小さな依頼者1
拙い文ですが、よろしくお願いします!
「おい、解呪師! あの調書、ちゃんと読んだか!」
ある日の昼下がり。
私が食後のお茶をマスターの前に置いた時にそれは訪れた。
いきなり事務所のドアが開いたかと思えば、くわえタバコに薄汚れたカーキのロングコートを纏った男が飛び込んできたのである。
マスターが手を軽く上げて私を制しなければ、問答無用でワンパンぶち込んでいたところだ。
「何の話だ、レスター」
椅子に座り、お茶をすするマスターが冷たく言い放った。
「おいおいおいおいー、解呪師よぉ。つれないこと言ってんじゃねぇよ。渡しただろう、調書だよ調書!」
「だから何の調書だ、レスター」
「だーかーらー! 酒場で客を殴り飛ばして暴行でしょっぴいたらバッチシ薬キメててこりゃいかんて独房にぶち込んだら泣くわ喚くわの大騒ぎ! って野郎の調書だ」
私は驚いた。
この男がまくし立てたこともだが、人間こうも息継ぎなしで要件が話せるものなのだろうか?
若干ゼェゼェ言ってるのはご愛嬌だろう。
レスターは得意げな表情で、マスターの机に両手をついた形でマスターを見下ろしていた。
「あぁ、あの調書か」
マスターはため息混じりにレスターを見上げた。
「読んだぞ。さすが特警だな。鼻かんで尻の穴を拭いてもお釣りが返ってきそうな、見事な出来栄えの調書だった」
「は、鼻……、尻ぃ!?」
レスターはマスターの返事を聞いて目を剥いて驚いている。
「お、おまおまおま……! お前、あの調書はな!」
「相変わらずろくに調べもせずに、あたかも犯人に仕立て上げたかのような出来の悪い、お粗末な調書だったというのが、私の率直な感想だ。文句あるか?」
マスターはそう言うと、腰掛けている椅子の背もたれにどっかりと背中を付けた。
腕を組んでいるせいで、豊満な胸元が強調されている。
おっと、別に私はそんなところを観ているわけではない。
二人のやりとりを目の当たりにして、たまたま目に入っただけだ。
ちなみに、マスターの言う「特警」とは、特務警察の略である。
このエルキドゥ王国で起こる犯罪の取り締まりや調査、防犯が主な仕事になる。
事件が起これば即座に出動し、迅速な事件解決をモットーにしている。
が、取り調べや調査など、仕事にはかなりの「粗」が目立ち、雑だ。
特務警察が一度出動すれば、
「税金泥棒がやって来た」
と国民に揶揄される。
国民のために汗水垂らして駆けずり回り、一刻も早い事件解決を目指すはずが、国民から嘲笑の的にされるとは。
皮肉もいいところである。
ちなみに、この男の名はもうお分かりだと思うが、一応説明しておこう。
名はレスター。特務警察の警部である。
大のタバコ好きで、出動時も検証時も取り調べの最中でも、とにかくしょっちゅう口に咥えており、さらに調査ともなれば犬のように小さなことでも嗅ぎまわることから、「タバコ好きの犬」というあだ名がつけられている。
レスターの特徴を捉え、的を得たあだ名のようでもあるが、付けられた当人はあまり気に入っていないようだ。
「じゃぁ聞くがな、解呪師! あれのどこが鼻かんでケツ拭いて捨てるってんだ?」
「店で酒飲んで暴れて暴行で引っ張られて薬キメてたって辺りがな」
「何?」
「お前はバカなのか、レスター。この国で薬はご法度な筈だ。こいつが薬をやってたって分かったなら、何で相応の罰を与えない?」
「……」
マスターにそう言われ、レスターは口を噤んでしまった。
このエルキドゥ王国では、過去に麻薬が流行した経緯がある。
全て裏取引で行われていたのだが、これに国家の役員が関係していた。
麻薬の取引を見過ごす代わりに、多額の賄賂を受け取っていたという、まぁどこにでもあるような話だ。
だが、あることがきっかけで明るみになった時。
その裏取引を手引きしていたのが当時の特務警察の重役だったというのが始末が悪い。
国家の安全を保障する機関の人間が、犯罪に手を染めていたのだ。
当然その者は死刑になったのだが、これがきっかけで、エルキドゥ王国では現行犯であれ何であれ、麻薬取引に関わった者に関しては有無を言わさず、適時罰するという法律が定められた。
「酒飲んで暴れた程度なら拘留でもいいんだろうが、こいつは薬をやっていた。それなのにどうして拘留なんだ?」
「……」
マスターが問い詰めるが、レスターは眉をひそめるばかり。
何も言おうとしない。
が、マスターは確信に触れようとしていた。
「お前が私の前にいるというのが、理由だろう? レスター」
「……チッ!」
マスターの言葉に、レスターはバツが悪そうに舌打ちした。
「酒飲んで暴れた原因が他人とのイザコザなんかじゃなくて薬だとしたら、常習の可能性がある。常習ともなれば、取引している売人が必ずいるはずだ。だが、この国では表でも裏でも取引は難しい。その路線は外したい。けど外せない。何故なら……」
マスターは机に頬杖をつき、得意げな顔をレスターに向けて見せた。
「呪いの可能性があるから。違うか?」
「……おもしれぇ。違ってたらどうする? ん?」
「違わないさ。だったらお前がわざわざここに来る必要がない」
レスターは「ヘッ」と言って髪の毛を掻きむしった。
「正解だよ、解呪師。ありゃどう見てもおかしい。何がおかしいって、薬物反応が出ねぇんだ。取り調べじゃ、にっちもさっちもいかねえ、おかしなことばかり言うからてっきりキメやがったと思ったんだがな。まぁ、目が虚ろで、口開いてよだれ垂らしてヘラヘラ笑ってるの見りゃ、誰だって薬って思うだろうがなぁ」
と、コートの内側に手を突っ込み、取り出したのはタバコの箱だ。
それを咥え、火をつけようとしたところでマスターは私に目配せをした。
レスターがマッチに火をつけた瞬間、私が拳を向け、それを消した。
「あ……」
「このバカ! 私の事務所は禁煙だ!」
マスターは憤慨しつつ、机から身を乗り出すと、レスター警部の口からタバコを素早く取り去った。
「わ、悪い悪い……」
「全く、そんなだからあんなふざけた調書を作るんだ! あれをよく通そうと思ったな! 第一、聞き取った際の内容なんて、チグハグもいいところだ! なんなんだ? ヘラヘラして涎を垂らして言葉にならない言葉を口走りっ……て!」
「あ、いや、それはだな……」
「マスター!」
二人の掛け合いがいよいよ面白くなってきそうなときに、私は二人に声を掛けた。
レスターは助かったというような顔で、マスターは邪魔をされてふてくされた子供のような顔でそれぞれ私に目を向けた。
「マスター、お取り込み中申し訳ありませんが……」
私は一旦言葉を区切ると、体を横に向け一歩後ろへと下がった。
「お客様がお見えです」
二人は顔を揃えて扉に目を向けた。
それが何とも滑稽な様子だったということは、敢えて黙っておくとする。
私が立っていた向こう側には、事務所の扉がある。
その扉は開け放たれ、外から差し込む光の中に小さい影が佇んでいた。
「あ、あの……!」
緊張しているのだろう。精一杯声を張り上げているのが聞いていて分かる。
マスターが「何か用か?」と話し掛ける前に、この影は少年へと姿を変え、震える声で呟いた。
「い、い、妹を……」
その小さな目に涙を溜めながら……
「た、助けてーー!!」
ーーと。
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