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灰がたまりすぎたので  作者: オジギソウ
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去るもの、出会うもの 3

 定時になって帰ることが出来たのはわずか数名で、残りの人間は仕事を続けていた。


 それでも私の仕事が一番多い。なぜなら、皆が終わらせた仕事のチェックが私の担当であるからだ。皆が終わらなければ私の仕事は終わらない。チェックを後日に回しても良いのだが、こういうものは早めやっておくと帰った後にあれこれ考えなくてすむ。

 

 物忘れをよくしてしまう私だから、仕事があるとわかっているうちにしてしまいたいのだ。でないと「したくもないこと」をする予定など、頭から無意識に道路の横溝にでも流してしまう。

 

 いつの間にか、人事部の部屋には私しかいなかった。仕事を終わらせて帰って行く皆の方も見ず、「お疲れ様です」の声に返事を返す程度の反応をしただけだ。

 電気は付いていて明るかったが、なぜだか昼間よりも暗く感じる。


「…あとは、これか。」


 確認した資料に判子を押し、最後に確認する資料を手に持って眺める。資料作成者は、今田だ。


 昼間に弁当の話をしていたな、と覚えている。今思えば髪型が特徴的なやつだ。現代風、といえばいいのか。おしゃれ、と言われてもそんなマニュアルのない概念はよくわからない。


 今田の資料は他の物に比べて丁寧に見えた。訂正する箇所はない。


「優秀だな。」


 最後の判子を押した。うめき声を上げながら大きな伸びをする。背骨がミシミシといっている気がする。首を左右に動かすと音が鳴る。

 そういえばこれは良くない音なんだって話を若い社員が話していたな。


「帰ろう。」


 時間は22時。家に帰って眠れるだけ、恵まれた環境であると思っておこう。

 

 遅く帰っても私をとがめる人は誰もいない。




 外に出ると雨が降っていた。ああ、そういえば天気予報を見ていなかったな。いつから見ていないか分からないが。


 傘も持っていない。道路を行き交う人々は誰もが準備よく傘をさしている。

 少し恥ずかしく感じながら車まで走った。今日も選択する予定のないスーツが濡れる。

 洗った洗った、雨で洗った、なんてむちゃくちゃな思考をしてみる。クリーニングに出さない言い訳だ。

 明日からは天気予報を見よう。



 帰ってもなにをするでもない。「ただいま」の声と共に家に入り、夕飯のコンビニ飯をたべ、スーツを部屋に放り投げて風呂に入る。風呂から出て寝間着を着る。疲れた体をすこしすっきりさせてベットに身を投げた。明日はまた仕事だ。



 カーテンの隙間から月の光か外灯かわからない光が差し込んでいる。汚い部屋内が鮮明に照らされている。まどの外を見ると三日月だ。


 月に笑われている気分だった。


 家の外をのぞいても、誰が歩いているわけでもない。時刻は午前0時30分を指している。


 ここはすこし大きな住宅地、こんな時間に外に出ているのは妻に追い出された夫か、ぐれた学生か、実家から大学に通う大学生か。


 再び布団に潜り込む。やわらかくかび臭い枕に頭を預けてみる。そして目を閉じる。

 何度か寝返りを打ちながら眠ろうと試みるも、どうしても眠くならない。最近よくこの感覚になる。

 中途半端に入浴をしてすっきりしたせいか。それともこれは不眠症というやつなのか。   


 まあ、ストレスを抱えている自覚は大いにある。原因もよく分かっている。悲しいくらいに。


「……ふう。」


 息をつきながら体を起こした。どうせ、眠れやしない。部屋の片付けでもしようか。いや、そんな気分でもない。どうせなら、眠くなるためのなにかを試してみようか。


 私は寝間着の上に普段はあまり着ない黒いロングコートを羽織り、ポケットに財布だけを突っ込んだ。

 

 この時間に出かけるのは久しぶりだ。向かう先は近くのコンビニエンスストア。すこし気持ちが高ぶる。背徳感というものだろう。

 家の外は冷たい風が吹いていた。頬に氷を押しつけられたような感覚。

 顔はどうしても布で覆うことが出来ない。病気でもないのにマスクをするのは違うし、マフラーで顔を隠してしまえば、簡単に不審者のできあがりだ。


 歩いて3分以内の場所にコンビニはある。住宅街への入り口のような立ち位置である。コンビニの横を通ればすぐに住宅街に入る。


 深夜だというのにコンビニ付近は若い声であふれていた。この住宅街の子供達だろう。

 この近くには別のコンビニもあるのだから。家から出ている癖に、家にすぐ帰られるところでしかたむろしないのだ。


 本当は家に帰りたいのではないかな。家に帰られない理由があるのかもしれない。

 

