29.書庫アグノイア
──パチッと目が開く感覚がして、私は自分が目覚めたのを理解した。
目に映ったのが見慣れない壁だったので、自分がどこにいるのかわからなくなって混乱する。
でもそれは一瞬のことで、すぐに自分が巫女の神域の部屋にいることを思い出した。
自分の部屋から出て通路を通り、隣の部屋のドアを開けた瞬間、何かいい匂いが漂ってきた。
匂いにつられてダイニングルームまで来ると、ファティが料理を並べている。
いい匂いのもとはファティの料理だった。
「おはようございます」
ファティは私に気づくと挨拶をした。
「おはよう〜いま何時なんだろう」
「朝の七時五分ごろでございます」
ファティが収納魔道具から取り出した時計を見ながら、答えてくれた。
寝過ごさず朝食に間に合って良かった。
朝食はパンとハムエッグと紅茶が用意されていた。
朝食後、ファティがもう一度淹れてくれた紅茶を飲みながら、これからどうするか考えてみる。
迷宮探索者の試験の結果が出るまであと二日あるし、お金もないから買い物もできない。
あっ! 神都に図書館のようなものがないかな。時間も潰せるし、この世界のことも学べて一石二鳥だ。
「神都に図書館ってあるかな」
ファティは美しい所作で飲んでいた紅茶のカップを置くと
「ございます。よろしければすぐにご案内いたします」
と答えた。
「じゃあ、紅茶を飲み終わったらその場所に行きたいんだけど、いい?」
「かしこまりました」
──転移魔法で転移した先の光景に、私は目を奪われた。
目の前には百メートル以上ありそうな直線の通路が続いていて、その両側にはぎっしり本が収まった本棚が壁のように続いている。
しかも本棚の上段には渡り廊下まで備えてあった。
アーチ型の天井には、幻想的な風景の天井画が描かれていた。
「すごい本の数!」
私は思わず少し大きな声を出してしまった。
でもすぐにここが図書館だということに気づいて、内心やちゃったと思い──
「あれ?」
そこで違和感に気付いた。
「誰もいない?」
これだけの規模を誇る図書館なのに、人の気配がまったくしなかった。目の届く範囲に人の姿はない。
「ここは今のところ、キョーコ様専用の書庫でございます」
「私専用!? どうして?」
「ここは十階層にある書庫アグノイアと呼ばれるところでございまして、このすべての蔵書と書庫は霊盃の巫女様の所有物となっております」
「私専用ってそういうこと。でも今のところはって?」
「可能性はほとんどございませんが、この書庫までたどり着いた者に、ここを開放しなくてはならない決まりがございます」
「そんな決まりがあるんだ」
「ですがキョーコ様が開放しないと仰せになれば、その限りではございません」
「いや、そんなことは言わないけど。誰がここを開放してもいいって言ったの?」
「ルベル様でございます」
ルベル、どこかで聞いたことある名前⋯⋯あっ!
「とこしえの大地にある霊廟を造った人だよね」
「さようでございます」
「でもなんでその人が、ここを開放してもいいって言ってるの?」
「それはルベル様がこの書庫をお造りになった方だからでございます。『ここにたどり着いた者がいれば、その者の武勇と好奇心を讃え、我が芸術を鑑賞することを許す』と」
「そんなこと言ってたんだ」
ルベルさんってすごい上から目線な人だ⋯⋯私は思わず苦笑してしまった。
「本読んでいいんだよね?」
ここにある本は自由に読んでいいらしいけど、どれも高価そうな本なので一応聞いてみた。
革で装丁されているような本ばかりだし。
「もちろんでございます。それでは閲覧室にご案内いたします」
ファティに案内されたのは、書庫の入り口の近くにある個室だった。
個室の中央には机があり、その上に黒い板のようなものが置かれていた。
なんかタブレットに似ている。
もちろんこの世界にタブレットなんてあるはずがないんだけど。
とりあえず私は二脚ある椅子の一つに腰を下ろして、ファティにも机を挟んだ向かい側の椅子に座ってもらった。
何気なく目の前にある黒いタブレットのような物を手に取る。
とても薄くて軽いので本当にタブレットなんじゃないかと錯覚してしまいそうになった。
その時、突然パッと表面が明るくなり、ずらっと横書きで記号のようなものが浮かび上がってきた。
それが私の持つ霊盃の力で瞬時に日本語に翻訳される。
『アーリマンの生態と狩りの心得』
『アールヴ エルフの楽園』
『ダンジョン巫女の神域の謎と攻略法』
『世界最高の迷宮探索者』
『霊盃の巫女伝説』
『テンプルム 滅んだ超大国の謎』──
これって⋯⋯
「本の題名?」
「さようでございます」
「じゃあ、ここで読みたい本の題名を見つけたら、あとはその本を取りに行けばいいんだね」
「いえ、その必要はございません。その魔道書にすべての蔵書の内容が記録されておりますので」




