15.怒髪
「許可証がなくても、アイテムの売買は出来るはずでございますが」
ファティの言葉にエルフのお姉さんは、紫水晶のような瞳を細めると
「冷やかしですか。許可証がないと買い取りは出来ません」
と声に険を含ませた。
「それよりこのアイテムはどこで手に入れたんですか。今言ったように、巫女の神域でこのような高品質のアイテムは出たことがありません」
これでは十階層で取ってきましたと言っても、信じてもらえないだろうなぁ。
許可証も必要だって言うし⋯⋯どうしたらいいんだろう。
「貴女にそれを申し上げる必要は一切ございません」
ファティの声音はとても冷やかだった。
明らかに怒っている。
「ど、どうしてですか。出処を言っていただかないと、そもそも買取ることはできません。それとも言えないような──」
エルフのお姉さんがまだ話している途中で、いきなり不快な音があたりに響き渡った。
音のした方を見ると、ショーウィンドウのガラスが粉々に砕け散っていた。
砕け散っていたのはガラスだけではなく、ショーウィンドウに陳列されていた魔石も同じような有様になっている。
「ひいぃぃー」
奇妙な音がしたので振り返ると、その音の正体はエルフのお姉さんが上げている悲鳴だった。
その顔はこっちが恐ろしくなるくらい青ざめている。
ファティの方を見ると、眉をつり上げていた。これはなんか、やばいかも⋯⋯髪やメイド服が風もないのにゆらゆら揺れてるし。
「ファティ。もう行こう」
ここは立ち去ったほうが良いと判断して声をかけた。
「かしこまりました」
ファティは私を見ると普通に返事をして、その表情も普段通りに戻っている。
「そのアイテムは弁償代として、納めてください。足りますか?」
私は腰を抜かしたように、椅子に座り込んでしまっているエルフのお姉さんに声をかけた。
こくこくと言葉もなくエルフのお姉さんは頷く。
でも私たちが店を出ていく寸前に
「あっ! ちょ、ちょっと待ってぇ」
と呼び止めてきたけど、聞こえないふりをしてそのまま外に出た。
これ以上、大事にはしたくなかったし。
お店の外に出たのはいいけど、どこに行けば⋯⋯
とりあえず魔法陣のある倉庫まで戻ろう。
ファティも特に反対することもなく、静かに私の後ろについてきた。
倉庫まで戻ってくると座れそうな木箱を見つけて、私はそこに腰を降ろした。
ファティは座らず立ったまま。私が座ることを促すと一瞬躊躇いつつ、私の隣の木箱に座った。
「怒っていらっしゃいますか⋯⋯」
ファティがおずおずと口を開く。
「いや、怒ってないよ。びっくりはしたけどね」
ファティは安堵したように、息を吐いた。
「キョーコ様。申し訳ございません。まさか許可証が必要になっているとは、思ってもおりませんでした。アイテムが売れなかったのは、私の完全な誤算でございます」
「いや、ファティは別に悪くないから謝らないで。ただ単に許可証が必要になっていたってことだし」
「キョーコ様⋯⋯」
さてこれからどうしよう⋯⋯
アイテムが売れないとお金を稼げないし、他にお金を稼ぐ方法も異世界ではわからない。
──あっ! 迷宮探索者? というのになればいいんじゃ。
それで魔石を売ることが出来るらしいし。
「ファティって、迷宮探索者になれる場所がどこにあるか知ってる?」
「はい。場所に変わりがなければでございますが」
「案内をお願いしてもいい?」
「はい。ご案内いたします」
私たちが倉庫から出て大通りに向かって路地裏を歩いているとき、前から数人の男たちがやって来るのが見えた。
「見つけたぜ!」
先頭にいたスキンヘッドの男が、私たちを見ながらにやりと笑う。
筋骨隆々の身長二メートルはありそうな大男だ。
「間違いない。珍しい黒髪の女と金髪美少女メイド。ちょっと俺たちに同行してもらおうか」
珍しい黒髪って私のことだよね。黒髪ってこの世界では珍しいのかな、と考えていたら背後からも足音が聞こえてきた。
どうやら挟み撃ちにされたみたい。全部で十人くらいいる。
「いかがなさいますか。物の数ではございませんが」
ファティが私に意見を求めてきた。
「おいおい、聞こえてるぜ。物の数じゃねえだと。俺たちは迷宮探索者ランク7のパーティーだぞ」
私がファティに返事をする前に、スキンヘッドの男が自信満々に啖呵を切った。
ファティはそれに鼻で笑って答える。
するとスキンヘッドの男の顔は、見る見る茹でダコのように真っ赤になった。
「優しくしてやっていれば、つけあがりやがって。俺たちと一緒にこい! 痛い目に合いたくなければ抵抗するなよ」
「いやです」
私が拒否したのは建物の角から、あのエルフのお姉さんが恐る恐るこっちを覗いていたからだ。
きっとこの男たちは、あのエルフのお姉さんの差し金なのだろう。
関わると厄介なことになりそうなので
「逃げよう。手加減してね」
とファティに囁いた。
古代級地龍とも戦えるファティなので、手加減しないと大変なことになる。
それは私にも言えることだけど⋯⋯
「かしこまりました」
ファティが承諾したので、私はスキンヘッドの男に向って
「通してください」
と頼んだ。
「そいつは出来ねえな。抵抗しないほうがいいぜ」
スキンヘッドの男は私の頼みを断り距離を縮めてくる。
仕方ない──怪我をさせないように、ここから逃げ出そう。
 




