15Chain.ハッピーエンド
人類の再出発が、ようやく始まったのだ。
オレがすべての土地から魔王軍を駆逐してやったことにより、ついに、ようやく、生き残りの人間たちはその活動圏を拡大し、安心・安全な暮らしを取り戻し、自分たちの世界を作り直すことが可能になった。
窮状を脱した世界はにわかに活気を取り戻し、ぽみえたちのウルフロア国が中心となり、各地の再興が急速な勢いで進んでいった。
そんな中━━
「えっ、えっ、おここここ、子供ももももできてたの?」
そう、オレがマジで驚いた出来事。そういやあいつ今なにやってんだろ……なんて思っていたあのジョンペイ氏が、いつの間にか、ほんといつの間にか結婚して子供まで作っていたのだ。
もちろん、オレは突っ込みを入れたさ。だとしても、そんな早く子供生まれる? ってね。あの後すぐに、その、いろいろチョメってたとしてもだよ、相手に、奥さんが子供を授かったとしてだよ、そんな早く生まれる? って。
と思ったらやっぱり、こちらの世界では胎児の成長が早く━━というか、早めることができるのだと、ぽみえから教えてもらった。
詳しく説明されそうになって断ったから詳しくは知らないが、なんか、そんな魔法だか魔術だかがあるらしいのだ、この異世界には。それにより、本来のものよりもだいぶ早めに子供を生むことができるらしい。
人間の数がかなり少なくなっているから、それでも足りないんだけどねー、とも言っていた。
なんにせよ、ジョンペイはすっかりこの世界に馴染んでいて、今や完全にこの世界の住人の一人として立派に生きていた。なにやら酒蔵で仕事を見つけたらしく、しっかり居場所を掴んでいた。で、知り合った女性というのが城のお偉いさんの娘だとかで、お嫁さんと一緒に住まいも手に入れたと報告を受けた。
オレは嫉妬とかしないけど、それでも少しは羨ましい気持ちがあった。だって、人間だもの。メタルボディの化け物だけど、心はそれでも人間だもの。
なんて思ってたら、ぽみえが「わたしは罪滅ぼしもかねて世界中の復興支援をするためにここをしばらく離れるからねー。それと、異世界から呼び寄せた犠牲者のための鎮魂の塔も建設予定だよー。もしかしたら、魂だけは帰せるかも知れないし、その方法も探しながらねー」と言い、次いで「あ、それとねー……タクマさんにどーしても会いたいって娘がいるから、よかったら会ってくれないかなー?」なんておっしゃって一枚の紙切れをくださった。
ジョンペイは我が家へ帰り、ぽみえも去り、残されたオレは紙切れを見る。
住所と名前、それだけが書かれた、紙切れだ。字はぽみえの読みづらいへんてこ文字なので、慣れていないと読めなかったりする。でも、それは読めた。
番地と、そしてメリベルという名前。
もちろん聞いたことない、はじめて見るものだった。
いったいなんの用だろう……呼び出されるということイコール嫌なことしか起こらないということを実体験から学んできたオレにとって、それは気の進まないものだった。当たり前だ。オレが何度何回何人に何年も呼び出されて、なにをやらされたりやられたりしてきたか。
一個ずつ教えようか?
数時間かかると思うけどな。だからそんな無駄話はしないけど、オレにとって"呼び出し"ってのは、そういうことなんだ。
……ってこれ、よく考えたら━━ぽみえは確か「会いたい」とか言ってなかったっけ?
え……呼び出しじゃ……ない?
だよな、会いたいってだけなら別に、オレ、呼び出されてないじゃん。行くかどうかもオレ次第じゃん。あぶねーあぶねー、なんだよ、選べるじゃんか。てっきり、絶対行かなきゃなんないと勘違いしてたぜ。だって、前の世界でそーだったもん。行かないとかえって悪いことになるから、絶対行かなきゃなんなかったんだもん。で、行ったら行ったでクソチビ態度だけデカい1キロバイト脳ミソ先輩にゼロ距離で恫喝されたんだかキスしたかったんだかわからない怖い思いさせられんのよねー、で、誰も助けちゃくれないし。完全に目が合ったオッサン、そのまま歩いて行っちゃうし。まあね、みんな人間だものね。あ、なんの話だっけ?
