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解呪師。その名はルーシー

 人は皆、何かしらの理由で他人を恨むものだ。

 その理由は人それぞれ。

 多かれ少なかれ、一度恨みを抱けば、誰しもが少なからず「殺してやりたい」と心に思うものだろう。

 そう言った感情は例え表に出ないとしても、負の感情として心に積もり積もっていくものだ。

 それはやがて、憎しみへと姿を変える。

 姿を変えた負の感情は、さらに蓄積され、増幅され、やがてあるものへと姿を変えていく。

 その状態になれば、対象の人間に対して何かしらの悪影響を及ぼし始めるのだ。


 人はそれを「呪い」と呼ぶ。


 呪いもまた、大小様々なものがあり、人を不幸にするものから命を奪うものまであらゆるものがこの世界に存在している。


 そして今、私たちの目の前には一人の女性がいた。

 ある呪いを掛けられ、のたうち回っている一人の女性の姿が……


「うがるぁぁぁぁぁぁぁ!」


 女性は私たちを目にすると、腰まで伸びた豊かなブロンドの髪を振り乱し、さながら野生の獣のような咆哮をあげた。

 その口元からは、だらしなく涎が垂れている。

 これで全裸にでもなっていれば目も当てられないが、幸い、衣服は身につけてくれていた。

 と言っても、薄布であつらわれた、紫色を帯びたネグリジェ一枚のみを纏っているだけなのだが……


「ア、アネッサ! どうか、どうか正気を取り戻しておくれ!」


 私の背後で、腹の出た小太りの中年男が、神にもすがるかの如く胸元で手を組み、涙声でそう叫んでいた。


「あぁ、アネッサ! どうしてこんなことに……! 恨むならこのわしを恨めば良いものをーー!」


「うるさい、黙れ。気が散る」


 だが、その中年男の願いは、図らずもこの場にはそぐわない凛とした張りのある声に蹴落とされてしまう。

 男は伏せていた顔を上げ、声の主へと向けた。

 その表情は、泣いているのか怯えているのか、よく分からない。

 確かなのは、声の主に対して怒りが込められていることくらいか。


「だ、黙れとは……、誰に向かってそんなーー!!」

「うるさいから黙れと言った。たかが獣返しの呪いくらいでおたおたするな、このデブが!」

「デ、ーー!?」


 そう罵倒し男性を黙らせてしまったのは、一人の女性だ。

 白の半袖シャツに黒いベスト。

 ピタリと張り付くタイトなズボンに足元は皮のブーツ。

 彼女の体つきは線が細い。

 力を込めれば簡単にへし折れそうなほどに華奢だ。

 その割に強調されるところはしっかりと出ている。

 場所が違えば、相当人気があるのではないか?

 さらに、目尻はやや釣り上がっているせいか、鋭い目つきをしてはいるが鼻筋は幾分か通り、付け加えるとしたら小顔の美人だ。

 しかし、襟足を僅かに伸ばした、灰色のウルフカットのヘアースタイルが、彼女を年齢以上に幼く見せており、女性と言うよりは少女といわれてもおかしくないような容姿でもある。