 コンビニの駐車場で座っている彼らに小銭でも歩放りたい気分であったがさすがにやめた。彼らの鋭い視線が私の全身に刺さっている。

 顔を伏せて目を合わせないように歩いてコンビニへ入っていく。聞こえの良い効果音が店内に流れる。


 深夜のコンビニは、昼間のコンビニとどこか違う気がした。

 外装も内装も一緒だ。しかし、いつもより自由が気がする。

 店員はレジにおらず、おにぎりの品物を入れ替えながら会話をしている。

 そういえば「いらっしゃいませ」は聞こえなかったな。働いているのは外の彼らよりは少し大人になった二人の男女。すまない、たった今二人きりの空間ではなくなったんだよ。


「あっ、ねえお客さん!」

「なに?い、いらっしゃいませ!」

「ああ、どうも。」


 普段なら絶対に「いらっしゃいませ」に対して返事はしない。しかしそれではさすがにこの場の雰囲気に耐え切れそうもなかった。店の中に業務的な雰囲気が少しずつ溶かされていく。


 私は雑誌を一つ一つ眺めていった。

 普段コンビニに立ち寄るときは数人がたち並んでいる雑誌コーナー。綺麗な女性がポーズを決めた表紙や、水着姿でちょっとぽっちゃりした女性がこちらを見つめる表紙。時にはかっこいい絵柄の少年誌もおいていた。進んだ先の曲がり角には成人雑誌コーナーがあり、きわどい写真が表紙を飾る物もあった。

 

 こうしてまじまじと眺めることが出来るのも今だからだろう。今だから。


 お菓子やカップ麺などが並べられているコーナーも見たが、私が最も目を引かれたのはおつまみを置いてあるコーナーである。そういえば長らく晩酌をしていない。

 いつのまにか甘い炭酸のジュースで満足できる人間になってしまっていた。しかし今は違う。私はこの現状に満足など微塵もしていない。むしろ、何かすることはないのかと思っていたところである。

 つながれた鎖を払うかのように腕が動いた。


 目に付いた物はすべて抱えた。ちょい辛チョリソーにタレ付きの小さな唐揚げ複数個入り、そして炙り鯖、炙りイカ。


 ここまで買ってしまっては外せない酒。ここで私はブレーキをかけることが出来なかった。

 もう手には抱えきれないと籠を取りに行って持っていた物を放り込んだ。籠の底が見えなくなる。

 そこに、飲み物コーナーから500㎖缶ビールを3本追加する。こんなに飲めるのか、しかもいまから?いや、余れば明日に回すだけだ。このままレジに向かうのだ。


 レジは先ほどの女性がうってくれた。ご丁寧な接客であったが、商品を袋に入れるのは手間取っていた。私は先に言われた料金に一万円札で支払おうと準備して待っていた。


「いらっしゃいませー。」

「四十九番。」

「は、こちらで?」


 コンビニに新たに一人の客が舞い込んできた。小太りで短い金髪の男だ。

 格好はジャージ。あまりお近づきになりたくないタイプであったが、私は男が言った四十九番が気になってしまった。


 男性の店員がレジの奥で手に取ったのはタバコの箱であった。白い箱に英語が書いてある。読めはしなかったが、なんだかかっこいいデザインであった。


 金髪の男はさっさと会計を済ませ、コンビニの外に出て行ってしまった。


 私はレジの奥に本棚のごとく並べられたタバコの箱達に目を奪われていた。こんなにカラフルで目立つのに、いままで一度も意識してみたことはなかった。

 番号も、よく分からなかった。何の基準なのだろう、と気になった。


 思えば会社にも喫煙場所があるが、使用したことはない。部下の数人がタバコを吸うためだけに休憩をしにいくことがあるが、何がそんなに良いのか分からなかった。

 煙を吸うということが理解できなかった。煙は吸わないようにするものではないのか、と。


 彼らがタバコを吸いたがるのは仕事に躓いたときなどだ。

 私が部下の仕事に注意をしたとき、その部下はショックを受けた様子であった。それでも学びがあるなら良いではないかと私は注意を続けた。

 するとその部下が仕事に戻ろうとしたときに他の社員がその部下に「タバコ休憩にいこう。」と労るように言うのだ。


 私はそれが少し不思議であった。そうやって彼らはストレスをマネジメントしているのだ。


「あの。」

「はい?」

「四十九番、一つお願いします。」



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