41.謁見の間
謁見の間は二階の通路をまっすぐ進んだところにあった。
二人のメイドさんが大きな扉を開けてくれたので、中に入ろうとして一瞬躊躇った。
そのあまりの煌びやかさに⋯⋯
天井には立派なシャンデリア型の魔道灯がいくつも吊るされ、床に金の刺繍の入った赤絨毯が敷かれている。
その一番奥には一段高くなっている場所があって、中央に置かれた玉座に堂々と座っている人物がいた。
「もしかしてお会いする方って⋯⋯」
「はい。巫女様です」
巫女姫様は嬉しそうにその呼び名を口にした。
謁見の間にいると言われて薄々そうなんじゃないかなと、思っていたけど⋯⋯
「キョーコ様のことをお話したらとてもご興味を持たれ、是非合ってみたいと仰られまして」
「そうなんですか⋯⋯」
私はてっきり巫女姫様とだけ会うものだと思っていたので、ちょっとまごついてしまう。
「ご迷惑でしたでしょうか⋯⋯」
巫女姫様は私が嫌がってると思ったのか、その顔はとても不安そうだった。
「いえ、驚いただけです。行きましょうか」
「はい。キョーコ様」
巫女姫様の不安な表情が消えて笑顔になった。うん、やっぱり笑顔じゃないとね。
赤絨毯の両側には大勢の人たちが、整列していた。
男性はモーニングコート、女性はアフタヌーンドレスに似たものを着て正装していた。
でも私はドレスコードに詳しくないから、何を着ているかはっきりとはわからないけど⋯⋯
その上流階級に位置する人たちの視線が私とメアリに集中する。ファティもきっと見られているはず。
場違いな所に来てしまったかも⋯⋯ちょっと緊張してしまう。
でも立ち止まるわけにもいかず、私は赤絨毯を踏みしめながら玉座に向かっていく。
その間どこを見て歩いていいかわからない、かといって巫女様の顔をじっと見るわけにもいかないだろうし⋯⋯
なんとなく私は横を歩いている巫女姫様を眺めた。
身長は私より顔半分くらい低く、白のドレスがとてもよく似合っていた。
ふと巫女姫様が私の方に顔を向けて私と目が合い、微笑を浮かべた。
私もこの邪気のなさにつられて、微笑む。
──体感的に五十メートル以上歩いて、玉座のある壇のすぐ側までやってきた。
巫女様は赤いドレスを着ていた。私ではとても着こなせそうにない。
間近で見る巫女様は、髪と瞳は巫女姫様のように青く、顔も瓜二つ、とまでは言えないけどよく似ていた。
その表情は巫女姫様のように柔和ではなく、なにか近寄り難い雰囲気があった。
この人が巫女姫様の母親⋯⋯
「巫女様。こちらの方が以前お話しましたキョーコ様です」
巫女姫様が一度頭を下げてから報告する。
私も何か言ったほうがいい? それともカーテシー? やったことないしなぁとぐずぐずしていたら
「そこの黒髪の女、何をしている。巫女様の御前である! さっさと頭を下げて跪かぬか」
と玉座から一段下に立っていた男性が、見下すような響きのある声で命令してきた。
その人物は青い長髪で目も青いので、巫女姫様の親族だろうか。
私は跪くのはさすがに抵抗を感じたので、仕方なく頭くらいは下げようとしたとき
「キョーコ様。頭をお下げになる必要はございません」
とファティの声が広い謁見の間に響いた。
「何だと? ここはメイド如きが口を出せる場ではない。衛兵! 宮廷作法を知らぬ下賤なメイドを捕らえよ」
青髪の男は鋭い目つきで私の後ろを指差す。
するとどこからともなく腰に剣を佩いた衛兵がぞろぞろと現れ、ファティを取り囲んだ。
上流階級の人たちはいつの間にか、この様子を遠巻きにして見ていた。
まさに一触即発の瞬間──
「お、おやめください」
と巫女姫様が狼狽るような声を上げた。
と同時にファティを拘束しようとしていた衛兵の動きが止まった。
「何か理由があるはずです。私がお聞きしますので、それまでお待ちください」
青髪の男も巫女姫様には口を挟めないのか、静観することにしたらしい。
「ファティさん。どうしてあのようなことを言ったのですか」
巫女姫様がファティの目をまっすぐ見ながら、悲しげに問いかけた。
「キョーコ様はこの国の民でも、臣下でもございません。ましてやいかなる者にも隷属されぬお方が、頭を下げ跪く道理がございますでしょうか」
ファティがきっぱりと言い切った。
この瞬間、室内の緊張感が一気に膨れ上がった気がした。
「おのれ⋯⋯下女風情が⋯⋯衛兵! この不埒者を叩き斬れ!」
逆上した青髪の男の命令を受けて、衛兵が剣を抜き放ち躊躇うことなくファティに向って斬りかかった。