そうそう、ぽみえが言ってた話は、呼び出しじゃなくて、オレが会いに行くのかどうかという話だったってことだ。
答えは━━わかんない。
ぶっちゃけ、オレにそんな勇気は元来ない。でも、大偉業を成し遂げた今のオレには、ちょっとだけ、ほんとマジで家ダニくらいのサイズの勇気が備わっているので、備わったので、とりあえず、ええと、よし、ジョンペイに相談しよーっと。
「ええっ、タクマさんに会いたい娘がいるんスか?」
「ううううんこっ、ここに書いてある名前の人間の人が……会いたいみたーいなの、ととと、ぽぽぽみぽみぽみえが……」
「マジすか。でも、そういう人、他にもいると思うっスよ。なんたって今やタクマさんはこの世界の神みたいなもんっスからねー。みんなタクマさんには会いたがりますよ!」
確かに、歩けば歓声、女性にも男性にも子供たちにも大人気になってたのにはマジでビビった。握手を求められたことも、はじめは意味がわからなかったほどだ。
オレの肉の腸詰めみたいな手を好き好んで握りたい人間がいるなんて、夢にも思わなかったから。正直、アイドルなんかの人気者の気持ちは死んでもわかんないだろなーって諦めてたんだけど……まさか、そんな経験をすることになるなんて。異世界って凄いなー。夢が叶うわー。
「あっ、これってメリベルちゃんじゃないですか」
と言ったのは、子供を寝かしつけてからやって来たジョンペイの奥さん━━ネレリンさんだ。どうやら知っている名前らしい。
「どどど、どんな人間さまでございまっ」すか?
「メリベルちゃんは、わたしの2つ下なんですけど、小さい時からすごくかわいい子で、もちろん今もかわいくて、いろんな男性から言い寄られても頑なに断り続けてたんですけど……へぇ~、メリベルちゃんがね~」
そ、そんなにかわいいの?
でもまあ、同性が言うかわいいなんて、それほど信頼できる情報ではないよな。なんて、恋愛のレの字も知らないオレがほざくなよって話だけど……なんだろう、すごい気になる。
「あ、それと胸が大きいです」と、思わぬ追加情報が!
よしっ、行くぅ! オレ、勇気出して行ってみるぅー!
という流れがあって、オレはメリベルさんの家から離れたところで、物陰に隠れていた。
うん。だって、オレだもの。
女の子の家に行く用事なんて、あったことがないもの。人間ではないもの。肉まんだもの。
物陰に潜むオレはすっかり動けなくなって、ちょっとの勇気も失われていたんだけど。
ジョンペイの応援も、ネレリンさんのアドバイスも無駄にしそうな気配が漂う中━━
突然開いた扉から出てきた一人の少女に目が釘付けになった。
(あ……めちゃくちゃかわいい……)
まったく期待してなかったメリベルさんの容姿は、はっきり言ってアニメキャラでしか見たことないほどの美少女でしかも巨乳だった。
ロリ巨乳と言ってもいい。
その最上級の存在だ。
そして、オレの身体の真ん中を電気ショックがズバビビビっと走り抜け━━なにも考えられなくなり、熱に浮かされたような状態異常になったオレはフラフラと物陰から出て行って、ぶっちゃけキモい歩き方で獲物……じゃなくて、メリベルちゃんに近づいて行っちゃったのよね。
あの時のことは、どんなにがんばって思い出そうとしても、どうしてもはっきりくっきりとは思い出せんのよ。
なに話したかってことも、よく覚えてはいなくてね。だから、オレがあの時あの場所で、彼女になにをどう言ったのかは、本人ですらわからんのよ。正確なところはね。
ただ、一つこれだけは記憶している台詞がある。それは━━
「あなあなあなたのあなが、あああなが、チョキチョキ……チョチョ、チェキチュチュキ……ちゅちゅ、しゅしゅしゅ、しゅきですぅん。まままたまたまたた、またこここんこんこんど、あああ会えまちゅるかぁん?」
ああ、自分でもわかるよ。
この台詞で落とせる女はいないってことがね。
でもな━━ここは、異世界なんだ。
……異世界なんだ、じゃねーよ。異世界関係ねーよ。異世界だろうがどの世界だろうが、だいたいの女の子は逃げるよね。あるいは通報するよね、こんな肉団子がそんな喋り方してたら。
なんだよ「あなたのあなが」って。銃で撃たれても文句言わないよ、オレは。むしろ撃っちゃってください!
