去るもの、出会うもの 2
今、人事部は繁忙期だ。
部屋の中にいる人間で暇そうにしているのは次長くらいである。ちなみに次長と課長、つまり私と部長の間に位置する役職で、部長補佐とも言う。
この会社ではほとんど課長である私から部長へ何かお伝えする際の橋渡し役だ。また、飲み会の企画役でもある。
課長である私はかなり忙しい。仕事も手が抜けない。人事部の仕事の責任は私に大きくのしかかっている。
他の部の人間から圧力を受けることもある。「俺を評価しろ」「給料を上げろ」と、私に密かに進言する輩まで。なるべく刺激しないよう、冗談でもそんなことを言うなと注意するのだ。
「課長!お電話です!回します!」
「分かりました。」
部下はそれだけ言うとせわしく資料をまとめて席を立っていった。どこを見ても皆必死だ。この繁忙期、乗り越えてしまえば少し楽な期間にも入る。そこまで頑張ってくれ。
「はい、人事部、高木です。」
電話の向こう側から叱責のような激しい口調の声が聞こえてくる。ああ、耳が遠のいていくようだ。聞く気にならない。
電話はその後も数件続いたが、ようやく私への電話は鳴りやんだ。
「ふう…。」
辺りを見回してみると、まだ皆は落ち着いていない様子であった。
机の上に広げた書類とパソコンとを見比べながら指先を鍛えられそうなくらい打ち込みを続けている。オフィス内にはキーボードの音と必要以上に大きく指示を出す人間の声が響いている。
――さて、と。
私も机に立てかけたファイルの一つに目を向け、取り出そうとしたのだが、そのとき会社のチャイムが鳴った。昼休みの合図だ。
私はファイルに伸ばしていた手を引っ込め、鞄の中に入れていた弁当を取り出した。コンビニで買った550円のカルビ丼。
オフィス内の喧噪は収まりつつあった。だんだん皆の手が止まり始め、リラックスしたムードに包まれる。
「飯いこう…飯…。」
「飯が終わったら、また始まるんだろ…?」
「チャイムよ、なるな…。」
立ち上がり、会社の食堂に向かう部下達。歩き方がゾンビ映画のそれであった。いや、最近は走るゾンビもメジャーらしい。元気さはゾンビの勝ちだ。
そうだな、まだ、午後があるんだったな。終わったらどうしようとか、何も考えてなかったな。
皆がそれぞれ自由に動き始めたタイミングで弁当を開ける。おいしそうに盛り付けされているそれは、私がいつも気に入って買っている弁当だ。
「ねえ、今田君。それ、自分で作ってるの?」
「いいや、作ってもらってる。」
少し離れたところで席を隣り合わせにしている男女の部下二人が会話をしている。女性の方は今田という男の弁当を見てうらやんでいるようだ。
「いいなー、健康に良さそうじゃん。」
「そうですね。よくこんなのを毎朝作ってくれてると思いますよ。」
今田は結婚しているという話を聞いていない。きっと恋人と同棲でもしているのだろう。
こういう話を聞いたとき、いつも、自分にもああいう時期があったかと考えてしまうのがいいやで仕方ない。もう忘れてしまいたいのに。