2.レイハイ
私はアストルムさんにそう言われて、やっぱりねと思った。
あまり動揺しなかったのは、異世界の物語に親しんでいたからだろうか。
「本当に帰る方法はないんですか? 例えば送還魔法みたいので」
「実は別世界にいるキョーコさんを奇跡的に見つけたあたりから、この世界との繋がりが急に薄れ始めていたのです。それに焦った私がキョーコさんを無理やり召喚した時には、もうこの世界との繋がりは完全に絶たれていました。そのために送還魔法を使うことが出来ないのです⋯⋯」
一方通行の召喚魔法を使って呼び出すなんて、ずいぶんめちゃくちゃで強引だなぁ⋯⋯
まあ、私の愛読書の異世界人も、主人公の都合なんてまったくと言っていいほど考えていなかったけど。
それよりこの話じゃ元の世界に帰るのは難しいようなので、これからどうするか考えないといけないみたい⋯⋯
だからレイハイを継承して、チート能力を得るのもいいかもしれない。
この世界がどういう世界かわからないけど、何の力もない私では生き延びるのは難しいだろうし⋯⋯
「レイハイを継承しようと思うんですけど、どうすればいいんですか」
アストルムさんは目を大きく開いて予想外だ、というような顔をした。
「レイハイを継承してくれるのは嬉しいのですが⋯⋯怒ってはいないのですか。強制的に召喚されたうえに、帰ることもできないというのに」
意外だと言ったら失礼だけど、アストルムさんは気にしてくれていたみたいだ。
「過ぎてしまったことはしょうがないですし、それに不思議と嫌ではないんです」
異世界は憧れの世界だったし、しかもチート能力まで得ることができるんだから。
「だから私にレイハイを継承させてください」
「──わかりました。キョーコさんにレイハイを託します」
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。キョーコさん」
アストルムさんはお礼を言うと頭を下げた。
「それでは、新生の儀を始めたいと思います。そこにある新生台座に横になってください」
その台は部屋の中央にあり棺のような形をしていて、台の横には私には意味がわからない記号のようなレリーフが彫られていた。
私は壁画の方に頭を向けて台に横になると、ちょっと緊張してきた。
「キョーコさん、今ならまだやめることができます。どうされますか」
「大丈夫です。意思変わっていません。あっ、私の人格は変えられたりしませんよね⋯⋯」
レイハイを継承したら人格まで変わってしまいましたじゃ、笑いごとではすまないので。
さすがに人格を変えてまでレイハイを継承する気はないし。
「大丈夫です、心配いりません。それでは新生の儀を始めます。キョーコさん、私の手を握ってください」
アストルムさんは厳かな雰囲気になって、私の右側に立つと手を差し出した。
もうここまで来たらアストルムさんを信じよう。
私は右手を伸ばして、躊躇わずにアストルムさんの手を握った。
「今からキョーコさんの魂をレイハイに移します。安心して下さい。眠って目覚めた時にはもう済んでいます」
──突然、アストルムさんから翡翠色のやわらかい光が溢れて、部屋中を満たし始めた。
私の横たえた身体の上に、翡翠色の円が浮かび上がって不可思議な文字のようなものが、円に沿ってゆっくりと回転しているのが見えた。私をここに転移させた円と同じものだ。
その時、突然猛烈な睡魔に襲われ──
「抵抗しないで、そのまま眠ってください──」
とアストルムさんの声が聞こえたような気がした。
──突如、私は目に差し込んで来るような光を感じたので、ゆっくりと目を開いた。
どうやら完全に眠っていたみたいだ。
私の正面、三メートルほどの高さに、四角い見慣れない電灯があった。
「ここは⋯⋯どこなんだろう。私は確か新生の儀を受けていたはず。終わったのかな」
私はベッドに寝ていたらしく、上半身を起こすと周りを見回した。
どうやらどこかの部屋にいるらしい。それほど広くはなく、八畳くらいだろうか。
ベッドに姿見、タンス、一脚の椅子と机が置かれていて、奥にはドアが一つ、不思議なことに窓はどこにも見当たらなかった。
ここにこのままいてもしょうがないので、私は部屋の外に出てみようと思い立った。
私はベッドの下にサンダルのような物を見つけたので、それを履いて姿見の前まで来たとき──
「んっ? えっ!? ええぇー!」
私は自分の目を疑った。
鏡に映っている人物は十代半ばくらいの女性で、黒髪のボブカットが似合うキュートな美少女だったからだ。
その美少女はパジャマを着ていて、それは私のパジャマに似ていた。というか私のパジャマと同じだ。
どうして鏡に映っている少女が、私と同じパジャマを着ているのだろう?
答えは一つしかない。この部屋には私しかいないのだから。
でもまだ信じられなかった⋯⋯私は自分の顔を恐る恐る触ってみると、鏡の中の美少女も、同じ動作をして顔に手を当てているではないか。
本当に信じられないことだけど、この鏡の中から驚いた表情をしてこっちを見ている少女──美少女は私らしい。
何となくうっすらと面影はあるんだけど。ちなみに胸の大きさは変わっていなかった⋯⋯
私は鏡を眺め続けるのが恥ずかしくなってきた。
どうやら私は本当に新生したようだ。そうとしかこの代わり映えは説明できない。
これが私の新しい身体──霊盃、美少女になった顔にはまだ慣れないけど、この身体はまったく違和感がない、それどころか調子がいいほうだ。
「あっ! そうだ、スマホ!」
私はスマホを使おうとして、辺りを探してみるも──
「ない⋯⋯あ〜残念、異世界の写真が撮れると思ったのに」
仕方ないか⋯⋯私は気を取り直して今度こそドアに向った。