ところが━━
そんな台詞にも関わらず━━
彼女はにっこり微笑んだのだ!
ああっ、女神たまっ!
オレは確信した。ぽみえなんて足元にも及ばない、本物の女神が目の前に現れたのだと。
彼女━━オレの女神さま━━メリベルさんは、そんなオレにこう言ったんだ。
「はい、また会いたいです」と。
天・下・統・一!
いや、意味わかんないですけど、たとえばそれとか、あるいは世界征服とか?
なんかそんな感じのもの凄いことが実現したのだと気づいたオレは「ひゅっ」と口や鼻ではないどこかから空気を漏らすと、その後はなにを言うこともできず油汗だけ垂れ流して「そそそそれでは次回、お会いしましょう!」とか完全にどうしようもない台詞を吐くと、メリベルさんに背を向けて帰ってしまった。ウルフロア城の、自分にあてがわれた部屋へと。
情けない。でも、わかっていてもどうしようもない。オレはこういう人間だから。大偉業を成し遂げて変わったつもりでいても、英雄の真の姿はこんななのだよ。
はぁ……死んだら転生できっかな?
などというスーパーくだらないことを考えながら翌日になり、さらにその翌日になり……している間にもう絶望的、救いようのない現実に戻ったのだと思いかけていた頃に。
城に、メリベルさんのほうから来てくれるという大事件が起こった。
大事件だ。
オレにとっては、魔王の軍勢を全滅させたことなんかよりよっぽどの、大事件だった。
オレの女神さまが、オレの部屋にやって来た。
おっぱい大きい。
(よし、殺してくれ!)
彼女は前に見た時と同じ、女神の、天使の笑顔でオレを見ている。こんなオレを。食べるのがなにより好きで、オレのことを肉団子の妖精だと勘違いしているのではなく、ちゃんと同じ人間として見てくれている……これは、奇跡としか言いようがないのではないか?
緊張とド緊張でどもりまくったりイミフな言葉を吐いたりと、ほとんどまともにコミュニケーションがとれない相手に対して、彼女はしかし真摯に向き合ってくれる。
焦らず、バカにもせず、がんばってオレの言葉を理解しようとしてくれる。
彼女の好意が伝わり過ぎるくらいに、伝わってくる。
もう、この人しかいないと思った。
なんの経験も知識もない人間の思い込みかも知れない。でも、それでもいい。騙されるのなら騙されるで、オッケーです。文句はいいません。オレはもう、この人しかいません。
そう思い、その考えをなんとかかんとか言葉に変換し、彼女に伝える努力をした。
その結果。
オレと彼女が結婚して、なんと……子供が生まれることになろうとは!
誰も、神ですら思いもしなかっただろう。結婚式に駆けつけてくれたぽみえも「タクマさんが結婚するなんて今でも信じられないよー。え、これってドッキリ?」とか言ってくれたし。
本当だっつーの。
で、オレとメリベルちゃんの子供は━━我が愛しの天使━━ユナミールちゃん!
世界一かわいい女の子です!
肉団子に生まれなくてよかった!
マジで!
オレに似てくれなくてありがとう!
こんな幸せなことはない。オレの人生が、まさかこんなにも素晴らしいものになるなんて。
思わなかっただろう?
だよな、オレも思わなかった。
けれど。
話はここで終わりじゃない。終わっていればハッピーエンド。文句なしの幸せなエンディングで物語は幕を降ろしたことだろう。
しかし、この物語は。
オレの人生は、このまま終わりにはならなかった。結婚して、娘が生まれ、幸せな家族として生き、死んでゆくことにはならなかった。
ああ、すっかり忘れていたことがあってね。
あまりにも幸せ過ぎて。
世界が平和過ぎて、すっかり誰も、そのことを忘れ去ってしまっていたのさ。一番覚えていなくちゃならなかったはずのオレすらも。
時が流れて、その話を聞くまでは━━