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17Chain.英雄の像

 さすがにすんなりと、認めてくれたわけじゃない。当たり前だ。いくらメリベルだって、急にそんなこと言われても、わかりましたと即断できるはずはない。

 一方の、娘のほうは「そういうことなら、仕方ないんじゃない?」とか言っていたが……。

 まあ仕方ないんだけど……もうちょっとなんか、涙の一つでもとは言わないまでも、他のなにか気の利いた言葉があってもよかったのではないでしょうかと思わなくもないが。

 ぶっちゃけオレは英雄ということもあって、仕事内容に見合わない額の高給をもらっていたから、家にはかなりの蓄えもある。なので、オレが働かなくなっても、メリベルもユナミールもたいして困らないという事実はあるのだが。

 つまり娘にとってはそれも含めて、大丈夫だという判断なのだろう。

 さすがに嫁は金の話だけではないので、悲しそうな表情を見せたのだが。


 王女ポリタンミカルンエミリンの言葉に、最終的には説得させられるかたちになった。

 なにより、オレがそのつもりであることを、彼女が理解してくれた結果だ。メリベルは、本当にオレのことを解ってくれる、唯一の人間だった。こんなにも誰かから想われたオレは、幸せだった。思い残すことなど、あろうはずもないんだ。


「会話もできなくなるの?」と、メリベルは言った。

 それくらいなら大丈夫━━と言いたいところだが。

 自分に負けて、メリベルやユナミールとの会話をするようならば、そもそも決意の意味がない。口元だけのスキル解除でも、オレの身体は時を刻む。積もり積もれば、スキルがあってもなお、魔王を相手にするには力不足な老体になってしまうことにもなりかねない。そうなれば、最早お話にはならないのだ。それこそ誰に謝っても謝りきれない大失態となってしまう。オレはこれ以上年老いるわけにはいかず、せめて今の身体能力のまま、その時を迎えなければならない。

 そのためには自分を律し、メリベルに対しても確固とした姿勢で向かい合う必要がある。


 すでにぽみえの意向を聞いてあったオレは、嫁にこう告げた。


「かかか会話はできなくなる。けけ、けれど、オレはいつでもキミたちを見守っている。ずっと、見守り続けるよ。基本的には動かないべきなんだけどど、も、もしもしもキミたちがピンチの時は、必ず助けるからららら!」


「あなた……うん、わかった。あなたは未来の希望だから、がんばって、魔王を倒してくださいね」


「パパがんばれー(手元の本を読みながら)」


 こうして家族と別れの時を過ごし。

 メリベルとの口づけを交わし。

 娘にもチューしようとしたら脛を蹴られた上、魔物的速さで逃げられたが……おおむね晴れやかな気持ちのままで、オレは我が家をあとにした。


 ぽみえとメリベルと━━娘は来なかったが━━三人で向かったのは、すぐ近所の憩いの広場。

 自宅の目と鼻の先だった。

 その中央、噴水のある場所から、数段だけの無駄な階段を下りた先にあるスペースに立派な台座が用意してあった。

 台座だけ。

 上にはなにも乗っていない。


 そう、あの台座の上には━━オレが乗るのだよ。あそこが今から、オレの家になるんだ。

 バカげた話に聞こえるかもしれない。必要性も問われるかもしれない。けれど、ポリタンミカルンエミリンが提示したこの案が、一番良さそうに思えたんだ。

 全身メタルボディのオレが、そのままの姿で違和感なく、魔王が出てくるまでいつまでもいつまでも待っていることができるかたち。それが"英雄の像"として待機するということだった。


 通常、生身の人間であれば同じ姿勢で長時間居続けることは難しい。そもそも、まったく動かないということが不可能だ。

 けれど、メタルボディのスキルを持つオレになら、それが可能だった。同じ姿勢で永遠に静止していても、なんの苦痛も苦労も疲労もなにもない。

 肉体的には、一つも問題が存在していなかった。


 しかし、ぽみえも心配していたように、メタルボディの化け物ながら、その中身は心のある人間・天空城タクマである。オレの精神が、なにも変化のない毎日や、まったく動かないことに果たして耐えられるのかという心配があった。嫁も、そこのところは訊いてきた。

 でも、オレにはちょっとした自信があるんだ。

 今でこそ家族があって、会話も途絶えない日常に身を置いてはいるけれど。

 かつて━━前世でのオレは、ほとんど毎日誰とも話をせず、触れあう機会もほとんどなかった。故に、孤独には人一倍の耐性があり、"誰とも話さない"なんて理由で心が折れることは、もう今さらあり得ないことだったから。

 少なくとも、喋らないことはなんの問題にもならないはずだ。


 問題があるとすればそれは━━


 いつか本当に、メリベルや娘のユナミールたちとの別れが来るということだ。

 それ以前に魔王が戻ってきて、すべての決着がつくならいいのだが。ぽみえにも言われたけど、そういった希望は持たないほうがいいかもねーという言葉を、オレはしっかり受け止めていた。何千年、あるいは何万年も先のことになるのかもしれない可能性だってあるのだ。


 精神は歳をとらないのか?

