34.レクス始まりの場所教会
ダンジョンに潜ることにしたのはいいけど⋯⋯巫女の神域の入口って、どこにあるんだろう。
転移魔法陣でしか中に入ったことがないので分からない。住んでいるのにね⋯⋯
迷宮探索者が出入りしているはずだから、普通の入口はあるはず、扉とか階段的な。
ファティならわかるよね。
「巫女の神域の入口って、どこにあるの?」
「ご案内しますか?」
「うん。お願い」
ファティは馬車に乗ることを勧めてくれたけど、ギルドからそれほど遠くないらしいので、歩いて向かうことにした。
馬車に乗るお金もないしね⋯⋯
それに街も見てまわりたかった。天気も良くて、とても清々しかったし。
「そういえばこの貰ったカードって、すぐに曲がってしまいそうでちょっと怖いね」
私はファティの隣まで行って話かけた。
ファティはいつも私の後ろを歩くので、そのままでは話しにくい。
「そのカードはプロフォンドゥム製ですので、滅多に曲がることはございません。キョーコ様が曲げようとなされれば、簡単に曲がってしまいますが⋯⋯」
「プロほ、フォンど、ドゥム製?」
噛んじゃった。何て言いにくい⋯⋯
「はい。プロフォンドゥムはドワーフの国で、そこで造られたものはプロフォンドゥム製と呼ばれております」
ドワーフ! そういえば迷宮探索者ギルドに初めて行った時に、見かけたのも確かドワーフだった。
まあ、確かめた訳じゃないから、本物かどうかわからないけど。
「ドワーフって、こういう加工技術に優れている人たちなの?」
「はい。世界に流通している魔道具のほとんどが、プロフォンドゥム製でございます。彼等は魔法が一切使えないかわりに、魔道具を作る優れた能力がございました。それゆえ今では魔道具作りにおいて、彼等に並ぶものはおりません」
ドワーフが魔法を一切使えないという話に、親近感を覚えた。私も一切魔法が使えないので⋯⋯
魔法のある異世界に新生したので、絶対に使ってみたかったんだけど。
「世界に流通させてるってすごいね。魔道具って、結構需要があるのかな?」
「はい。火をつける魔道具、明かりをつける魔道具、水を出す魔道具など、この他にも色々と普及しており、大変需要がございます」
この異世界すごく進んでる⋯⋯
「もしかして巫女の神域の中や部屋を照らしてた明かりって、そのドワーフが造った魔道具が使われていたの?」
「さようでございます。ただ古い時代のものですので、現在の魔道灯と比べれば暗いのでございますが」
「そうなんだ。でも私はあの光が好きだよ」
私がそう言うと、ファティは美しい口元に微笑を浮かべた。
「キョーコ様。巫女の神域の入口に到着いたしました」
いつの間にか目的の場所についてしまったらしい。話に夢中でほとんど街中を見てなかった。
案内された場所は──ゴシック様式の教会のような建物だった。
周囲の建物より抜きん出て大きく、立派な尖塔が天を指すように伸びている。
「ここが?」
「さようでございます」
私は教会のような建物に、巫女の神域の入口があるとは思ってもいなかったので戸惑った。
建物を見上げているとあるものが目に入ってきた。
入口の扉のやや上の部分にある、ゴブレット型をした浮き彫り。
何か既視感がある。
あっ! 巫女姫様の手紙の封蝋にも同じようなマークがあった。
「あそこのマークって、霊盃を表しているのかな」
私はゴブレット型の浮き彫りを指差しながら聞いてみた。巫女の神域の入口がここにあるのなら、きっとこのマークも無関係ではないはずだし。
「仰るとおりでございます」
「やっぱりそうなんだ。教えてくれありがとう」
教会の中に足を踏み入れると、最初に目に飛び込んできたのは、見上げるほどの大きな壁画だった。
それは天に向かって、飛翔するような神秘的な女性たちが、とてつもない画力で描かれている。
六人ともみな美女といっても過言ではなく、特徴のある髪色をしていた。
銀色、薄紅色、黄金色、瑠璃色、真紅、翡翠色⋯⋯あれ!? この極彩色な髪はつい最近読んだ本にも出てきたような⋯⋯
それにこの壁画の女性、どこかで見たことある──
「あのすみません⋯⋯」
突然、私の背後から声がしたので、何か思い出せそうだったけど思考が途切れた。
振り向くと、困ったような表情の人がいて、私が通行の邪魔になっていたことに気づく。
その人に謝ってから邪魔にならないように端に移動した。
人の出入りが結構あるみたいだ。
教会の中にはたくさんの人がいて、お目当ては壁画らしかった。有名なのかな。
──そう思っていたらさっきまで考えていたことを思い出した。
霊盃の巫女! あの髪色、霊盃の巫女たちと一緒だ。
それに私が新生の間で見た壁画の女性に、顔がとても似ていた。
アストルムさんそっくりの女性も描かれているし、間違いなさそう。
「あの壁画に描かれてるのって、霊盃の巫女だよね」
私は隣に静かに控えていたファティに答えを聞いてみた。
「さようでございます」
「やっぱり。ここってどういう場所なの?」
「ここは『レクス始まりの場所教会』という、霊盃の巫女様を祭っているところでございます」
「──え!?」
思わず大きな声を出してしまった。
幸いみんな壁画に夢中で、私の方を見る人はいなかった。
「霊盃の巫女って、祭られるような存在なの?」
私は声を潜めて聞いた。
「はい。大神巫国の人々にとっては、そのような存在でございます」
──ちょっと汗が出てきた⋯⋯実際には出てないんだけど、心理的に。
霊盃の巫女が祭られるような大きな存在だったなんて⋯⋯私がそんなすごい人たちの後継者でよかったんだろうか。
いけない⋯⋯またネガティブになってしまった。霊盃の巫女がすごい存在なのはわかっていたことだし。
ネガティブな考えはこれでお終いにして、それよりダンジョンに行こう!




