小さな依頼者2
拙い文章ですが、よろしくお願い致します。
ある日の昼下がり。
私とマスターは特務警察のとある課を訪ねることにした。
そのとある課とは、「地域防犯課」。
その名の通り、地域を防犯する課である。
というか、まんまそれだ。
特務警察の庁舎は、このエルキドゥ王国の広く区分けされた地区のうち、国公区と呼ばれる、国の中枢を担う公立の機関が並ぶ地域の中にある。
まぁ、警察というくらいだから、その造りはかなり堅牢ではないだろうか。
見た目で言えば、王宮を小さくしたようにも見えるが、建物の中は犯罪を取り扱う場所よろしく、暗くて陰湿な雰囲気を醸し出している。
拘留している者が脱走を試みることもしばしばあるそうで、逃げ道を塞ぐためにあえて全ての窓は小さく造られ、さらに下層の窓には鎧戸まで備わっていた。
ちなみに庁舎は四階建ての石造りである。
見るものが見れば、役人が務める庁舎ではなく、砦や要塞に映るのではないだろうか。
そんな堅牢この上ない庁舎の前に、我々三人は立っていた。
「おい、少年。本当にいいんだな?」
マスターにそう問われ、私の横で庁舎を見上げている少年……、リオはその青い瞳をマスターに向け、頷いた。
まだ幼いというのに、なんと気丈な目なのだろう。
「よし、それでは行こうか」
リオが頷いたのを確認すると、マスターはそう言って一歩前に踏み出した。
私とリオもそれに続く。
庁舎の入り口を潜ると、どこかひんやりとした空気に包まれた。
入った先のロビーは相変わらず日の差し込みが少なく、薄暗い。
そんな薄暗い中、私たちを待っている人物がいた。
「よぉ、解呪師」
挨拶のつもりだろうか。
額の横で敬礼のように指を二本。ピッと上げる、キザなことをするこの男。
特務警察地域防犯課のレスター警部だ。
「時間通りとは、さすがだな!」
「当たり前だ、仕事だからな。それで、本当に大丈夫なんだろうな?」
「任せろよ、これでも警部だ。多少の無理は通るもんだぜ」
どうだか……と鼻から息を抜くと、マスターは片眉を上げた。
「そいつは誰だ?」
「あぁ?」
そう、この場で私たちを待っていたのはレスターだけではなかった。
マスターはレスターの向こう側にある人物に対して顎をしゃくった。
「紹介まだだったな。今年配属されたばかりの新人だ」
「初めまして! お噂はかねがね聞いております!」
レスターに促され、彼女は私たちに頭を下げた。
うなじまでで留められた亜麻色のショートカット。
目はクリクリとしており、唇はやや薄め。
マスター程ではないが通った鼻筋はメリハリがあり、美人の類に入るのではないだろうか。
ややゆったり目のスーツに身を包んでいるせいか、ぜんたいがダボついて見えるのは、まだ着慣れていないせいだろう。
馬子にも衣装ではないが、スーツを着ているのではなく、着られているといった方がしっくり来る。
「ユマって言うんだ。どうしてもお前に会いたいって言うからよぉ」
「私、一度お会いしたかったんです! 解呪師ルーシーと言えば、数々の難事件を解決してきた人物と聞いていますから!」
そう言ってマスターを見るユマの目は、とても爛々と輝いていた。
「おい、レスター」
マスターはレスターの近くはツカツカ歩み寄ると、その胸ぐらをグイッと掴んで引き寄せた。
「聞いてないぞ」
「仕方ねぇだろ、上からの指示なんだ」
マスターに至近距離で問い詰められ、小声で返すレスター。
どうやら、ユマが同伴してきたのは、警部の上司からの命令のようだ。
「上には逆らえないの、何があってもな」
困ったような笑顔を見せつつ、何故かレスターは私にウインクしてきた。
いや、私に同意を求めても無駄だぞ。
私の上司はそんな無意味な命令はしないからな。
「ちっ、今回だけだぞ」
そう言ってマスターはレスターの胸元から手を離すと、私の横にいるリオへと視線を向けた。
「悪いな、この埋め合わせはまたするからよ。よぅ、少年! 来たなぁ!」
歯を見せながらレスターはリオに話し掛けるが、リオは私のズボンの端を引っ張りながら後ろへと引っ込んでしまった。
「なんだよぉ、挨拶したくれぇで」
リオの態度が面白くなかったのか、レスターは口を尖らせながら不満を漏らした。
「嫌われてますね、警部」
「俺だって好きでこんな仕事してんじゃねぇんだけどなぁ」
「レスター、無駄なお喋りをするためにここに来たんじゃないんだがな」
