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灰がたまりすぎたので  作者: オジギソウ
11/25

煙と踊ろう 5


 今田が先陣を切って歩くこの道は外灯の光が明滅する狭い歩道である。隣にはまた狭い道路があるが、時間が遅いためか車が通ることは稀だ。

 外灯よりも明るい光を延ばす車のフロントライトが目に刺さる。そのたびに私は顔を地面に向けた。


 右を見ても左を見ても、小さな木造の商店がたち並ぶ、どこかレトロな雰囲気の場所であった。かき氷売店であることをアピールする暖簾や、引き戸の入り口が時代を感じさせている。

 すでに内部の明かりが消えている店の数々に囲まれたこの道には、人気が全く感じられない。まるで異界である。


「ほんとにこっちであってるのか?」

 私は思わず前を歩く今田に声をかけた。今田は自嘲気味に笑いながら私に顔を向けて話す。


「そう思いますよね。すいません。でもこっちなんですよね。もうちょっとですんで!付いてきてくださいよ。」


 私は周囲の小さな商店を少し不気味に感じながらも、今田についていく以外の選択肢を考えることが出来ずにいた。その原因は、今向かっている居酒屋への期待ではなく、私の隣を歩く朝山さんである。


 朝山さんは会社を出てから一切顔を私に向けない。それどころか、地面とにらめっこをするかのようにうつむき、重力に従って垂れる髪の毛に表情を隠されている。話しかけようにも話しかけづらさを感じてしまう。


 そんな我々を全く気にしない今田は一人ぐんぐん前に進んでいく。気のせいか足が踊っているようにも見える。そんなにその居酒屋は良いところなのだろうか。

 会社を出る前にどこに行くのか聞いても『ひみつでーす』とおどけるだけだった。


「あ、見えました見えました。あれですよ!」


 今田が足を止めて指さす先には、道を囲む小さな木造の商店と似たり寄ったりの見た目をした建物があった。


 違うのはその派手さである。

 入り口には赤く輝く堤灯が他の店との違いを際立たせ、店を守るかのように建てられた旗には有名なビールの広告が大きく印刷されていた。建物と同じように木で出来た看板が入り口の上に掲げられている。


 『居酒屋 すずらん』、この店の名前だろうか。すずらんというと、花の名前だと言うことは知っている。大きな葉っぱを持ち、それに隠れるようにして小さく丸い花が礼をするように据えられているものだ。

 その花に私が抱くイメージとは全く異なる、異形の妖怪が切り盛りしていそうな店であったが、今田は小走りになって私たちより先に店に向かっていく。私と朝山さんもその後をゆっくり追っていく。

 いつの間にか朝山さんは顔を上げ、店の入り口をじっと見つめていた。関心があるのだろうか。彼女にとってはこの店は恐ろしいものではないようだ。

 店の引き戸をガラガラガラッと大きな音を立てながら今田が開く。今田は中をのぞき込み、おそらく店員に向かって大きく声をかけた。


「おばちゃん!三人いけますー?」

「おうよ!奥の座敷にいきな!」

「今田のにいちゃん!ひさしぶりじゃねえか!今日は彼女と一緒じゃねえのか!?」


 今田の声の大きさにも多少は驚いたが、その返答に驚嘆した。思わず肩をふるわせてしまう。これは寒さのせいではない。『おばちゃん』といっていたが、ドスのきいたガラガラ声、山姥のような声であった。そしてもう一つは、豪快なおじさんの声。


「いきましょ!奥ですって!」


 今田は私と朝山さんの方を向いて一声かけるとすぐ中にずんずん入っていってしまった。

 朝山さんはあまり物怖じせずに中に入っていく。もしかしてこの店が普通なのか。私が今まで言っていた居酒屋は実は居酒屋じゃ無かったのか。私が居酒屋に行っていなかった十数年ほどでここまで時代は変わるものなのだろうか。

 私が知っている居酒屋は、こんなに他の客から声をかけられたり、店員は荒っぽいものなのか?


「課長!なにしてるんですー?」


 今田のご機嫌な声が店内から聞こえてくる。店内のざわめきが今田の声をかき消そうとしている。私は覚悟を決めて店の中へおそるおそる入っていった。


「いらっしゃい!!おお、初めて見る顔だね!」


 店に入ると、砲弾のごとく私の耳を貫こうとする怒号にも似た声が聞こえてきた。声の主は入り口から見て左にある調理場から顔をのぞかせる女性だった。


 調理場はテーブルのならべられた客席と完全に仕切られており、お会計をするためだけに開けられたであろう四角い穴からその顔は覗いていた。料理を届ける際はきっと左奥の赤い大きな暖簾がかけられた入り口から出てくるのだろう。


 顔だけを覗かせる店主の全容は把握出来なかったが、顔はしわくちゃでかなり年を重ねられた方のようである。しかしそのドスのきいた声のせいで私には見えないところで出刃包丁でも握っているのではないかと思われた。

