27.賊の捕縛
馭者がいないのは逃げ出したか、それとも賊の仲間だったのかもしれない。
馬は周囲を探してもその姿が見えなかったので、連れていかれたのか、逃したかのどっちかだと思う。
そのまま森の奥を見ていると、ファティが魔法で生み出した光のドームが、少しずつ狭まってきているのがわかった。
賊も抵抗するのを諦めたのか、私たちのいる方に集まって来ている。
その中に弓を持ったとても目立つ人物がいた。
顔は非常に整っていて、耳は細長くその肌は日焼けしたような色をしていた。
これだけの特徴がそろっていれば、間違いないと思う。
私が会いたかったエルフのもう一つの種族、ダークエルフだ。
あの変幻自在の矢を射ったのは、他に弓を持っている者がいないので、このダークエルフの女性だったらしい。
そんなすご腕の射手が、どうして賊なんてやってるんだろう。
私がそう考えながらじっとダークエルフの女性の顔を見ていると、不機嫌そうに顔を逸らされた。
やっぱりエルフだけあってすごい美人だ。しかもスタイル抜群で背が高かった。
一メートル八十センチ以上はあるんじゃないかな。
「あなた。一体何者なの⋯⋯」
ダークエルフの女性は私の横を通り過ぎながらぼそりと口にした。
賊全員が集まると、二十人くらいになった。結構な人数だ。
ファティが集まった賊の集団に指先を向けると賊の両手両足を、光の輪のようなものが現れて拘束した。
同時に周りを囲んでいた光のドームも消える。もう逃げられる恐れもないからだろう。
戦いも終わったし、さっき疑問に思ったことをファティに聞いてみよう。
「ここがどこなのか分かる?」
「はい。西門から出てしばらく走ったところにある、森のようでございます」
「じゃあ、やっぱり街の外に出て来ちゃってるんだ。でも私たちが馬車に乗ってからそれほど時間が経ってないのに、街の外にどうやって出たんだろう。それに車窓から見えてたのは街の風景だけだったし、森に向かっていれば気付きそうなものなのに⋯⋯」
「それはスレイプニルの加護とモルペウスの幻影を使用したからでございます」
「スレイプニルの加護とモルペウスの幻影?」
「はい。スレイプニルの加護は速度を上昇させる効果のある魔法で、モルペウスの幻影はその名の通り幻を見せる魔法でございます。これらの魔法によって、馬車の移動速度を上げ、車窓を幻の街の風景で覆ったのでございます」
「そんな魔法があるんだ。でも速度が上がれば馬車の振動が激しくなって、気づきそうなものだけど」
「スレイプニルの加護には、振動を低減させる効果もあるのでございます」
「へー、でもどうしてファティはそれらの魔法が使われたとわかったの?」
この時、巫女姫様が私の腕をぎゅっと握ってきた。
今の発言でファティも賊の一味だと思って、怖くなってしまったのかもしれない。
私は別に疑って聞いたわけじゃなくて、ただ単純に不思議に思ったから。
「賊が魔法を行使した瞬間に気づきました。隠蔽の魔法が使われていましたが、私には無意味でございますので」
「そうなんだ。じゃあ、どうしてその時、教えてくれなかったの?」
「その方がキョーコ様がお喜びになると愚考いたしました」
「私が喜ぶ?」
「はい。急なイベントが起こればと」
確かにゲームならイベントは好きだけど⋯⋯
「あ、ありがとう。退屈はしないかな⋯⋯賊も捕まえることが出来たしね。でも次はなるべく私と二人だけの時にお願いしたいな」
他の人を危険な目に巻き込みたくないし。
「かしこまりました」
──さてこれからどうしよう。賊を一か所に集めたのはいいものの⋯⋯
頭を悩ませていると、どこからか複数の規則正しい音が聞こえてきた。
森の中から私たちのいる広場へだんだんとその音が近付き
──やがて姿を現したのは、鎧を装備し馬に乗った集団だった。
すぐに私たちは、馬に騎乗した三十人ほどの集団に囲まれてしまう。
その中から一人の男性が馬から降りて、私たちの方に向かって悠然と歩いてきた。
その男性はブロンドの短髪で眼光は鋭く、口元は真一文字に結ばれていた。
身長は二メートルはありそうで、まさに偉丈夫って感じだった。
白地に金の模様の入った派手な鎧を装着していて、腰に佩いている剣の鞘には、美しい装飾が施されている。
この姿から私は騎士を連想した。
「アダマス!」
私が現れた謎の集団のことを考えていたら、巫女姫様が嬉しそうにその近付いてきた人物に声をかけた。
「巫女姫様!」
アダマスと呼ばれたその人物は、巫女姫様の眼前まで来ると跪いた。
「ご無事でなりよりです!」
「はい。賊に襲われたのですが、このお二方に助けていただいたのです」
アダマスさんは顔を上げて、私とファティの方を見ると眉間に皺を寄せた。
賊二十人を私たちだけで捕縛したのを、疑われているのかもしれない。そう思うのも無理ないけど。
アダマスさんは立ち上がると
「それはかたじけない」
と感謝を述べて少し頭を下げた。
「いえ」
私は言葉少なく返した。それ以上言うことも無かったし。
「巫女姫様。それでは参りましょう。巫女様がお待ちです」
「少しお待ちください」
巫女姫様はアダマスさんにそう声をかけると、私の方を振り向いた。
「キョーコ様。助けていただいたお礼を是非したいので、一緒に来ていただけないでしょうか?」
一緒にって⋯⋯行くのは宮殿だよね。
一度行ってみたかったけど、宮殿の中ってきっと作法とかあるはずだし。私、作法しらないしなぁ⋯⋯
「巫女姫様。こちらの方々をご招待するにしても、宮殿では何の準備もできておらず、満足なおもてなしができません。ここは後日ということにされてはいかかでしょう」
私がどうしようと考えてる間に、アダマスさんの言葉で今日は行かない流れになりそうなのでほっとした。
巫女姫様は少し思案するような顔になって
「そうですね⋯⋯名残惜しいですけど⋯⋯キョーコ様。申し訳ありません。お礼は必ず後日いたします。それでご招待するにはどちらに、ご連絡すればよろしいのでしょうか」
巫女の神域の九階層にある部屋までとは言えないし⋯⋯
困ってファティを見ると
「ジュリアス・フォン・マグヌス伯爵邸まで、ご連絡をいただきたく存じます」
と私の代わりに巫女姫様に連絡先を伝えてくれた。
「ファティさんはマグヌス伯爵のメイドをされているんですか?」
「いえ。私はキョーコ様のメイドですので、マグヌス伯爵のメイドではございません。ただ懇意にしていただいている方でございます」
「そうですか。わかりました。必ずマグヌス伯爵邸に、招待状を送らせていただきますね」