「おお、そうだった! 独房はここの地下だ。それじゃ……」
と、今度はレスターの方がリオをチラ見した。
「……行くか? 少年」
そうレスターに問われると、リオは私のズボンの端を掴みつつも、ジッとレスターを見つめ、しかし黙ったまま、首を縦に振った。
それを見て、レスターも小さく口角を釣り上げた。
「よし、小さくても男だな」
それだけ言うと、レスターはクルリと踵を返し、ロビーの奥へと進んで行く。
マスターはユマを一瞥した。
するとユマはその薄い唇を小さく持ち上げ、笑って見せた。
何というか……、嘘くさい笑顔だ。
その顔を保ったまま、ユマは警部の背中を追いかけて行く。
私たちもそれに続いた。
相変わらず、リオは私のズボンの端を掴んだままだが……
ーー
独房と聞くからには、通路を挟んで向かい合った鉄格子で仕切られた、無機質な空間を思い描いていたのだが、見事に裏切られた。
一部屋一部屋にキチンと扉が設けられ、その向こうには作り付けの机とベッド、簡素な洗面台にそれとパーテーションに囲われた便器がある。
拘留者は罪人ではなく、あくまで事件に関与したであろう一個人という捉え方なのだそうだ。
そのため、最低限のプライベートを保証しなければならない。
というのが通説らしいと、レスターは歩きながら教えてくれた。
「ま、普段は一般ピーポーなんて入れないんだがな」
「警部のお力添えあればこそ! ですね!」
「「……」」
ユマの場にそぐわないキャピキャピした言動に多少なりともイラッとしてしまった。
それはどうやらマスターも同じようで、
「あまりはしゃぐなよ。頭悪そうに見える。一度ブン殴ってやろうか?」
と物騒なことを言うので、
「マスター、あまり大人気ない発言のように聞こえます。ここは冷静に……」
「冷静になればこそ、ユマの一語一句がイラつくんだが」
ーーそれには同意しますが……
「相手は曲がりなりにも警察の人間ですよ。滅多なことを言うものでは……」
「どうせ能無しの万年補欠要員だろ。大した仕事はできやしない」
「ですから、時と場所を考えて発言を……」
「お前ら、ちょっと言い過ぎだぞ?」
気付けば、レスターが白い視線を私たちに向けていた。
「相手はか弱いレディーなんだ。手加減してやれよ」
「私はあくまで感じたことを率直に述べたまでだ」
「気を付けろよ、口は災いの元ってな。ユマをそこいらのボンクラと一緒にしない方がいいぜ。捜査の腕は優秀だ」
私がチラッとユマを見ると、彼女も私を見ていたのだろうか。
目線が重なり、会釈をされた。
少し戸惑った私は、何も返さず、そのまま視線を前に戻した。
レスターのユマに対する評価はまだ続いているようだ。
「どれだけ優秀かってのは、今度話してやるよ。まぁ、顔もいいからなぁ。ファンなんかもいちゃったり……」
とレスターがふと横に視線を逸らすと……
柱や扉といった物陰から、何やら視線が飛んでくる。
「うっ……、あれか? そのファンていうのは?」
「……そ、そうだ……、仕事中もああやって見にくる連中がいるからな。気になって進まねぇんだわ」
「私なら即、ベンに始末させるんだが」
マスターは見たくないものを見てしまったと言わんばかりの表情で、明らかな嫌悪を顔に出している。
私も同感だ。
悪、即、斬。
今すぐにでも始末するべきだ。
「やーめとけやめとけぇ。無駄に取り調べなんざしたくねぇ」
「調べるのはお前って訳じゃないだろ」
「残念、俺の権限で逆指名が可能だ」
「……それならいっそお断りだ」
そんなやり取りをしながら通路を進んで行くうちに、レスターが立ち止まった。
彼の横にはちょうど独房の扉がある。
レスターは私たちを振り返った。
その表情はさっきまでと違う。
目つきが鋭く細く、ヘラヘラしていた口元は頑なに一文字に結ばれている。
どことなくだが、雰囲気までも変わった。
普段の姿からは想像もつかない変わりようだ。
レスターは私たちに目配せし、口を開いた。
「お前ら、いいな?」
そう言いながら、私たちの返事を待つまでもなくレスターはドアノブを回し、扉を開ける。
その奥には暗闇が広がっている。
その中で、何かが蠢いた。
「こいつがお前に見てもらう男だ、少年」
そう言う彼の額に汗が伝うのが見えた。
「お前の妹と同じかどうか……をな」
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