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灰がたまりすぎたので  作者: オジギソウ
15/25

煙と歩んだ先で 1

「かんぱーい!!」


 お互いのジョッキをくっつけ合って高い音を鳴らす面々。

次長が久しぶりの飲み会幹事という仕事をこなした後、月に一回の繁忙期を乗り切った人事部は宴を開催した。

 私は皆の盛り上がりについて行ける気がせず、一人一人の部下から差し出されるジョッキに軽く自分のジョッキを掲げるので精一杯だった。


「かちょー!盛り上がってますー?」


 急に肩へ腕を回される。驚く私を気にせずジョッキからビールを吸い込むのは、今田であった。

 相変わらず陽気で、すでに場の空気によって酔いが回っているのが分かる。耳まで真っ赤である。


「さっき乾杯したばかりじゃないか……。」

「そんなこといわずに!ね!かちょー僕とお話ししましょう!」


 私が今田にくっつかれる様が面白いのか、他の男達はまとまってこちらを見つめている。にやにやとした顔つきが私をいらつかせた。


「課長、さっそく今田に絡まれてるな。」

「課長参加するの珍しいからな。俺も後で挨拶に行こう。」

「今田を引き寄せてくれて助かるわ……課長最高だな。」


 皆がそろって私に親指を立てて見せる。

なんとも人情のない部下達である。私は肩を落としながら今田のマシンガントークを耳に受けていた。おかげで他の音が何も聞こえてこない。

今田が話す内容は主に仕事の愚痴であったが、私に向けて話していると言うよりは蓋を外した鍋がひっくり返って具がこぼれているかのような様子である。


「かちょー聞いてますう?」

「聞いてる聞いてる。お前、こんな人格だったんだな。」

「そうっすよお。僕は甘えん坊なんで!」


 早くもこの飲み会に参加したことが悔やまれ始めている。仕事上の関係のみであれば、今田のこうした一面を知る必要も無かったのだから。

仕事の丁寧な好青年はどこに消えたのか、家猫のごとく私の方に頬ずりをしてくる。


「今田さん!課長困ってますよ!」


 後ろから今田を引きはがそうとしてくる女性数人の声。私は安堵で息をついた。今田が悲鳴を上げながら女性陣の所へ引きずられていく。


「嫌だー!課長助けてくださーい!」


 ぎらぎらと獲物を狙う獣のような女性陣に囲まれ始めている今田。私には何が嫌なのか分からない。男なら喜ぶべき事ではないか。

 しかし、女性陣の狙いは今田自身ではないらしい。


「ねえ、今田君。お姉さんあなたの彼女の話を聞きたいわ。」

「気になります気になります!今田さん!さあお酒の勢いに乗って!」


 取り押さえられて酒を口に注がれる今田。本人が拒否していないからアルハラにはならないのだろう。私は深く関わらないように密かにビールをすする。



 ようやく落ち着くことが出来た。周囲を興味本位で見回す。

きらきらと温かい光を放つ照明に照らされて、皆の姿はいつもよりオレンジ色に染まっている。

 一人一人の表情だけでひとつの風景が確立されている。仕事場では決して見ることの出来なかった皆の表情。本気の笑顔、本気の泣き顔。あんな顔するんだなって、一人一人の新たな一面を除いた気分になる。次長もここぞとばかりにいろんな職員達と話をしている。

 どこを見てもまぶしい。私は光の当たった場所にいる。そのことが少し嬉しかった。


「課長。楽しんでます?」


 隣に女性社員が移動してきた。朝山さんだ。

 私は少し驚いて「おおう」と情けない声を上げてしまった。朝山さんは照れくさそうに笑っている。頬は紅潮して、飲酒してきたのが分かる。

 いつもと違う雰囲気に、すこし女性的な魅力を感じた。


「ああ。楽しんでるよ。朝山さんは?」

「楽しいです。何回目か分かりませんけど、今日は課長もいますし。いつもとちょっと違うんですよね。新鮮です。」


 さりげなく、私の話を入れてくるところが気になって仕方ない。以前のことがあって、朝山さんを意識してしまっている自分がいることを否定できない。

スズさんと話した翌日にこんなところにきてしまったものだから、朝山さんと話せるかもしれないと少し期待していた面もある。


「朝山さんは、もう仕事は大丈夫そう?」

「……はい。不安はありましたけど、やっぱりこの職場の人はみんな優しいですよ。私、続けます。この仕事。」

「そうか、良かったよ。」


 皆が騒ぐ中で、朝山さんと私のいる空間だけは時間がゆったりと流れていく気がする。喧噪の外側で、静穏な時間にいる気持ちがする。

そのくらい、今の心持ちは穏やかだ。朝山さんも、私の方に目も向けずとも、雰囲気を察して、言葉を紡ぐ時を伺っている気がする。


「課長。ありがとうございました。色々と。」

「……いいや。」

「なんか、元気でました。」


 彼女は私に笑いかける。私も自然と口元が緩んだ。顔が赤くなっている気がする。すぐに視線をそらしてジョッキを口元に運んだ。



「みなさーん!注目注目!!」

「ん?」


 突然、離れたところで女性社員達が声を上げた。そこ傍らには今田が正座させられている。


「あいつ、なにかやらかしたのか?」

「さ、さあ……。」


 朝山さんと顔を見合わせるも、何が起きているのかわからない。大体の社員が女性社員達の方を向いたところで、今田の腕を持ち上げて一番年長のお姉さん社員が鼻息を荒くして叫ぶ。


「今田君!結婚するそうでーす!!」


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