10.ドラゴンとのバトル
無残に折れ曲がったり倒れたりしている木を目印にしながら、視界のあまりきかない鬱蒼とした森の中を駆け抜けていく。
このまま行けば霊廟がある丘に出られるはず。
足元は平面ではなくボコボコしていたり、木の根が這っていて走りにくかったけど、私は新生した身体のおかげで風のように走ることができた。
そのまましばらく進み続けていると──
不意に視界が開けた。
正面に見えたのは小高い丘。そこを急いで駆け上がる。
息も切らさず丘の上までたどり着いた先には、霊廟と湖があった。
霊廟は側面が見えていて右手側に湖が広がっている。
南の高台からこの丘の上を眺めていた時も、見えていたのは同じよう位置だったので、私は南側の樹海を抜けて来たらしい。
霊廟から北に少し離れたところでは、背中を見せたドラゴンが山のように屹立していた。
いったんドラゴンを無視して霊廟の扉の方に向かったけど、そこにファティの姿がない。
だんだん不安になってきたその時──
身がすくむほどの凄まじい音が周囲に鳴り響いた。
音のした方を見上げると、空中に浮かびながらドラゴンと対峙しているファティの姿を発見した。
ファティの周囲には複数の魔法陣があって、閃光がドラゴンに向かって迸っている。
雷撃の直撃を受けているドラゴンは、苦しそうに咆哮を上げかなり効いているみたいだった。
それにしてもファティって空を飛べたんだ。浮遊魔法かな?
ひとまずファティが無事だったことに、ほっと胸をなでおろす。
とりあえず私はファティの援護をしようと、ドラゴンの元に走りだした。
ドラゴンは少し霊廟から離れた丘の上にいたので、霊廟を破壊されないようにファティが引き離してくれたのかもしれない。
私は気付かれずにドラゴンの脚まで接近すると、拳で殴りつけた。
インパクトの瞬間、金属と金属が強くぶつかった時のような強烈な音がした。
私は驚いて自分の拳を見てみると、何とも無いようなのでほっとする。
殴られたドラゴンの方は耳をつんざくほどの不快な咆哮を上げると、その巨体が傾いだ。
地響きを起こし周辺の木々を押し倒しながら、ドラゴンは丘の上から落ちていく。
霊廟の方に倒れなくて良かった⋯⋯
樹海に横たわるドラゴンを眺めていたら、ファティが私のそばに空中から下り立つ。その姿を確かめると、怪我はしていないようなので安心した。
「キョーコ様。お召し物が」
「私の心配もしようよ⋯⋯」
ファティの第一声に思わず苦笑してしまった。
 
「キョーコ様がトカゲ如きに、後れを取るはずがないと存じておりましたので」
 
私を信頼してくれているのかな。しかしドラゴンをトカゲ呼ばわり、ファティって結構、毒舌家?
「私は初めて見たから一応聞くけど、ドラゴンだよね?」
「はい。古代級地龍でございます。ですがまったく躾がなっていないので、トカゲで十分でございます」
たいして緊張感のない会話を続けていたら、背後で音がしたので振り返ると、殴り倒した古代級地龍が鎌首をもたげていた。
──何か嫌な予感がしたので、古代級地龍が顎を開いた瞬間、私はファティを右腕で抱き寄せた。
その刹那、古代級地龍の口内から光が溢れて凄まじい熱線が放たれた。
私はなんとか躱そうとしたけど、熱線の範囲が広く左腕を掠めさせてしまう。
右腕に抱き寄せていたファティは大丈夫なようだ。
熱線を躱すために地面を蹴った結果、私たちは地上から空に向かって上昇していた。
この身体、ジャンプ力あり過ぎだよ⋯⋯これから気をつけないと、と思っていたら急に空中で身体が静止する。
「キョーコ様。先ほどはありがとうございました。それで、恐れいります⋯⋯」
ファティはお礼を言いながら何故か顔を赤らめた。
恐ろしく整っているファティの顔が目と鼻の先にある。そこで私はようやく、ファティを右腕で抱きしめていたことを思い出した。
「あ、ああ⋯⋯ごめんね」
私は慌ててファティを解放した。私たちが空中に浮かんだままで、一向に墜落しないのはファティの魔法のおかげなのだろう。
さっき古代級地龍と戦っていたときも浮遊していたし。
ふとファティから視線を外して地上を見ると、私の目に恐ろしい光景が飛び込んできた。
樹海が──広範囲に渡って燃え盛っていたのだ。
私は地上からかなり離れた空中にいたため、広い範囲を俯瞰することができた。
その樹海の中に開けた場所があって、そこには湖と白い屋根の建物が二棟あるのが見える。
霊廟と新生殿だ。その近くに古代級地龍の小山のような姿も見えた。キョロキョロしていたので、まだ私たちを発見できていないようだ。
辺りは燃え盛る樹海から、立ち上る濛々たる煙で包まれてきた。この惨状を惹き起こしたのはあの古代級地龍の熱線に間違いない。
「森が⋯⋯」
「愚かなトカゲでございます」
私は呆然となって思考が硬直してしまっていた。
「キョーコ様?」
「う、うん。大丈夫」
ファティに呼ばれてようやく私は意識を覚醒させた。
そういえば私はあの強烈な熱線を、左腕に掠めさせてしまっていたのだ。
左腕を見るのが怖い。痛みを感じていないことがさらに恐怖心を煽った。
でもぐずぐずしてはいられないと、私は思いきって左腕を見る。
左腕は──無事だった。しかも驚くことに傷一つ負っていないみたい。
ただブラウスの袖の部分が肩までなくなっていて、腕がむき出しになっていた。
焦げたような跡があるので、熱線で燃え尽きてしまったのだろう。
腕が無事だったのが信じられない⋯⋯けど無傷だったのは間違いなくこの身体のおかげだ。
でも今は腕が無事だったことを喜ぶより、樹海の火をどうにかしないと⋯⋯霊廟と新生殿に燃え移ってしまう。
「あの火を消す方法ってあると思う?」
私一人ではいい案が浮かびそうもないので、ファティに知恵を借りる。
「魔法を使えば可能でございます」
「出来るの! お願いしてもいい?」
「かしこまりました」
 




