49.時戻りの間
「古代級地龍って嘘でしょ! 世界に数匹しかいないドラゴンがここに? 見、見たい⋯⋯」
興奮気味に声を上げたのは、エミリーさんだった。
「ふんっ! そんなドラゴンごとき、ランク10の二人と魔道人形がいる我々に倒せないはずがない」
宰相は自信満々に発言した。
でもファティが勝てないと言っているので、このまま行けば大変なことになるだけだと思う。
それにまた樹海が燃えたり、霊廟と新生殿に被害が出たら嫌なので、出来れば行ってほしくない。
「多分、全滅するだけだと思います」
「では貴様は何故生きている? 中を見たのだろ!」
う〜ん、なんて言えばいいのか⋯⋯
「くどくどと! キョーコ様が優しく、ご忠告なされているというのに、耳を貸さないとは」
突然、ファティがキレたかと思うと、腕を前に伸ばして掌を集団の方に向けた。
その直後、集団の足下に魔法陣が現れ──
集団の姿が掻き消えた。
「ちょ、ちょっと! 何をしたの!?」
ファティの突然の行動に、私は慌てて声を上げた。
「ご安心くださいませ。キョーコ様のご指示がない限り、あの侵入者共が死罪に値するとしても、殺しはいたしません」
ファティが恐ろしいことを口にする。
「そんなこと指示しないよ。それであの人たちは?」
「時戻りの間に、転移させました」
「時戻りの間?」
「はい。簡単に申し上げますと記憶以外、その中で起こったことは、外に出ると入る前の状態に戻るのでございます」
「そんな場所があるんだ。でも何でそんな所に転移させたの?」
転移させるなら、巫女の神域の外の方がいいと思うけど。
「キョーコ様のよい練習台になりそうでございましたので」
「練習台?」
「はい。キョーコ様もいつか本気で人間と戦わざるを得ないことが、起こるかもしれません。その時のために、練習をしていただきたいと愚考いたしました」
そんなことは起こらないよと言いたいけど、結構人とも戦ってしまっている⋯⋯
「時戻りの間で真剣勝負をしていただければいざという時、躊躇うことにはならないと存じます」
「真剣勝負⋯⋯」
「真剣勝負と申しても、お気に病むことはございません。たとえ相手が死んでも、大怪我をしても時戻りの間から出れば、元通りでございます」
「う〜ん、気が進まないけど⋯⋯」
「それではいかがなさいますか。侵入共は強欲でございます。言葉だけでは門の奥に行くことを諦めないかと」
「とにかく、時戻りの間にいって話してみるよ」
「それではこれをお持ちくださいませ」
ファティがそう言って収納魔道具から取り出したのは、一振りの剣だった。
それはミスリルコンという合金で鍛造されている名剣。
「魔王に相応しい剣でございます」
「ま、魔王じゃないから。もうっ!」
ファティの発言に私は苦笑してしまった。
戦うかもと緊張している私をリラックスさせようと、冗談を言ってくれたのだろう。
うん、冗談だと思う⋯⋯
「じゃあ、行こうか」
「かしこまりました」
ファティの転移魔法でやってきた時戻りの間は、かなり広かった。天井と床は黒く、壁は白い。
私とファティが転移した場所から十メートルくらい隔てたところには、十六人ほどの集団がいた。
ファティが先に転送させた人たちだ。
みんな少し混乱しているよう様子だった。突然こんな所に転移させられたら、無理はないけど。
「皆さん。門の奥は諦めて、帰っていただけませんか?」
私はその集団に向って再度お願いした。それほど大きな声を出したわけではないのに、声がよく響いた。
「何! ここは一体どこだ。ここから出せ!」
宰相が私の言葉に怒鳴り返した。
「このまま帰っていただけるなら、すぐにお出しします」
「馬鹿を言うな。財宝を貴様に独占させてなるものか!」
ずいぶん、頑固な人だなぁ。
「撤退を進言する」
突然、軍人みたいなことをかわいらしい声で言ったのは、それまで一言も喋らなかったフェーデちゃんだった。
「どうしてだ?」
その側に立っていたエルザさんが問いかける。
「私たちでは彼女には勝てない」
「なに馬鹿なこと言ってやがる。奴らは二人だけじゃねえか!」
とフォルティスさんは苛立ち
「宰相。どうします?」
と指示を仰いだ。
「やれ! 財宝を独占させるな」
宰相は冷酷な命令をフォルティスさんに下した。
「私はあまり気が進まないな。まだ少女じゃないか」
「私は撤退を進言する」
エルザさんが気の無い返事をすると、フェーデちゃんはさっきと同じ言葉を繰り返した。
フォルティスさんは
「ちっ、俺だけで十分だ。お前らは引っ込んでろ!」
と吐き捨てながら、背中に背負っていたグレートソードを抜き放った。




