4.霊廟
「はい。アストルム様はお隠れになりました」
──お隠れってたしか、亡くなるって意味だよね⋯⋯
「ど、どうして⋯⋯」
「それは霊盃をキョーコ様にお譲りされたためでございます。霊盃は魂の器そのものでございますゆえ」
まさかアストルムさん自身が霊盃継承者だったなんて⋯⋯何も言ってなかったし⋯⋯しかも譲った場合は亡くなるなんてことも、知らなかった。
「キョーコ様が責任をお感じになられる必要は一切ございません。アストルム様はキョーコ様のおかげでご自分のお望みを、すべてお叶えになることが出来たのでございます」
「私のおかげで⋯⋯?」
「はい。霊盃の継承でございます」
「そう⋯⋯なんだ」
「キョーコ様。霊廟に参りませんか」
「霊廟?」
「はい。そこにアストルム様の碑がございます」
アストルムさんの碑がある場所⋯⋯
「うん。行ってみたい。どこに霊廟ってあるの」
「このダンジョンの最下層にございます」
「最下層⋯⋯ところでここは何階層なの」
「地上から九階層目でございます」
「ここは地下だったんだね。霊廟はここから何階層目?」
「ここから一階層ほど下でございます」
「じゃあ、すぐに行けそうだね」
「そこでひとつご提案がございます。まだキョーコ様の魂は、霊盃に馴染んでおりません。親和性を高めるために、少し歩いて霊廟に参りませんか。ダンジョンには軽い運動に適しているモンスターも生息しておりますので」
「モンスター⋯⋯大丈夫かなぁ」
「ご安心下さいませ。みな雑魚モンスターでございます」
雑魚モンスターと聞いて、私の頭にあの有名なモンスターが浮かんだ。
「スライムとか?」
「はい。スライムも出てきますが、みな雑魚ですので危険は一切ございません」
ファティはそう言うけど、ちょっと不安だ。モンスターと戦ったことは、当然だけどなかったので。
「私もフォローいたしますのでご安心下さいませ。ちなみに私は魔法使いでございます」
さっきも魔力のことを口にしていたので、魔法使いと言われても驚きはなかった。
それよりも
「私も魔法を使えるかな?」
と重要なことを聞いてみた。
「いえ。キョーコ様は残念ですが、魔法をご使用することは出来ないようでございます。本来霊盃には絶大な魔力と様々な魔法を行使できる力があるのですが、キョーコ様は戦士系に能力が偏っているようでございまして」
「──え〜っ! 魔法使いたかったな」
「がっかりされるほどのことはございません。魔法が必要ないほどのお強さがございます」
「そうなんだ。じゃあ贅沢は言えないよね。魔法を使えないのは残念だけど⋯⋯そろそろ、出発しようか。あっ──」
いざ行こうとしたとき、自分がまだパジャマ姿であることを思い出した。
「さすがにこの格好で霊廟には行けないよね⋯⋯」
「とてもお似合いでございますが。何か問題でも」
ファティは異世界人だから、パジャマが何なのか知らないのかもしれない。
「これは寝るときに着るものなんだよ」
「さようでございましたか。大変失礼いたしました。ではこれをお召になってくださいませ」
ファティはそう言うとメイド服のエプロンの裏側に手をいれ、まるで手品のように服を取り出した。そんなかさばりそうなもの、どこに入れてたんだろう。
「キョーコ様。お召替えをお手伝いいたします」
「えっ!? い、いいよ。自分で着替えられるから」
「それはなりません。主人のお召替えをお手伝いするのが、メイドでございますので」
ファティはそう言うとあっという間に私からパジャマを脱がすと、トップは純白のブラウスのようなものに、ボトムはちょっと長めのスカート、足下はサンダルから革製の靴に替えてくれた。
なんか恥ずかしい⋯⋯
「──あ、ありがとう。借りておくね」
「いえ。そのお召物はキョーコ様のものでございますので、お返しする必要はございません」
「いや、もらう理由がないよ」
「いえ、それはキョーコ様の所有物でございます。私を含めて」
「えーと⋯⋯まあ、とりあえず借りておくよ」
パジャマだと移動もできないし。
ファティは何も反論せず、頭を下げた。
「それじゃあ、行こうか」
「キョーコ様。その前にこれをお持ち下さいませ」
そう言うとファティは小さな四角い物を差し出した。
それは掌に収まりとても軽く、よく見るとミニチュアの宝箱のように見えた。
「それは収納魔道具という物でございます」
「収納魔道具?」
「はい。多くのアイテムをしまうことが可能なマジックアイテムでございます」
「マジックアイテム!」
さすがファンタジー異世界と喜んでいたら、疑問が浮かんだ。
異世界の知識って私に受け継がれなかったのかな。