小さな依頼者5
ーー記憶封じの呪い。
依頼者である少年リオ。
彼の妹の呪いを見極めた時、マスターはそう言っていた。
「記憶封じだぁ? 何だってんだ、そりゃ?」
レスター警部は片眉を釣り上げ、訝しげな表情でマスターに視線を向けた。
「心配するな、レスター。お前の頭じゃ理解はまず出来ない」
「ーーて、てめぇ……」
こめかみに青筋立てながら表情が歪むレスター警部を置いといて、マスターは口元を手で覆い、何やら考え込んでいた。
「だがよ、拘留してる奴と違って、この子は叫んだり暴れたりしねぇぜ? 間違ってんじゃねぇのか、お前のその判断は?」
「そんなことない。メイは暴れ始めたら手が付けられないんだ。この家だって……こんなに外の光は入ってこなかったんだよ」
リオは私たちを見上げながら、そう、ボソリと呟いた。
言われてみれば、室内を見回すと、壁に出来た隙間はまだ新しそうなものばかり。
古いものはあまり見当たらない。
バラック小屋とはいえ、雨風をしのげる程度の造りにはなっている。
それがこう、隙間が多いところをみると、リオが嘘を言っているようには見えなかった。
「あ、暴れるって……、この嬢ちゃんがか?」
レスター警部は怪訝な顔で……、と言うよりも、ビビったような青い顔でリオと妹を交互に見やった。
子供相手に、情けない奴だな。
「うん、凄いよ。大人でも手が付けられないんだ」
「なるほど、記憶封じの呪いの相乗効果ってところか?」
マスターは一人納得したかのような態度で、リオの妹……、メイの顔をよく見つめている。
不思議と、マスターの顔を見るときのメイは、表情が穏やかになっている。
そんなメイを見つめながら、マスターは口を開いた。
「記憶封じの呪いは、施工者が壊したい記憶を指定して施すことができる。施されたものは躁鬱のような状態となり、気分の落ち込みや粗暴行為が目立つようになる。だが、それはブラフなんだ」
「ブラフ?」
マスターは一頻りメイの顔を眺めると立ち上がり、レスター警部に振り向いた。
「そう。暴れたり叫んだり、異常者のフリをさせるように仕向けるんだ。そうすれば、周りは記憶を封じられてしまったなんて考えもしないだろう。気が触れ、頭がおかしくなった程度にか思わないはずだ。仮に気付いて解呪を施しても……」
マスター自分のこめかみの横にこぶしを作り、それを「バン!」といって開いて見せた。
「施工者の指定した記憶が壊れ、粗暴行為のみが残される。つまり、解呪したところで、解呪の目的は果たすことができないし、解呪自体の効果も見られない」
「ふぅ、それは難儀ですねぇ……」
それを聞いた私は、取り敢えず肩を落とし、両手のひらを天井に向けて開き、「お手上げのポーズ」をして見せた。
場面の空気というやつだ。
「ベン。わざとらしいぞ」
だが、マスターには見抜かれていたようだ……
それを見ていたレスター警部は、苛立ちげに口調を荒げた。
「お前ら、ふざけてる場合か!? 緊張感を持て、緊張感を! 全く……、それじゃ聞くが、仮に嬢ちゃんの状態がその『記憶封じなんたら』として、嬢ちゃんと拘留ヤロウに施された呪いと、施した奴は一緒ってことになるのか?」
「『記憶封じの呪い』だ。相変わらず物覚えが悪いな。私はまだその男を見てはいないが、恐らくそうだろう。そうそう同じ呪いを違う者同士が同じでタイミングで施工するとは考えにくい。この場合はどちらが早いか遅いかはとにかく、同じ者が施したと考える方が自然だろうな」
「へぇ、そらまた……」
マスターの返事を聞いて、レスターはため息をつきつつ天を仰いだ。
が、彼の目に写っているのは、黒ずんだ、薄汚い天井だけだ。
そしてまた、ため息をつくと、顔を元の位置に戻した。
「ーー取り敢えず、明日署に来い。男に会わせるからよ」
ーーそれが昨日の出来事だ。
そして、今日。
私たちの目の前にいる男もまた、記憶封じの呪いを掛けられた者とマスターは考えている。
「見せてもらうぞ、お前に掛けられた呪いを」
マスターはそう言って、ソッと人差し指を男の額の前へと動かした。
そして、指先を静かに額に当てる。
男は抵抗を見せない。
まぁ、抵抗したところでわたしが対応するから、マスターに危険は及ばないが。
しばらくそうしていた後、マスターは指を引き、ゆっくりと立ち上がった。
そして、顎に手を携え、しばらく考え込むと、おもむろに口を開いてみせた。
「レスター、お前の出番だ」
「あ、何だと?」
マスターはゆっくりと振り向いたが、その顔は酷く沈んだように暗い。
「お前の出番と言ったんだ。動向を探って欲しい者がいる」
「動向、だと?」
「人……、というより組織だな。些細なことでも分かれば教えて欲しい」
「お前がそこまで言うとはな。何を調べるんだ?」
「……教団」
マスターが小さな声で呟いたその一言に、レスター警部は昨日同様、怪訝な表情で片眉をピクリと釣り上げた。
「クレスト教団……、呪いを施すもの……、『施工者』の集団だ。その団員がこの国に侵入した痕跡がないか、あれば何の目的でこの国に侵入したかを探ってくれ」
「クレスト教団、か。分かった。で、お前はどうするんだ?」
「私か。私は……」
マスターは静かに私の元へ近づくと、意味深げな面持ちで、私の肩にその手を置いた。
「探してくる。解呪の方法を」
何故だろう?
ーー嫌な予感がする。
拙い文章ですが、ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
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