42.巫女衆
衛兵の剣がファティに届く前に、私は衛兵の手首をつかんだ。
衛兵は驚いたのか目を見開いている。
その手首を捻り上げると、衛兵は呻き声を上げながら剣を取り落とした。
そのまま軽く前に押し出しながら手を離すと、よろめいてすぐ背後にいた衛兵とぶつかり、ドミノの牌のように倒れていった。
私は赤絨毯の上に落ちた衛兵の剣を拾って、片手で構えを取る。
剣は両刃の紛れもない真剣だった。
「下賤共の分際で手向かうというのか。いいだろう。衛兵! 二人まとめて斬り捨てよ」
ここまで青髪の男を怒らせたら、もう和解は無理そうだね⋯⋯
「キョーコ様ー!」
突然、巫女姫様の悲痛な声が聞こえたので見ると、衛兵に連れていかれるところだった。
せっかく巫女姫様が用意してくれた場を、台無しにしてしまったと思うと胸が痛い。
でもさすがに斬りかかられて、無抵抗でいるのは無理。
「キョーコ様。申し訳ございません。このようなことになってしまい⋯⋯」
ファティが謝ってきて頭を下げていた。
「こうなったら仕方ないよ。今はこの場を切り抜けよう」
「はい⋯⋯」
衛兵たちは攻撃してくる隙が十分にあったはずなのに、取り囲んでいるだけで動こうとはしなかった。
「何をしている! 宮廷を穢す者共を早く斬り捨てよ!」
青髪の男の怒声を合図に、衛兵は再び一斉に斬りかかってきた。
私は反撃するにしても、最悪でも相手が気絶する程度でやめることにした。
衛兵の上段の斬り下ろしを剣で弾き返し、頭上で剣を水平にする。
──その直後、鋭い金属音が響いた。
衛兵の一人が私の背後から斬りかかってきていた。
背中に目がついているから防げた、ということはもちろんなく、頭上に振り下ろされる剣の音が聞こえたおかげだった。
でもその時、がら空きになってしまった私の胴に斬撃が左右から迫ってきた。
私はそれを足の力だけでバク転して躱す。
うまい具合に一人の衛兵の背後に着地すると、振り返る前に左肩に手刀を叩きこんだ。
ボキッという音と硬いものを折ったような、嫌な感触が伝わってくる。
「ぐっぅ」
衛兵は呻き声を上げると膝をついた。
間髪をいれずに私は近くにいた別の衛兵の右手に蹴りを放つ。
「あっぁぁーっ」
苦鳴を漏らしながらその衛兵は、持っていた剣を取り落とした。
私が衛兵を次々と戦闘不能にさせていくと
──謁見の間に異常な光景が広がった。
手首、肩、脇腹などを手で押さえて脂汗を流しながら低く呻いている衛兵や、うつ伏せや仰向けに倒れている衛兵の姿。
私がやってしまったんだけど、ちょっとやり過ぎちゃったかな⋯⋯
でも人死も出てないし、あとでファティの回復魔法で治せば後遺症は残らないと思う。
そんな風にへこみそうな気持ちを励ましていると、白いローブを着ている人たちが現れた。
その白いローブの人たちは傷ついている衛兵の側に行くと、謁見の間の端に運んでいった。
私はそれを阻止しないで眺めていて、ふとファティはどうしているんだろうと気になったので、その姿を探す。
ファティは私からそれほど離れていないところにいて、薄い光の膜のようなものがその身体を覆っていた。
防御魔法に徹して静観していたらしい。怪我もしてなさそうだったので安心した。
たぶんファティ自身が手を出して、これ以上事態が重くなってしまうことを気にしたのかもしれない。
上流階級の人たちは謁見の間から出ていかずに、最初の頃よりさらに遠巻きになって私たちを見ていた。
ずいぶん好奇心の強い人たちらしい。
「小娘如きにやられるとは。それでも衛兵か。だが次はそうはいかん!」
青髪の男は運ばれていく衛兵を罵倒しつつ
「巫女衆! 下女が巫女様に近付く前に排除せよ」
と新たな指示を出した。
ずいぶん勝手なことを言ってる⋯⋯戦っていたらたまたま近づいただけだよ。
反発心が私の中で膨らんでいると、玉座の後ろの方から赤いコートのようなのものを羽織った人たちが現れた。
赤い仮面をつけていたので、顔の判別はまったくつかない。
その手には槍を持っていると認識した瞬間、一斉にそれを私の方に構えた。
あと二、三歩前に出て突きを繰り出せば、私まで十分届く距離だ。
巫女衆と呼ばれた人たちは六人いて、その内の二人は巫女様の前から動かず、四人が私に向かって襲いかかってきた。