 失礼なことを想像して申し訳なく思いながら、私はあまりおばさまの顔を見つめることは出来なかった。ペコッと会釈をし、そのまま今田と朝山さんの待つ座敷まで歩いて行こうとする。


「おうおう!にいちゃん!ちょっと自己紹介してよ!」

「え、え?」

「ここはねぇ!初めて来た人がぁ、自己紹介するのはぁ、しきたりなんだよぉー!」

「そうそう!ここは我々の、ホームなんだからのう!」


 あっはっはっは、とみんなで笑い合う集団が私を囲んで畳みかける。いずれも髪の毛を失っているか真っ白な髪をしたおじいさんだ。ご還暦は迎えられているだろう。


 彼らは別に一緒の席に座っていたわけでも、先ほどまでしゃべっていたわけでもない。しかし皆、私が入ってきた途端団結し、一斉に絡んできた。いったいどういう関係なのか、疑問が解けないままに皆が私の肩に手を置いてくる。思わず体を縮ませてしまった。


「にいちゃん!何ボーッとしてんだ!まずは名前だ!」


 私は喉からなにか言葉が出そうになっているのを感じながら、自分が何を言いたいのかよく分からなくなった。助けを求めようと今田と朝山さんの方を見ると、今田は面白そうに私を見つめているだけだ。

 口元を手で押さえてはいるものの、私をしっかり見つめて笑いを殺し切れていない。朝山さんは不思議なものを見る目で私を見ていた。


「あんたらうるっさいよ!初めての客に急に絡むんじゃない!」

「なんでよスズさん!儂らなりの歓迎の仕方なんじゃぞお!」


 スズさんとは、きっと今もまた調理場から顔だけを覗かせているおばさまの事なのだろう。このようなやりとりを聞いていると、このおじいさん達とスズさんとの関係がなんとなく理解できる。


「うっさいよ!ちょっとは静かにしな。おいあんた!あんたが名前を言うまでここの奴らは満足しないよ!今のうちに言っときな!」


 スズさんがそう言うと周囲のおじいさん達がスイッチを切ったように静かになった。そして店内の皆が私の方を見つめてくる。その顔は誰もが私への興味に満ちていた。

 私はすこし落ち着いた雰囲気になった店内で、私はやっとの思いで口を開くことができた。


「高木、といいます。よよろしくお願いします。」


 要約口から出た言葉はそれだけであった。こんなに私は話せない人間だっただろうかと罪悪感に駆られたが、周囲の人の反応は思ったよりも温かいものであった。


「よっ!高木ぃ!よろしくぅ!」


 まず始めにそう叫んだのは私が来た頃にはすでに酔っ払っていたおじいさんだ。顔を真っ赤にしながらかろうじて回る舌を必死に動かしている。おじいさんが叫ぶと、周りの人たちも拍手をしてくれた。


「よう言うたよう言うた!ようこそ!『すずらん』へ!」

「最初はなんにするよ!今日のオススメはそこのホワイトボートに書いてるからね!」


 スズさんのその声かけで周囲の人たちは私にそれぞれ一声かけてから自分の席に戻っていった。私の心が落ち着いてきたところで今田が私を連れに歩いてきた。


「お疲れ様でした!課長!」

「……今田、さては分かってて連れてきたな。」

「あはは、まあ、うん。なんか、課長、結構こういうノリ苦手そうですね。すいません。」


 今田は意外にも素直に私へ頭を下げた。私はその態度にまた驚いて後ずさったが、ふと周囲を見回してみる。


 机や席こそ離れているものの、それぞれの席に座った彼らに壁など無く、すすんで他の席の人に話しかけていく。話しかけられた人も快く迎え入れ、コップをコツンと突き合わす。店内は気温よりも暖かい何かがあった。まるで、家族を見ている気持ちであった。


「もういいよ、今田。」

「……はい、すいません。」

「いいさ。良い場所だね、ここ。」

「……そうですね!」


 今田は調子よく顔を上げた。明るいやつだ。


「あんたらいつまで立ってんの!はよ席につきや!」

「ああーすいませんスズさん!課長いきましょう!」


 スズさんが頼んだ覚えのない料理を大皿に乗せて私が座る予定の机に乗せている。朝山さんがそれを見つめて目がこぼれそうなくらいに瞼を見開いていた。にしても大皿にのっているのは茶色い物体ばかりだ。唐揚げに焼きそば、ラグビー部の夕食か?


「サービスじゃ!三人でくってまえよ!……ていうかお嬢ちゃん、お嬢ちゃんもはじめてじゃないかい?」

「!?ちょ、ちょっと待ってください!」

「朝山さん自己紹介はいりまーす!」


 今田は楽しそうに店内に呼びかけた。おじいさん達がなんだなんだと盛り上げてくる。流れが出来てしまっている。これは私と同じ運命を辿る朝山さんが目に浮かぶぞ。


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