11.原初魔法
樹海の火は燃え盛って、どんどんその範囲を広げていた。
生半可なことではこの火を消すことは出来ない。
そう思っていると、ファティがおもむろに掌底するように右手を伸ばした。
すると複雑な記号のある大きな魔法陣が、燃え盛っている樹海の上空に展開した。
『古に 雨ありき
天満ちる 叢雲の
大いなる 神の雨
天地に 降り注ぎ
生命の 始とならん』
魔法の詠唱? ファティが美しい声で朗々と言葉を紡ぎ出す。
「創生神雨」
ファティの力強い声が響くと同時に、魔法陣に変化が現れた。
魔法陣から黒雲がうねるように溢れだし、瞬く間に樹海を覆っていく。
その黒雲が燃え盛る樹海を覆い尽くしたとき、大量の雨が降り注ぎ始めた。
やがて水壁そのものと化した雨が、火の勢いを弱めていくのが見えた。
これなら鎮火できそう。
「すごい魔法だね!」
私はファティを称賛した。
「ありがとうございます。ウェネフィカ様が生み出した魔法の一つで、原初魔法と呼ばれております」
ちょっとそのウェネフィカという人も気になるけど、それより今は古代級地龍をどうにかしなきゃいけない。
またあの熱線攻撃を樹海の方向にされたら、目も当てられないし。
だから単純だけど古代級地龍の真上から突っ込んでいって、熱線を吐かれる前に倒してしまおう。
──私は覚悟を決めた。
「ファティは樹海の火が完全に鎮火するのをここで確認して。私はあの古代級地龍を止めてくる」
「かしこまりました」
「うん、お願い。じゃあ私を浮遊魔法で古代級地龍のところまで飛ばしてくれるかな。あの熱線をまた樹海のある方向に吐かれないように、なるべく真上から接近したい」
私はファティの浮遊魔法で、古代級地龍に向かって飛び始めた。
飛ぶ速度も徐々に速くなっていく。私の姿勢は頭が下になっているので、まるでバンジージャンプをしてるみたいでなかなか怖い。
しかも命綱はないし⋯⋯と思っていると
「──えっ! ちょっ! お、落ちる。落ちる。ひえぇぇぇ〜」
私は見る見るうちに地面が近付いて来たので、少しパニック状態になってしまった。
その時、古代級地龍の爬虫類のような目が、私を睨んだのが見えた。
気付かれてしまったようだ。
顎をこっちに向けて開いてくる。
あの熱線を吐く気だ。
あとほんの少しで古代級地龍に攻撃できるというところで、顎から熱線が私目がけて迸った。
──直撃する! と私が思った瞬間、身体が横に引っ張られた。
熱線はぎりぎり私の横を通り過ぎていく。
ファティが熱線を避けて、私を飛ばしてくれたみたいだ。
そのまま古代級地龍の顔の横まで接近できた瞬間、殴りつける。
何かが砕けるような嫌な音が聞こえてきた。
古代級地龍の顔を見ると一部の鱗が《うろこ》が砕けている。
古代級地龍は殴られた衝撃で熱線が吐けなくなり、耳障りな咆哮を上げるとその山のような巨体がゆっくりと、地響きを立てながら倒れていった。
私は静かに丘に着地する。
霊廟と新生殿を見ると、火は回っておらず無事だった。
「キョーコ様」
ファティも丘に下りてきた。
「森の火はもう鎮火したの?」
「鎮火いたしました」
「それはよかった⋯⋯」
「キョーコ様。このトカゲをいかがいたしましょう。串焼きにでもいたしますか」
ファティは横たわっている古代級地龍を見ながら、なかなか過激な発言をした。
微かに動いているので死んではいないと思う。
「それはやめよう。ファティは回復魔法って使える? 古代級地龍を回復してほしいんだけど」
「よろしいのですか? キョーコ様に不埒を働いたトカゲでございますが」
「最初は驚いたけど⋯⋯ファティの知り合いなんでしょ。話していたし」
「さようでございますが⋯⋯」
「じゃあ、お願いしていい」
「かしこまりました」
あまり気が進まないようだけど、回復魔法はかけてくれるみたい。
ファティは軽やかに跳躍して、古代級地龍の顔におり立つと、手を添えた。
すると柔かい金色の光が溢れ出し、しばらくそのまま手を添えたあと、ファティが跳躍して私の側に戻ってきた。
「おかえり。回復ありがとう」
ファティは微笑んで頭を下げた。
私は気絶している古代級地龍の顔をまじまじと眺めた。
すると不意にその目が開く。
私はもう戦うつもりは無かったので、古代級地龍の出方を待つことにした。
一瞬、また攻撃されたらと思ったけど、その時はその時だ。
古代級地龍はおもむろに身体を起こすと、私の目と鼻の先にその大きな顔を近付けてきた。
鼻息が凄い⋯⋯
まだ戦うつもりなのだろうか。私は少し緊張しながら、警戒だけはしておこうと思った。
 




