3.メイド
私はドキドキしながらドアノブに手をかけて、ゆっくり押すとドアは音もなく開いていく。
外は人工的な白い壁で天井には等間隔に光源が並んでいて、物音一つしない静寂に包まれていた。
どうやらドアから出て右手側は行き止まりのようだ。左側は真っ直ぐな通路が続いている。
ドアの左隣には、同じようなドアがあった。
怖いので音を立てないように、ゆっくりとそのドアの前を通り過ぎよう。
幸い何も起こらずに、ドアの前を通り過ぎることができた。
ドアを通り過ぎたあと、一度後ろを振り向いて、ドアから誰かが出て来ていないか確認した。
──ドアは閉まっていた⋯⋯私はほっとするとまた前を向いて歩きだし、しばらくして行き止まりになった。
他の場所に行くような階段は見当たらない。どうやってこの場所から出たらいいんだろう⋯⋯
もしかしたら通り過ぎたドアを開けないといけないのだろうか、と思っていたら行き止まりの床に魔法陣のようなものが書かれていた。
円の内側には複雑な記号のような羅列がある。
これでここから出られるかもしれない。私は恐る恐るその魔法陣に近付いていき、ゆっくりと魔法陣の上に立った。
──しばらくそのまま立っていたけど、期待している転移は起こらなかった。
「何も起こらないか⋯⋯」
仕方なしに戻ろうと振り向いたその瞬間──
「ひっ!」
心臓が止まるかと思ったほど驚いた。
さっきまで気配すら感じなかったのに、目の前に人が立っていたのだ。
「お目覚めになられたのでございますね」
私に声をかけてきたのは、信じられないくらいの美少女だった。
黄金を溶かして丹念に一本一本作ったような、さらさらとした金色の髪の毛、澄みわたる青い瞳、顔の造形は──完璧としか言いようがない! あまりの美少女ぶりに思わず溜め息が出てしまいそうだった。
思わず見惚れていると
「申し訳ございません。驚かせてしまったでしょうか」
と息がかかるほど近くに顔があったので、驚いて我に返る。息は甘い良い香りがした。
「だ、大丈夫⋯⋯え〜とあなたは」
このまま美少女の顔が近いと話しにくいので、私は半歩後ろに下がって答えた。
「私はファティと申します。貴女様のメイドでございます」
美少女はそう名乗ると、優雅にスカートの裾を摘んで膝を曲げる挨拶、カーテシーをした。
「私のメイド?」
確かに着ているのはメイド服だけど。突然のことでちょっと混乱してきた。
「ファティさん?」
「キョーコ様。私のことはファティと呼び捨ててくださいませ」
「私の名前、知ってるんですか! そうだ、いったん部屋に戻りませんか」
「かしこまりました。それと私に対して敬語は必要ございません」
──とりあえず私と謎の美少女は、私がさっき出てきた部屋に戻ってきた。
私はベッドに腰掛けて
「椅子に座って下さい」
と美少女に促すと
「いえ、私はメイドでございますので」
と椅子に座ろうとしなかった。
「話し辛いので座ってください」
もう一度促して
「かしこまりました⋯⋯」
ようやくファティと名乗った美少女は、躊躇いながら椅子に座ってくれた。
「ここは一体どこなんでしょうか」
私はまず一番気になっていることを聞いた。
「キョーコ様。私に敬語の必要はございません」
彼女が何度も言うので、遠慮なく敬語は止めることにした。話が進まなそうだし。
「うん。わかった。ここは一体どこなの?」
「ここは巫女の神域と呼ばれているダンジョンでございます」
「ダンジョン⋯⋯え~と、今いる場所って安全?」
「ご安心下さいませ。ここにはモンスターも人も、侵入するのは不可能でございます」
ダンジョンって言うくらいだから、やっぱりモンスターいるんだ⋯⋯
「それはよかった。ここから地上に出ることはできるの?」
「簡単でございます。先程の転移魔法陣で、一瞬で地上に出ることが可能でございます」
「でも、さっき魔法陣に乗っても何も起こらなかったけど」
「それは私の魔力でしか、あの転移魔法陣は発動しない仕組みでございますので」
モンスター、転移魔法陣、魔力、本当にここはファンタジーのような異世界らしい。
「そうなんだ。ところで、さっき私の名前を言っていたけど、私のことを何か知っているの」
「はい。キョーコ様が霊盃継承者であり、別世界から転移されてきたと、アストルム様から伺っております」
「そうなんだ。アストルムさんもここにいる?」
「今は現無宮におられます」
「現無宮?」
「はい。あらゆる理を超越したところでございます」
「何かすごそうな場所だね。どこにあるの? アストルムさんとまた話がしたいんだけど」
「それは今すぐには難しいと存じます」
「どういうこと?」
「アストルム様はすでにこちらの世界からお去りになっておられます」
「──えっ!? そ、それって」
私は嫌な予感がした。




