30.魔道書
このタブレットみたいな魔道書に、この書庫にある蔵書の内容がすべて記録されてるなんて、まるで電子書籍⋯⋯
魔道書には蔵書数まで表示されていた。
その数九百九十八万九十六冊。
「魔道書すごいね⋯⋯」
「アーティファクト『魔道書アグノイア』でございます」
「アーティファクト! やっぱりレアアイテムなの?」
「はい。世界で現存するものは三十ほどでございます」
「世界で三十⋯⋯それはレアだね」
「ちなみにこのメイド服もアーティファクトでございます」
「えっ!? 世界に三十しかないアーティファクトの二つ目がここに! それにしてもメイド服のアーティファクトなんてあるんだね⋯⋯」
一体誰が作ったんだろう。メイド好きの人かな⋯⋯
私は魔道書に視線を戻して、目的に適いそうな本がないか探し始めた。
まず調べるなら霊盃の巫女についてだよね。私も霊盃の巫女だし。
一応⋯⋯たぶん?
膨大な数の書籍の中には、霊盃の巫女に関するタイトルはそれこそ山ほどあったので、ここは直感で選ぶことにした。
『霊盃の巫女とその系譜』
この本を読むことにしよう。
「読みたい本があったんだけど、どうすれば読めるの?」
「その題名を指でなぞっていただけますか」
私はファティに言われるまま、題名を指でなぞった。
すると──題名の文字が消え、瞬時に新しい文字が現れた。
ラティナ・レクス・グラール著『霊盃の巫女とその系譜』
「ほんとダブレットだね!」
私はちょっと感動しつつ電子書籍を読むときみたいに、魔道書の表面を指でスライドしてみた。
『──霊盃の巫女は世界各地にその痕跡を残しながらも、数多い作り話や伝説によってその真実の姿に厚化粧が塗られてしまっており、今なお謎に包まれている。
この拙作の目的は、作り話や伝説の厚化粧を剥ぎ取り、霊盃の巫女の素顔を露わにすることである。
それにあたり参照したのは可能な限り信憑性のある資料だけに絞り、正確性を求めた──』
この本によると霊盃の巫女について、あまりはっきりとは分かっていないみたいだった。
『──歴史上初めて現れた霊盃の巫女は、オルサ(生没年不詳)という名前の人物と伝えられ、最初の霊盃の巫女にして、その祖でもあった。
オルサの記録に関して最も古いものは今から約一万二千年前のものであり、その容貌を知りうる絵などはないが、銀髪銀眼の美女だったという伝承が残されている。
生国は今は滅びてその遺跡しか残っていない、伝説の超大国テンプル厶である──』
霊盃の巫女はオルサさん、ウィネフィカさん、ウェルバさん、レクスさん、ルベルさんと、私も実際に会ったことがあるアストルムさん、全部で六人の名前がこの本には載っていた。
ここは私の記憶と一致している。
「この本にオルサさんが霊盃というアイテムを造ったって書いてあるけど、そのアイテムってどこかにあるの?」
「ございません。キョーコ様の身体が霊盃そのものでございますので。その本に書いてあることは誤りございます」
「そうなんだ⋯⋯」
「霊盃の巫女様のことについてお調べするのでしたら、私にお尋ねくださればすべてお答えいたしますが⋯⋯」
自分に聞けばすぐ正確なことがわかるのに、どうしてわざわざ不正確ことが書かれている本で調べるのか、とファティは疑問に思ったのかもしれない。
「聞くばかりじゃなくて、自分で調べてみようと思って。本を読むのは好きだし、調べるのも嫌いじゃないし。もちろん、ファティにも頼らせてもらうね」
「かしこまりました」
ファティは私の説明に、一応納得してくれたみたい。
本を読み始めてからしばらく経ったとき、何か動く気配がしたので、私は視線を本から外した。
机の上を見るとティーカップが置かれていて、そこから湯気が出ていた。
紅茶はファティが出してくれたはずだけど、でも一体いつ淹れてくれたんだろう。全然気付かなかった⋯⋯それだけ夢中で読んでたのかな。
「ありがとう」
私が紅茶のお礼を言うと、ファティは頭を下げて椅子に座りなおした。
ファティも自分の紅茶をちゃんと用意していた。
「どれくらい本を読んでたんだろう」
ファティは時計を取りだし
「約三時間ほどでございます」
と答えてくれた。
「そんなに時間が経ってたんだ!? ファティは退屈じゃない? 無理に付き合わなくてもいいよ」
ファティが本も読まずじっとしていたので気になる。
「いえ、退屈ではございません」
「そう? ならいいんだけど⋯⋯」
私は紅茶を飲みながら、再び本に視線を戻したとき──
当然の疑問が浮かんだ。
この本に──アーティファクトなので絶対に高い──紅茶を零しちゃまずいのではと。
「いまさらだけど紅茶飲みながら本を読むのは、やめた方がいいよね⋯⋯」
「問題ございません。防水仕様になっておりますので」
ファティはさらっとそんなことを言った。
「あ、そうなの⋯⋯」
防水仕様まであるなんて、なんて高性能なアーティファクトなんだろう。
私は紅茶を零しても安心だとわかったので、アストルムさんのことが書かれた章の続きを読むことにした。
 




