45.巫女家の剣
ヴェスタル宮殿から結構離れたので、気になっていたことを聞いてみようかな。
「ねえ。さっき私が巫女姫様と別れの挨拶をしていたとき、なんか不機嫌になってなかった?」
「いえ、そのような事はございません」
ファティが否定したとき、その顔は一切表情を変えなかった。
「本当に?」
私がさらに追及するとファティは一瞬無言になって
「──巫女姫様があまりにもキョーコ様に、馴れ馴れしく接するものでございましたので⋯⋯」
と言いにくそうに本心を語ってくれた。
「そっかぁ⋯⋯」
これは焼き餅を焼いてくれたのかな。う〜ん、かわいい。
私はファティのその手を取って握った。
「きょ、キョーコ様!」
ファティの美しい頬に朱がさした。
そのままのんびりと歩きながら、ヴェスタル宮殿のある神都の上層から、中層に入ったとき
「キョーコ様。私たちを追跡している者たちがおります」
とファティはそんな状況にもかかわらず、冷静に伝えてきた。
「えっ!? 全然気付かなかった⋯⋯」
「いかがなさいますか?」
一体誰が私たちをつけているのだろう。何かそんなことされるようなことしたかな。
心当たりは⋯⋯あり過ぎだよね。
「じゃあ、ずっとついて来られても困るから、帰ってもらおう」
「かしこまりました」
私たちは大通りから、路地裏に通じる道に入っていく。
そこで少しの間待っていると、追跡者が現れた。
追跡者は黒ずくめの格好をしていて、慌てた様子で辺りを見回している。
私とファティはその様子を、上から眺めていた。
私たちは建物の屋根の高さに浮いていたのだ。
私がファティに提案したのは路地裏に入ったら、浮遊魔法を使って待ち伏せするというものだった。
単純な方法だけど、成功してよかった。
神都内では魔法は使えないことになっているけど、それは相手に害をなすような魔法に限られている。
見ているとさらに追跡者が一人、路地裏の道から現れて先の二人に加わった。
私とファティは気づかれないように、全員集まった時にそっとその背後に下り立つ。
その直後、追跡者たちは勘がいいのか振り向いて、私たちを見ると一瞬で脱兎のごとく逃げ出した。
大通り方面とは逆に、追跡者たちは一目散に逃げていく。
するといきなりその途中で、追跡者たちは後方に吹き飛んだ。
けど体勢を崩しながらも、地べたに誰一人転がることなく着地する。
結構な勢いで吹き飛んでいたけど、そこから体勢を立て直すなんて身体能力が高いみたいだ。
「逃げても無駄でございます」
ファティが追跡者たちに忠告する。見えない壁に当たったみたいに、身体が吹き飛んだのはファティの魔法によるらしい。
巫女姫様が森で襲われたとき、賊が逃げないように使っていた魔法に似ている。
相手は戦う意志があるみたいで、剣を抜いて構えた。
顔は──黒い仮面をしていてわからない。目立ってしまって、追跡には不利そうなんだけど。
でも⋯⋯まったく気付いていなかった私が、言えることでもないか。
「愚かな⋯⋯」
ファティは心底うんざりした様子を見せて
「無駄な抵抗はしない方が賢明でございますよ」
と忠告したにもかかわらず、追跡者は斬りかかってきた。
しかもファティにだけ。私より与し易いと思ったのだろうか。
──ファティに後一歩のところまで接近した追跡者に、突然異変が起こった。
ファティが追跡者たちに掌を向けて
「あなた方の動きを止めることなど造作もございません」
と言うと、みんな石像のように動かなくなってしまったのだ。
ファティは私の方を向くと
「キョーコ様。この者らは巫女家の剣と呼ばれる集団の一員でございます」
と追跡者に関する情報を聞かせてくれた。
「巫女家の剣?」
「はい。巫女家子飼いの暗殺、諜報を生業とする者らでございます」
「──え!?」
私はファティの言葉の意味が一瞬飲み込めなかった。
「あ、暗殺⋯⋯まさか巫女様が私を⋯⋯?」
それとも私とファティを⋯⋯
「いえ、キョーコ様の力の一端を目にして暗殺しようとするほど、巫女家は愚かではございません。巫女家の剣の目的は別にございます」
ファティが断定したので、私はひとまず安心した。
「あなた方の目的は何でございますか?」
ファティの問いかけに、巫女家の剣の人たちは一切口を開かなかった。
まさか死んでないよね? ファティがそんな無茶をするとは思えないけど。
ファティはしばらく巫女家の剣の人たちを厳しい目つきで見たあと、私に顔を向け
「キョーコ様。この者たちをいかがなさいますか?」
と振ってきた。
う〜ん、どうしよう。もうストーカーするのはやめてくださいって言っても、聞かなそうだし。
「跡をつけるのをやめてもらうには、この人たちに命令している人をどうにかしないといけないけど⋯⋯」
そもそも誰が命令者なのかがわからなければ、どうすることもできない。
「そこで僭越ながら私がキョーコ様に、とても簡単な方法をご提案させていただきたく存じます。それは──」
ファティの青い瞳が妖しく光った。ような気がした。
嫌な予感がするなぁ⋯⋯
「私の原初魔法で巫女家すべてを消し去ればいいのでございます。キョーコ様のお手を煩わすことのない、実に素晴らしい解決法ではございませんか」
ファティの口元は薄く笑みを形作っていた。




