40.ヴェスタル宮殿
伯爵邸の扉が馬車の窓から見えなくなる時まで、カテリナちゃんは頭を下げて見送ってくれていた。
「カテリナちゃん。私より年下に見えたのに、メイド長なんだね」
「はい。彼女はとても優秀なメイドでございます」
「何歳なの?」
「十四歳でございます」
「若っ!」
十四歳でメイド長⋯⋯簡単になれるものじゃないと思うけど、カテリナちゃんすごいな。
「それとカテリナちゃんに猫耳があったけど、本物だよね」
「はい。カテリナは猫の獣人でございますので」
「やっぱり!」
私ひとり喜んでいても、ファティにはわからないと思うので説明することにした。
「私の世界には猫の獣人っていなかったから、見れて嬉しくて」
「さようでございますか。キョーコ様が以前いらっしゃった世界には、モンスターも存在しないとか」
「うん。そうだよ」
「不思議な世界でございますね」
私にはこっちの世界の方が不思議だけどね⋯⋯
ファティと会話をしながらマグヌス伯爵邸から馬車に乗って三十分ほど経ったころ、馬車が減速してやがて止まった。
馭者の連絡窓が開き
「ヴェスタル宮殿に到着いたしました」
とカーラさんが教えてくれた。
「ありがとうございます」
馬車から降りて私がお礼を述べると、カーラさんは綺麗なお辞儀を返してくれた。
馬車は入口の扉の近くに横付けされていて、近くで見るヴェスタル宮殿は美しかった。
新雪のように綺麗な白亜の壁に、窓が等間隔に並んでいる。
屋根は澄んだ青空のようで、宮殿の中心にある両開きの扉にはゴブレット型の紋章が浮き彫りされていた。
「キョーコ様、ファティさん。宮殿内では収納魔道具の所持が禁止されておりますので、大変恐れ入りますが、お持ちであればお預かりしてもよろしいでしょうか」
要人が大勢いそうな場所に、武器をしまえる収納魔道具を持って入ることは、安全を考えれば許されてないよね。
「わかりました」
私はスカートのポケットから、ファティはエプロンの横から手を入れて、収納魔道具を取り出すとカーラさんに手渡した。
「ありがとうございます。大切にお預かりいたします」
カーラさんは扉に向き直ると、手をかけて開いていった。
──開かれた扉の先では赤絨毯の両側に、大勢のメイドさんが並んでいて私たちに向かってお辞儀をしていた。
こういうことには慣れていないので、内心焦ってしまう。
「キョーコ様!」
突然、弾んだような明るい声が、赤絨毯の奥の方から聞こえてきた。
声のした方に目線を向けると、二階に続く大きな正面階段から、巫女姫様が下りて来るのが見えた。
その表情は喜色満面といった感じで、小走りで階段を下りてくる。
「あっ」
──突然、巫女姫様が声を上げた。
巫女姫様が足をもつれさせて階段から転げ落ちる──その間一髪のところで私はその身体を抱きとめた。
距離にしたら二十メートルはあったと思う。
それでも一瞬ともいえるほどの速さでたどりつけた。
巫女姫様は驚くほど軽かったので、簡単に支えられた。そうじゃなければ一緒に階段から転げ落ちているところだ。
「大丈夫ですか?」
呼びかけながら巫女姫様の顔を見ると、目を固く閉じていた。躓くと思った瞬間、目をつぶってしまったのだろう。
「あ⋯⋯」
巫女姫様が目を開いて、私と目が合う。
「キョーコ⋯⋯様?」
「巫女姫様。お怪我はありませんか?」
「キョーコ様!」
巫女姫様の顔が真っ赤になった。
「は、はい。大丈夫です⋯⋯」
抱きとめていた巫女姫様を降ろそうとして足元をみると、右足は素足で靴を履いていなかった。
躓いた時に靴が脱げてしまったらしい。
その靴を探して周囲を見るとファティが階段を上がって来ていて、その手にはハイヒールのようなものを手にしていた。
「あ、私の⋯⋯」
巫女姫様もファティの持っている靴に気がついた。ここはいったん階段を上るか下りるかしたほうがいいかな。そう考えて
「巫女姫様。失礼します」
と断ってから巫女姫様の脚の下に、手を回して抱き上げた。
「きゃっ」
巫女姫様が見た目通りの可愛らしい声をあげた。今の巫女姫様の格好はいわゆるお姫様抱っこの状態だ。
「きょ、キョーコ様! あ、あの?」
「すぐに降ろしますので、え〜と⋯⋯」
私が階段を上るか下りるか迷っていると
「上に向ってください」
と巫女姫様が助け舟を出してくれた。
──階段を上がりきった先にある通路のところで、私は巫女姫様をゆっくりと降ろす。
巫女姫様は素足の方を床につけないように片足立ちになって、私と手を繋いでバランスを取った。
「ありがとう、ファティ」
靴を持って来てくれたファティに手を差し出した。
「キョーコ様。恐れながら、これはメイドの仕事でございます」
ファティはそう答えると巫女姫様の前に屈んで、素早く靴を履かせた。
「ありがとうございました」
巫女姫様は私とファティにお礼を述べると微笑んだ。
「いえ。いきなり抱き上げたりして、申し訳ありません。嫌な思いをさせてしまいました」
「あ、謝らないでください。嫌と思ってはいません」
「え!?」
「あっ⋯⋯」
巫女姫様の顔が再び真っ赤に染まった。
──妙な沈黙のあと
「そ、そうでした。まだ挨拶をしていませんでした。キョーコ様。ファティさん。本日はお越しいただきありがとうございます」
と巫女姫様は慌てた様子でドレスの裾を摘み、優雅なカーテシーを見せてくれた。
「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」
「それで本日、お会いして頂きたい方がいらっしゃいまして」
「お会いして頂きたい方?」
「はい。謁見の間におられますので、ご案内いたします」