 永遠に意識だけがある状態で、果たして人間は人間たる意味を持ち続けることができるのか。本当にオレは発狂しないだろうか?

 あるいは、何万年先でいざ魔王が復活した時、オレはちゃんと動けて、無事に倒しきることができるのか。

 わからないことだらけの挑戦をするのである。

 だから、そんな諸々の心配事は、あまり考えても仕方ないんじゃなかろうかと思う。

 だって、誰もやったことのない仕事を、使命をオレは果たそうとしているのだから。


 やれると信じてやるしかない。


 メリベルやユナミールの最後も、オレはしっかり見なくちゃいけないんだ。


 メリベルや、ぽみえにも言われた案の一つには、別に像として立たなくたってメタルボディのまま動いてればいいじゃん、町のみんなだって英雄であるタクマさんを邪魔には思わないし化け物扱いもしないと思うよー。

 とは言われたし、実際、みんな受け入れてくれるだろうとは思われる。けれど、それはオレのほうが嫌なのだ。

 まるでみんなと同じように、喋りもせずにメタルボディのままでいるなんて、オレにはそっちのほうが耐えられない。像になりますからみなさん気にしないでくださいね……というほうが気楽だし、(しょう)にあっている。


 メリベルたち家族に限らず、なにかあればその時に遠慮なく動けばいいだけの話だ。

 普段はもう"英雄の像"として、身動き一つせずに、目の前の景色をただながめていればいい。不思議なことに生命としての活動が止まっているにも関わらず、視覚や聴覚、嗅覚に至るまでその感覚がなくなることはなかったし、なにより頭で物を考えていられる限りは、暇なんていくらでも潰せるさ。

 だからオレは、この方法を受け入れた。


「未来の世界をお願いします」


 珍しくまともな言葉を喋ったぽみえが、なんと頭を下げたのだった。


 その瞬間から数十年後━━


 ポリタンミカルンエミリンはその生涯の最後に至り、ついに贖罪の時を迎えた。

 探していた答えを見つけて、然るべき方法も見出だした彼女は最後に、オレのところに報告へとやってきた。


『異世界の犠牲者たち、みんなの魂をあるべき世界に還す方法を見つけたよー』


 ぽみえ自らが計画し建立した鎮魂の塔は、機能的にも意味のある建物だった。

 高度な魔術が施されたその塔には、彼女に異世界から呼び出され、あっけなく無駄死にしていったオレの同類たちの魂が引き寄せられ、集められるのだという。そして、その内部に留まった魂は行き場なく、ぽみえ次第で結果が決まるものだった。消滅か、帰還か。最終的に、そのいずれかの判断は下されることになっていた。後者に関しては、ぽみえがその方法を見つけない限り、可能性すらなかったはずだが。

 ぽみえはそれを見つけたのだ。


『ただし、わたしの精神エネルギーのすべてと引き換えにする必要があってねー。端的に言って、死なないとできないってことなんだけど、ま、どーせそろそろ寿命だからいいんだけどねー』


 なんて言って、笑っていたっけな。

 ポリタンミカルンエミリンとは、その時に会ったのが最後になった。

 オレは立ち会っていないし、結果も聞いてないけれど━━結果を教えてくれる人間がいなかったからだが━━きっとぽみえはうまいことやって、犠牲者たちの魂をそれぞれの世界に戻してくれたはずだと、オレは信じている。

 あいつは最後まで結婚もせず、当然子供もいなかったのだが、オレの心の中に、そしてこの世界の歴史の中には、永遠に生き続けるんだ。

 あいつのやったことは誉められたことではなかったのかもしれないが、結果的にこの世界を救ったのがあいつの行動あってこそのものだったのだから。この世界の誰にも、ぽみえを責めることはできないだろう。無駄死にさせられた犠牲者たちだけにその権利はあって、それも彼らの魂が元の世界に戻ったことで、赦してやれとは言わないが、次の人生を、ぽみえへの怨みなく生きてくれと願うばかりだ。きっと、彼らは転生する。元の世界で、違う人間として。オレはそんなことも、本気で信じている。


