1.召喚魔法
私は学校から家に帰ってくると、部屋で勉強もせずに好きな小説をスマホで読み始めた。
途中で夕食を済ませてお風呂に入って歯を磨く以外、ほとんど小説を読むのをやめなかった。
さすがに何時間も小説を読んで疲れてきたので、いったん休憩しようとスマホの時計を見ると、深夜二時を過ぎている。
「もう、こんな時間!」
明日も学校なので小説の続きが気になったけど、電気を消してベッドに横になって目を閉じる。
ベッドに横になってからそれほど時間が経っていないとき、突然まぶたの裏に強い光を感じた。
私は不思議に思って目を開けてみると、謎の発光体が正面に浮かんでいたので、心臓が大きく跳ねるほど驚いた。
それは翡翠色をした円形で、円の内側には記号のようなものが、ゆっくりと回転している。
「えっ!? な、何これ?」
私が驚きのあまり声を出すと、翡翠色の光が目を開けていられないほど強くなって──ふわっと浮き上がるような感覚がした。
その後しばらく経っても何かが起こる様子もなかったので、恐る恐る目を開けると──
「えっ⋯⋯」
私は信じられないものを見た。
何故ならそこは──さっきまでいた私の部屋ではなかったから。
どうやら建物の中ではあるらしく、室内はとても明るかった。
私の正面には美しい女性たちを描いた大きな壁画があり、その画力と迫力に圧倒される。
女性は六人描かれていて、黄金、銀、薄紅、瑠璃、真紅、翡翠と髪の色がとてもカラフルだった。着ているものは純白のワンピースのような物で、手には美しいゴブレットを持っている。何かの女神がモチーフなのかな。
その不思議な壁画の前には長方形の台のような物があり、台も床も同じ白亜の美しい石材から出来ていた。
「突然、このような場所にお呼び立てして申し訳ございません」
──不思議な場所に気を取られていた私は、突然聞えてきた声に身体をびくっとさせるほど驚いた。
慌てて振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
これは夢に違いない、と思うほど美しい女性。でもどこかで見たことがあるような⋯⋯
その瞳と髪は美しい翡翠色をしていてウェーブのある髪が肩の辺りまでかかり、純白のワンピースの様なものを身に着けている。
あっ! どこかで見たことある思ったら、壁画の女性の一人にそっくりなんだ。
「私はアストルムと申します」
その女性がとても美しい声で、名乗ってきたので
「わ、私は楽堂響子です」
と状況に戸惑いつつ名乗り返した。
「あ、あのここは一体どこなんですか?」
「ここはキョーコさんの世界とは別の世界、言うなれば異世界と言うことになります」
「い、異世界⋯⋯」
私は本当に夢でも見ているのだろうか。でもベットに入っていただけでまだ眠ってはいなかったので、これは夢ではなさそうなんだけど。
「はい。召喚魔法を使ってキョーコさんの世界から、私の世界にお呼びしたのです」
召喚魔法⋯⋯私が好きな異世界物の本やアニメでよく使われる魔法だ。
そうなると気になるのは
「私はどうして召喚されたんですか」
ということだけど。
アストルムさんは真剣な面持ちのまま、私をまっすぐ見つめてきて
「それはレイハイを継承して欲しいからです」
と初めて聞く不思議な響きのある言葉を口にした。
レイハイ? どうやら勇者になって欲しいとかではないらしい。
ちょっと期待したんだけど⋯⋯
「そのレイハイってなんですか?」
「レイハイとは三万年の長きにわたって力が蓄積され、受け継がれてきたものです」
レイハイは何やら凄そうな物みたいだけど。チートアイテムの類いかな。
「レイハイってチート⋯⋯いや、すごい力を授けてくれるんですか」
アストルムさんは魅力的な微笑みを浮かべると頷いた。
「はい。使い方によっては、すべての願いを叶える力を授けてくれるでしょう」
使い方によってはという注釈はつくけど、やっぱりチートレベルっぽい。
「でも、どうしてそんな凄いものを私に?」
「実は始めはこの世界で継承者を探していたのですが、残念ながら見つかりませんでした。それなら別世界で探して見ようと思ったのです。すると幸運なことに、そこでレイハイ適合者のキョーコさんを発見することが出来たのです」
どうやら適合者だったので、私にチートアイテムを授けてくれらしい。でも目的は何なのだろう。
「私がレイハイというのを継承したら、何かをさせたいんですか」
「いえ、キョーコさんがレイハイを継承しても、何かをさせることはありません。継承してくれることのみが、私の悲願なのです」
何だか都合が良すぎるような⋯⋯でもただの女子高生に過ぎない私に、本当のことを言っているのか、嘘を言っているのか、見破るなんてことはできなかった。
ただ、本当に真摯に語りかけてくるので、いっさい嘘はないような気はする。
「あの、継承ってどうやるんですか?」
「まずキョーコさんの肉体から魂を取り出し、レイハイに移します」
「──ちょ、ちょっと待ってください! それって私が道具に宿るってことですか?」
「いえ、道具ではありません。誤解を与えたなら申し訳ありません。レイハイは、見た目は普通の人間の身体をしています」
「でも⋯⋯魂を移すって危険じゃないんですか」
「問題ありません。今までのレイハイの継承者で、失敗したものはいません」
アストルムさんは自信満々にそう言うけど、魂を移すのはなかなかハードルが高いなぁ。レイハイの見た目が人間なのは良かったけど。
そういえば元の世界には帰れるんだろうか。読んだり見たりしていた異世界物ではすぐには帰れなかったり、帰る方法が無かったりしたけど⋯⋯
「あの⋯⋯私って元の世界に帰れるんでしょうか」
アストルムさんはその綺麗な眉を寄せると、困ったような表情を浮かべた。
「申し訳ありません。大変言いにくいのですが、キョーコさんを元の世界に帰す方法はありません」