、最下層に移動するため先程の魔法陣までやってきた。
「キョーコ様。魔法陣の真ん中にお立ちくださいませ」
ファティに促されて、私は魔法陣の真ん中に立つ。
するとさっき私が立った時には、何の反応も示さなかった魔法陣が強く光だした。それが次第に速く明滅していき、浮遊するような感じがしたと思ったら──
「キョーコ様。到着いたしました。最下層でございます」
と一瞬で別の通路に転移していた。
「早い! ここはもうモンスターが出るんだよね⋯⋯?」
「はい。でも心配ございません。雑魚モンスターですので」
ファティがいるのでそれほど心配はしてないけど、緊張はしていた。
モンスターを生で見るのは当然初めてだし。
緊張しながら周囲を見回すと、最下層は黒い壁で出来ていた。触るとざらざらした感触が伝わってくる。
通路は完全な闇ではなく、進むには問題ない明るさがあった。不思議なことに光源はどこにも見当たらない。
「キョーコ様の収納魔道具に剣を入れておきましたので、モンスターと戦う際にお使いくださいませ」
「ありがとう。どうやって取り出せばいいの?」
「はい。アイテムを取り出す場合は収納魔道具を握ると、中に入っているものが感覚でおわかりになりますので、あとは取り出したいアイテムを強くイメージするだけでございます」
なんとも便利なチートアイテムのようだ。
私はスカートのポケットに入れていた収納魔道具に手で触れてみると、確かに中に入っているアイテムが直感的にわかった。
入っていたアイテムは剣、ただ一つだけだったけど⋯⋯
そのまま剣を取り出すイメージで、収納魔道具を握っていると、突然正面に剣が浮かび上がった。
慌ててそれを掴みとる。
剣の柄と鞘は青が基調となっていて、とても凝った装飾がされていた。
鞘から剣を抜いてみると、剣身は仄かな青色をしていて、とても綺麗だった。
真剣を持ったのは初めてのはずだけど、不思議と手に馴染んだ。重さもほとんど感じない。
「これってただの剣じゃないでしょ」
「はい。ミスリルコンという合金を使った剣でございます」
「良いの? こんな凄そうな剣を使っても」
「今回は特別でございます。ここのモンスターは雑魚でございますが、ただの鋼の剣では斬れませんので」
鋼の剣で斬れないって、それって雑魚なのかな⋯⋯
手に持った鞘をどうしようか迷っていたら、ファティが持ってくれた。
とりあえず剣を構えながら、慎重に通路を進み始める。
剣を構えたのも初めてだったけど、身体が覚えてでもいるみたいに自然に構えることができた。
しばらくは何事も起こらず直線の通路を緊張しながら進んでいると、丁字路が見えてきて──
ぬちゃぬちゃと何か粘液のような音が、通路の曲がり角の方から聞こえてきた。
「何かいるね⋯⋯」
私はそう囁くと立ち止まった。
後ろからついてきていたファティを見ると、微笑んでいた。
余裕だ⋯⋯
音が近付いてくるのを、私は剣を構えつつ待ち受けた。
──少しして丁字路の右手の通路から姿を現したのは、不定形なモンスターだった。
青黒いような色をしていて、体高は大型犬くらいある。
「ブラックミスリルスライムでございます」
ファティがモンスター名を教えてくれた。
やっぱりスライムだと思った瞬間──顔の辺りに何かが来る気配を感じて、反射的に顔を反らす。
顔の横を通り過ぎたのは、槍のように鋭く尖っているものだった。
「あ、危ない⋯⋯」
その槍のようなものを目で辿ると、ブラックミスリルスライムの体表から伸びていた。
液体金属のような身体を変形させて攻撃してきたのだ。
まだ五メートルくらい距離があったのに、一瞬にして顔まで伸びてきた。
その触手のような部分が一本、二本、三本、四本と増殖していき、先端部分を槍や鎌のような形状に変化させていく。
⋯⋯なんかまずい雰囲気。
これ以上触手を増やされる前に、私は思い切ってスライムに向かって踏み込んだ──
途端、私の顔目がけて鋭い切っ先が放たれる。
それを頭を横にして躱すと、ほぼ同時に鎌になっている先端が私の首を落とそうと迫ってきた。
「わっ!」
慌てて私は身体を引いてそれをやり過ごす。
空をきった鎌の部分は鞭のようにしなりながら、ダンジョンの壁をガリガリと削っていく。
当たったら一発アウトだね⋯⋯
でも助かったのはその攻撃が、私の目で追えたことだ。
──どうやらスライムは私を休ませる気はないらしい。
頭上と左右から、先端を鎌状と化した凶悪な追撃がくる。
私は左右の攻撃を空隙のある前に飛び出して躱すと、頭上からの攻撃は剣で受け流した。
硬質化したスライムの身体と剣が激しく接触して、金属が削り合うような音を上げながら火花が散った。
その刹那、残っていた槍状の触手が私の胸を貫こうと迫り──
先端がブラウスに触れる寸前、身体を横にして躱しつつターンして、スライムを正面に捉えたところを袈裟斬りにした。
右上から斜め下に入った剣はまるでゼリーを斬るような手応えと共に、ブラックミスリムスライムの身体を両断する。
この一連の動作を流れるようにこなせたことを私は驚いた。
剣道は一度もしたことがなかったのに⋯⋯
ブラックミスリルスライムを見ると、張りがなくなってベチャッと身体が崩れていた。
「ふうぅ⋯⋯」
どうやら倒せたみたいだ⋯⋯私は緊張が解けて肩の力が抜けた。