小さな依頼者6 雪山へ
「マスター。ひとまず、リオの依頼については……」
「保留だ」
マスターは私の問いに対して、ぶっきらぼうな口調でそう呟いた。
保留か。
致し方あるまい。
本来なら解呪して依頼達成なのだが、今回は条件が悪かった。
何せ、マスターが解呪出来ないと言うのだから。
「それにしても、マスターでも厳しい案件があるとは……」
「ふん、私も万能ではないということだ」
マスターは私の言葉に一際強い鼻息を漏らす。
その息は白く、靄のように空気中を漂うとサーっと溶けるように消えていった。
「しかしながら、マスター」
「なんだ、ベン?」
「どうしてこんなところに?」
私は疑問に感じていた。
リオの依頼を一旦保留にしたのは分かる。
無理に解呪して、取り返しのつかないことにでもなれば大ごとになるかもしれない。
だからと言って、厚手のコートに身を包み、毛皮で覆われた長靴を履き、ザクザクと雪の中を進んでいく理由が分からない。
なぜ、私たちはこんな雪深い山の中を歩いているのだろう。
それも、私の背には二人分の着替えと食料とテントなどなどがパンパンに詰められているし。
これを事務所で見せられた時。
私はついにマスターは事務所を閉めると思ってしまったのだが……
もしや、私と無理心中でもしようと?
いや、私はすでに命の灯火は消えていて……
「死ぬわけじゃないから安心しろ」
そんな私の心中を察してかささいでか。
私に振り向きつつ、訝しげな表情でマスターはそう口にした。
「ちょっと用があってな」
「だったらお一人でも良かったのでは?」
「ベン。お前は私のボディガードだろ? 現に、お前がいなければ……」
マスターの言う通り。
私は留守番でも良かったのだが……
そーっと後ろを振り返る。
歩いてきた足跡の向こうに赤く染まった場所があった。
その中心に横たわるのは、黒く、大きく、凶暴な獣。
グリズリーだ。
「流石の私も、モンスターは対象外だ」
「……」
なるほどと頷きつつも、あそこに倒れているグリズリーは一頭だけではなかった。
なぜだろうか、この山に入り込んだ矢先、グリズリーやコボルドといった、山の中に生息するモンスター共が襲い掛かってきたのだ。
とは言っても、私の敵ではないのだが。
それにしたって、モンスターがこぞって襲い掛かるなんて、思わず首を傾げる。
モンスターといえど、縄張りに入るなど、刺激しなければそうそう人間を襲うほど凶暴ではない。
それがこの山に至ってはどうか。
次から次へとモンスターが飛び掛かってくるのだ。
吹雪でなかったのが幸いだったな。
すぐに接近を察知できたので、全て瞬殺できた。
私だからこそ出来る芸当ではあるが。
見ていたマスターの顔色は少し青かったか。
しかし、この山のモンスターはやはり異常だ。
次から次へと襲ってくるのは、どうにかならないのだろうか。
マスターに、エンカウントしやすい呪いでもあるのか尋ねると、
マスター曰く、「過去にそれで苦戦したことがある」と、これまた理解し辛い返答があった。
マスターの過去か。
……あまり知りたくはないな。
「見えた。あれだ」
マスターは道の上を見上げ、私にそう告げた。
視線を向けると、山の頂が見えるその下に、小さな小屋が建っていた。
「あれ、ですか?」
「そうだ、あの小屋だ」
マスターは何の迷いも見せずに、ただ、ザクザクと雪の中を進んでいく。
……こんなところに、記憶封じの呪いのヒントがあるのだろうか?
私は溜息を漏らしつつ、マスターに続いた。
不思議なものだな。
体温がない私の吐息も、白くなるのだから。
拙い文章ですが、ここまでお読み頂きありがとうございます!
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