 そして━━


 メリベル。

 オレが愛したただ一人の女。

 オレの女神は……毎日必ずやってきては、返答もリアクションすらないオレの前で話しかけてくれて……そんなことをずっと、ずっと続けてくれて……彼女が歳を……彼女だけが老いていくことがなによりオレには辛かった。

 そうなってくると、さらにスキル解除をしようなんて気にはならなくなるもので……どころかメタルボディで動くことすら気が引けて、オレは本格的に英雄の像としての自分をまっとうするだけになっていった。


 彼女の━━嫁と娘たちの日常をただ眺めながら。


『気にしないで』


 自分だけが老いていくことを、彼女はオレにそう言った。

 オレの心は泣いていた。

 叫びたかった。でも、できなかった。

 叶ったのは、もうすべてが終わったあとだった。


 とっくにオレの年齢を越えた娘・二人の子供を生んだユナミール━━その子供たちも、とっくに成人していた━━がある朝やって来て、こう言った。


『今朝、ママが亡くなったよ』と。


 嘘だ━━と思った。

 だって、昨日もオレの前に来ていたのに、と。

 そんな話はしなかったじゃないか!

 年老いて、しわだらけになってはいたが、まだまだ元気そうだったじゃないか……。


 ぷつんっ、と、オレの中のなにかが切れた気がした。

 その時のオレは、もうなにも考えられなくなっていて、無意識のうちにスキルを解除して、変わらぬ場所にあり続けた自宅へと走った。

 目を閉じたままのメリベルを前に泣き崩れ、もうなにもかもがどうでもよくなっていた。

 そんな見苦しいオレの元に、とっくの昔にオレより歳上になってしまった娘がやってきて、オレの背中をびたんと叩く。


『しっかりしろよっ、パパ。こうなることはわかってたはずでしょ、こんなところで投げ捨てたら、ママが……ママだってかわいそうじゃない!』


 娘もまた、泣きながら。

 それでも気丈に叱咤する。

 オレは自分が情けなかった。そうだ。悲しいことは事実だが、これは、必ず乗り越えなければいけないとわかっていたことなのだ。

 オレは思い出していた。

 メリベルが毎日毎日喋ってくれた話を、声を。

 聞こえないはずの、彼女の声が耳元で━━


『泣かないで』


 オレは顔を上げた。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、歳上の娘と向かい合い、彼女の肩に手を置いた。


 ママのこと、任せてもいいかい?


 娘の答えは、決まっていた。


『うん。パパはもう戻って━━』


 あとは任せた。オレはそう言うと、もう振り返ることもなく広場に戻り、長年立ち続けた台座の上に帰った。

 メタルボディのスキルは何事もなく発動し、それ以後も力が失われることはなかった。


 それが、今から遡ること三千四百年ほど前の話になる。


 電機自走車のディーラーとアダルトグッズ専門店の間に取り残されたオレこと英雄の像は、代々の伝承などにより立ち退きを迫られることもなくそこに存在していられた。

 もっとも、なにかあれば最悪動いて逃げたり、逆らったり、それ以前にスキルを解除すれば話し合いにも臨めるのだが、幸運にもそんな機会が訪れることはついぞなかった。

 今の世の中で、この"英雄の像"が本気で動くと思っている人間は少ないだろう。実際に動くことを知っている人間に至っては皆無なはずだ。あったとして、怪談話のネタとして聞いたことがあるという者がほとんどだろうね。

 時代は変わった。

 世界そのものが、かつてのそれからは想像できないほどに変化した。

 オレの"前世"に近づいたと言ってもいい。すなわち、それだけこの世界の文明が発展してきたということだ。

 元々魔術の存在した世界だけに、オレの前世とはだいぶ違う発展を遂げてはいたが、それでもメリベルやユナミールたちの時代にはなかったものばかりが、今の世界には溢れている。


 狭くなった景色の中で、わずかな情報を拾い集めることが、今のオレの楽しみだった。


 アダルトショップから出てきたカップルのうち、スーマホウ(携帯情報端末)の画面を見ていた女の子のほうが、こう言うのが聞こえた。


「えっ……万黄島(まおうしま)に化け物の大群が出たって……マジ?」


 いよいよ、来たか……。


 オレにとっての、約束の時が━━


 建物の隙間から歩き出た像を目にしたカップルは、悲鳴を上げて逃げて行った。




(*^^*)おしまい(*^^*)

━━RESULT━━


17Chain


total 60,061pt


rank.異世界転生したら世界一のイケメンになっていたけど、お腹のあたりに顔がある生物だったのでまったく嬉しくないんですけどッ!!!

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