24.賊の襲撃
──しばらく会話もなく、そのまま馬車の走る音だけが聞こえていた。
まあ、私が話題を持っていないから仕方ないけど。
そんな風に思っていたら
「一つお聞きしたいのですが」
突然、巫女姫様が沈黙を破って話しかけてきた。
「たしかファティさんと仰いましたね。このローブはどこで手に入れたものなんですか」
話しかけられている間、ファティはその青い宝石のような瞳で巫女姫様をじっと見つめていた。
「あっ、すみません! 純粋な好奇心からで変な意味ではありません。とてもすごいローブなので興味が出てしまいまして⋯⋯」
巫女姫様は慌てて言葉を継いだ。
「とある方がお作りになられたのを、昔戴いたものでございます」
そう答えたファティの顔は、少し寂しげに見えた。
「作られた方を知っているんですか! そのとある方というのは?」
「私が申し上げることが出来るのは、ここまででございます」
「そうですか⋯⋯」
巫女姫様はまだ聞きたいような雰囲気だったけど、乗り出していた身体を脱力させて背もたれに寄りかかった。
これ以降、巫女姫様も話しかけてくることはなく、しばらく沈黙が続いていると──
突然、私は背もたれに背中を打ちつけていた。
正面に座っていた巫女姫様が弾かれたように向かってくる。
私はとっさに巫女姫様の身体を抱きとめた。
一体何が⋯⋯!?
「だ、大丈夫ですか」
「は、はい⋯⋯」
巫女姫様は私に抱きとめられた身体を慌てて起こした。
見たところ怪我はしてなさそうだ。私もどこも痛むところはなかった。
馬車はいつの間にか止まってしまっている。振動もないし走ってる音もしない。
隣に座っているファティの方を見ると平然としていて、なんともなさそうだった。
今のは馬車が急停車したせいだと理解したその時──
いきなり木が折れるような耳障りな音がして、私の左手側のドアが外側に吹っ飛んだ。
「出て来い! とっとと出てこないと馬車を燃やす!」
ドアの無くなった方から、男の恫喝する声が聞えた。
訳がわからなかったけど、巫女姫様の身に危険が迫っていることは確かだったので
「ファティ。巫女姫様を守って」
とお願いした。
「かしこまりました」
私はファティの返事を聞いてから、馬車の破壊されたドアから外に降り立った。
馬車の外には私から見える範囲で、十人くらいの集団が、剣や戦斧、杖、ロッドなどを構えて囲んでいた。
馬車で見えないけど、おそらく背後も同じように囲まれているのだろう。
背後から足音が聞こえたので振り向くと、巫女姫様とファティが馬車から降りて、私のそばに来るところだった。
巫女姫様は身体を小刻みに震わせている。
得体の知れない集団に武器を突きつけられていれば、十代前半の少女が怖がるのも無理はない。
いや、何歳になってもこんな場面に出くわせば、怖いものは怖いよね。
そうするとまったく恐怖心を感じていない私は、何なんだろう。
これも霊盃の巫女に新生した影響なんだろうか。
でも初めてモンスターと戦ったときや古代級地龍を見た時は、竦むほど怖かった。
きっとあの経験のおかげで、大抵のことは平気になったのかも。そう思うことにしよう⋯⋯
私は震えている巫女姫様のすぐそばに行くと、その手を握った。不敬かなと思ったけど、握り返してくれて安心した。
「大丈夫」
私は巫女姫様を安心させるように声をかけた。
「真ん中のローブの奴、フードを取って顔を見せろ!」
男が不快な声で命令してくる。
巫女姫様が私と繋いでいた手に力を入れた。完全に怯えてしまっている。
「いきなり何なんですか? あなた達は誰なんですか?」
「黙れ! 言われたことに従え!」
私の問いかけに男はまったく取り合わなかった。
「嫌です。従う理由がありません」
拒絶した途端──奇妙な長く伸びるような音が聞こえてきた。
その奇妙な音の正体にすぐに気付いた。
私に向かって一直線に飛んでくる物が見えたのだ。
それは鋭い鏃だった。
それが顔に当たる寸前、私は左手の人差し指と親指で鏃を無造作に摘んだ。
矢は途中からコマ送りのようにゆっくり飛んで来たため、簡単に摘むことができた。
どうやら私の動体視力は、普通では考えられないほど良いみたいだ。
しかも日常生活に支障をきたさない、便利さを持っている。
すべてがずっとスローに見えていたら大変だし。原理はきっと身体がオートで動いて戦うのと同じだと思う。
どのように身体を動かすかは私の意思だけど、勝手に調整してくれているのだ。
摘んでいた金属製の鏃に軽く力をいれると、ひびが入っていき、最後には砕けてしまった。
「な、なんだと!」
「矢を指で止めた!?」
「そんな馬鹿な!」
賊たちがざわめいた。
賊呼ばわりしちゃったけど、いきなり矢を射かけてきたのでもう賊確定でいいでしょ。
スカートのポケットに手を入れて収納魔道具から鋼の剣を取り出した。
もちろん皆殺しするから──という訳ではなく武器を持っている集団の相手に、素手で戦うのは何か変だし。
それで変な噂を流されでもしたら困る。
でも鏃を指で摘んだあたりから、怪しまれただろなぁ。
つい摘んでしまったけど⋯⋯色々と手遅れかもしれない。
路地裏で絡まれた時も素手で相手しちゃったし。
巫女姫様を見るとさっきまで恐怖で青ざめていた顔が、今は唖然としたような表情で私を見ていた。
「すぐに終わらせてきますので、少しの間ファティの側で待っていてください」
そう声をかけると不安そうな表情をして、握っている私の手に力を入れてきた。
私は微笑んで
「大丈夫です。絶対にお守りしてみせます」
とさらに言葉を続けると、最初は不安そうだったけど、やがて頷いてゆっくりと手を離した。