「さて、こんな簡単な依頼はさっさと終わらせてしまおう」


 彼女はそう言って、牙ならぬ歯を向けてくる女性の元へと近付いた。


「かわいそうに。お前はどこで殺された獣なんだ? きっと行き場を無くしてさまよっていたところを、「施行者」によって集められたんだろう。今すぐ楽にしてやる」


 それまで男性に向けられていた厳しい口調が一転して穏やかな、まるで諭すような優しい口調へと変わっていた。


「さぁ、行け。今こそ解き放たれる時ーー」


 彼女が両手を体の横いっぱいに広げると、足元が急に光り出した。

 彼女の足元から生まれた光は、いく筋もの線へと姿を変えて床を走り始めた。

 やがてそれは大きな円を描き、その中心から金色に光り輝く六芒星が浮かび上がってくる。


「解呪」


 彼女がそう口にすると、足元の光はグングン強くなり、この部屋いっぱいになるまで広がっていく。

 光は広がりきったところで一際強くなると、途端スーッと暗闇に紛れるかのように静かに消えていった。


 そして、そこには……


「……」


 ベッドの上に座り込み、目をパチクリさせている女性がいた。


「? ーーパ、パパ?」

「アネッサーーー!」


 小太りの男性は歓喜の声を上げて女性に抱きついた。


「ちょっ、ちょっとパパ……、お客様が……」

「よ、よよよ、良かったぁぁぁ! アネッサァァァァ!」


 それを見て、先程の女性と私は小さくため息をついた。

 そして女性は一言。


「さて。勘定だな」


 と言うと、娘に抱きついていた男は私たちを振り向く。

 が、先程とは目つきが変わっていた。何というか……


「あぁ、そうだったなぁ。ご苦労だった。オイ!」


 男は刃物のように鋭く細くなった目で我々を一瞥した後、大きく低い声でそう言う。

 すると、私の背後のドアから、人相の悪い男たちがドカドカと数人入り込んできた。


「先生方がお帰りだ。お支払いしろ」

「へぇ」


 男に言われ、先頭に立っていたチンピラ風情の男が返事をする。

 そして、男が自分の胸元に両の手の平を返して出すと、その上に白い小袋と一枚の紙が置かれた。

 紙には箇条書きでいくつか文章が綴ってある。

 女性はその紙を手に取ると文書に目を走らせた。

 そして、手にした紙をギュッと握り、男へと振り返った。


「依頼の報酬が違うようだが?」


 女性がそう言うと、男は「クックック」と下卑た声を上げ笑い始めた。


「あんな法外な値段、はいそうですかと簡単に払えるか!」

「涙目でサインしたのはどこのどいつだ? これは契約違反になる!」

「契約だと!? バカみたいにクソ高ぇ金額ふっかけやがって! 足元見るのもいい加減にしやがれ!」


 驚いた。

 依頼のために事務所を訪れたときの男は、こんなに強気な態度ではなかった。

 なるほど、時には弱々しい演技も必要ということか。

 だが、女性は引かなかった。


「バカなことを言うな。()()()()で契約したんだ。耳を揃えて払ってもらうぞ」

「バカなのはそっちだろ! おい、テメェら! 構うことはねぇ!」


「「「へい!」」」


 男がアゴでしゃくると、チンピラたちは手を組み、バキボキと鳴らし始めていた。

 その顔ときたら、男同様下卑た笑いをしている。


「やれやれ、痛い目をみないと分からないのか。おい、ベン」


 私は女性に名前を呼ばれたため、返事をした。


「はい、ご主人様(マスター)

「そういうことだ。()()()()

「了解しました」


 私はマスターからそう言われると、チンピラたちは共に振り返った。


「あぁ? なんだコラ?」

「そこの女共々、可愛がってやるぜぇ」

「泣いて謝っても許してやらねぇよ」


 はっきり言って、彼らが何を言っているのか理解できない。

 取り敢えず理解できること。

 それは、マスターを守ることだ。


「一つ聞きたいことがある。君たちには覚悟があるか?」


「「「はぁ?」」」


 私の質問に、彼らは素っ頓狂な声を上げた。


「もう一度聞こう。君たちには覚悟が……」

「ごちゃごちゃうるせぇ! 殺されてぇのか!?」


 なんと、私の質問が終わる前に、先頭のチンピラが掛かってきた!

 全く、礼儀がなっていないな。

 いや、この場合は礼儀は当てはまらないのか。

 チンピラは、右の拳を大きく引いている。

 恐らく殴り掛かってくるだろう。

 私は足をスッと開き、腰を落とす。

 左手は手のひらを上に返して脇腹に添わせ、右手は手のひらを駆け寄るチンピラに向け、突き出した。

 こう構えることで、相手との間合いを図るのだ。

 そして、チンピラが繰り出して来た右の拳を、突き出した右手で体の外側へと払う。

 手を払われたチンピラはバランスを崩し、その場で一回りしてしまった。

 おもわず見せてしまったのだろう。

 チンピラの最中に向かって、私は脇腹に添わせていた左手を素早く抜き出す。

 瞬間、私の左手は男の右の脇腹を捉えた。

 すかさず、そこに「発勁」を入れる。


「ハァッ!」


 という私の気合いと共に男は後方へと弾き飛ばされ、そのままドアを突き破って廊下へと転がっていった。


「……」

「……あ、あれ?」


 残された二人は相当に驚いたのだろう。

 目を大きく開き、ぎこちない動きでドアの向こうにいるチンピラへと顔を向けていた。

 廊下で寝そべるチンピラは、ピクピクと指先を動かす程度。

 それ以外は動こうともしない。


「このバカ! 誰がそんなことしろと言った!?」


 マスターはそう言いながら私の横を通り過ぎ、廊下で寝転ぶチンピラの元へと歩み寄った。


「殺してはいませんが」

「ヌルいことを言うな! 殺しておけばいい見せしめになった! 私への契約不履行は無意味だと分からせてやれたんだ!」


 と言って、チンピラの脇腹に蹴りを入れ込む。

「うっぷ……」と、チンピラから声が出た。


「それは……」

「まぁいい。そういうことだ、ハンネルの親父」


 マスターは男の方を向き、口角を上げた。


「この私、解呪師ルーシーとの契約は決して変えられない。肝に命じておくんだな」


 そう言われ、男は女を抱きしめたまま大きく声を荒げた。


「な、な、ナメたこと抜かしてんじゃねぇ! おおお、おいテメェら! 数集めてやっちまえ!」

「いいんだな!?」

「えっ!?」


 男の言葉に、マスターが凄みながら噛み付いた。


「私たちに余計なことをしてみろ! お前の築き上げた地位はもちろん、お前の大切なもの全てをぶち壊してやる! 手始めは……」


 マスターは男が抱きしめる娘を指差した。


「お前の娘からだ。淫欲の呪いを施して馴染みの娼館に放り込んでやる。そこはかなりハードなことを要求する客ばかりだからな。ひと月も立たないうちに娘の体と心は使い物にならないくらいに壊れるだろう」

「な、何……」

「それから、私の秘書は優秀でね。ありとあらゆる戦闘術や格闘術を身に付けている。チンピラ風情を百人集めたところで、全員殺すのに一分は掛からないだろうな」

「マスター、盛り過ぎです。最低一分は掛かります」

「だそうだ。どうする?」


 意地悪げに片眉をあげながら問い掛けるマスター。

 全く人が悪すぎる。

 まぁ、こうなった理由はあちらにあるのだが。


「期日は明日の正午。それまでに報酬を持ってこない、もしくは逃げた場合は地の果てまで追ってやるからそのつもりで。いいな? では行こう、ベン」

「はい、マスター」


 そして、踵を返して部屋から出て行くマスターを私は追いかけた。

 おっと、廊下で寝そべっている男を踏まないようにしなければ。

 まさかとは思うが、このドアや壁の修理。

 請求はこないだろうな?

 その確認はしてはいないが、まぁ大丈夫だろう。


 私の名前はベン。

 先程の啖呵をきった女性は、このエルキドゥ王国で「解呪師」をしているルーシー。

 彼女が私の主人(マスター)であり、この世界で唯一、あらゆる呪いを解くことの出来る「解呪」を使えるただ一人の存在。


 私の仕事は彼女の秘書兼ボディガードだ。


 これからも、お見知り置きを……









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