10Chain.王都ウルフロア
「ポリタンミカルンエミリン様━━まさか、本当に魔王島を制圧なされるとは……」
高い船から渡された橋を下りて、一番先にきたのは全身鎧で武装したひげもじゃの壮年男性だった。もしかしたら同い年くらいなのかもしれないが、オレなんかより全然大人な感じだ。目つきも顔つきも違う。ぜってー強い人だって、見ただけでわかる。うん。
「まーねー。いやぁ、わたしもここまでうまくいくとは、正直予想していなかったんだけどね」
「そちらの方々は?」
「うん。こちらの肉団子なお兄さんが……あれ、なんつったっけ?」
おいおい、ぽみえこの野郎。マジでお忘れですか。
「あたたっ、クマです」
「そうそう、アタタックマさんで━━」
「ちがっ……タクマ、タクマです」
「あ、そうそう、タクマさんでぇ、そっちの少年くんがジョンペイさん」
ジョンペイは忘れてねーのかよ。
まあ、そうなんだよね。それがオレなんだよ。
「この二人……ってゆーか、主に肉団子のお兄さんのほうが活躍してくれてね、思いの外すんごいスキルが生まれちゃって、この島の魔物、全部やっつけちゃったんだよ。すごいでしょー」
「それは……そうですか、貴殿が一掃されたのですか。正直なところ、まだ信じられない思いですが、ポリタンミカルンエミリン様の召喚された人物であるのなら、信じるより他にありません。ポリタンミカルンエミリン様の異世界召喚術が最後の希望だったのです。その作戦が成功したというのなら、今は素直に喜びましょう」
おっ、なんか握手を求められたので応えよう。って、うわー、ごっつい手だなぁ。もう、握っただけで強いのがわかるぜ。オレは多分一撃で首折られるわ、この人に。いやまてよ、メタルボディになれば勝てるか。よし、ビビる必要なんてなかった。
「ど、どどどどーも」ビビりながらご挨拶したぜ。
「貴殿は英雄だ。この最難関にして最重要な場所さえ制圧してしまえば、希望はある。この世界を我々が取り戻したその時、貴殿らは永遠にその名を語り継がれることになるでしょうな」
きたよ。英雄伝説。マジか……まさかこんな肉団子豆タンクボールが英雄って……やっぱ異世界じゃねーとあり得ないよな。
異世界でもあり得ない気もしなくはないが━━ていうか、まだ魔王は生きてるわけだし、もしかすっとこの島の外にも魔物はいるのよね?
「やったねーお兄さん。英雄だってよー。あえて言っちゃうけど、よかったねー。もう、お兄さんが英雄になっちゃえばさ、やられた人たちの魂も浮かばれるってものだよー。わたしとしてもそーなったらいいなーって、思うしさー」
確かに。数え切れないほどの命が失われたという事実を、オレは忘れてはいけない。ほんとたまたまメタルボディのスキルを得たってなだけで生き残って、今、こうして英雄だのなんだのって言われてるだけなんだからよ。
それにオレがこの世界を救うことによって、ぽみえの罪が少しでも軽くなるなら、それに越したことはねーしな。
「さあ、それではまいりましょう。王都も、我々がいない分は手薄になっている。なるべく早く帰還するのがよいでしょう」
「だねー。じゃ、いこっかー」
というわけで、オレとジョンペイとぽみえはわりと急勾配な橋を上って、でっかい船に乗り込んだ。
乗り込んでみると、思ったより人が少ないことに気がついた。
船のデカさからして、もっともっと大勢いると思い込んでいた━━船の上に見えていた大勢の人たちは、その人たちだけで、船の規模からすれば少人数と言ってもいい人数だ。その人数でこの船動かせんの? って思ったけど、動かせるから来れたんだよな。
「トンガラをお飲みください」
なんつって、若い兄ちゃんに赤くて丸い指先大のなにかを渡された。けど、こんな得体の知れないもん飲めるかよ。急に。つーか、ジョンペイすぐに飲みやがった。マジかよ。命知らず以前に、なんも考えてねえじゃねーか。せめてなんなのか聞いてからにしろよ。
「えここ、これってなになんで、ですぅか?」
あ、聞く前にいなくなってた━━おい。
なんだよこれ。飲まねーぞ、オレは。
「それ飲んでたほうがいーよー。船、すごーく酔うから。おええええーってなるよー」
と、近くにいたぽみえが教えてくれた。
なるほど、これ、酔い止めなのね。名称だけ言われたって、こっちの世界の知識なんてねーんだからさー。ったく、若い兄ちゃんはわかってないねぇ。
あと、水もよこさねーし。
まあいいや、おええええーってなりたくねーから、飲んでおこう。
「んぐっおんっぐ」飲みづれー……あ、飲めた。飲めるもんだなぁ。できれば水欲しかったけどさ。まあいいや。次からは気をつけたまえ。
船内に案内されたオレたちは、大きな窓のある広い部屋に通された。ジョンペイとぽみえも一緒だった。
途中、レオンハートと名乗った先ほどの壮年男性は、どうやらここのリーダーらしい。部屋まで案内したあとは、彼も退室してしまったので三人でお話しするしかなかった。船を待っていた時と変わらんなー。
と、そうこうしているうちに、船が動き出す。
はじめはゆっくり、だが、確実に速度を上げていき━━ちょ、ちょちょちょっと、ええ、うそーん!
めっちゃくちゃ加速する。
なにこれ。まだ速くなんの?
うわっ、やーべ、やっべーぞこれ。なによこれうそでしょマジで。電車、いやそんなもんじゃねー……これ、新幹線くらい速くない?
どーやってんの、これ。
船って、こーゆーやつだっけか?
オレの世界の常識が通用しねー。
つーかマジで、さっきの飲んでなかったらヤバかったな。冗談抜きで。
「すっげー! すっげー!」
ジョンペイはなぜか無邪気に楽しんでいる。お前のほうがよっぽどすげーよ。神経太すぎ。
オレなんて喋る余裕も━━なくはないので、なんとか慣れてきたあたりで、黙ってにこにこしたまま船内の壁際によっかかっていたぽみえに尋ねてみる。
窓の外の景色はバカみてーな速度で流れつづけていたので、そちらは見ない。怖いから。
「こここ、この船って、なななにで動かして、動いてるーの?」
「あー、この船? 魔力を凝縮したエネルギーが動力になっていて、主に風の精霊イルフィームの力が使われているんだよー。ただ、この船をこの速度で動かすのには、けっこーな魔力を必要とするからねー。はっきし言って、わたしのお迎えじゃなかったら、今の状況下では使えないやつなんだよねー」ということだった。
つまり、それだけの魔力を船の移動に使うよりも、他に使うべき事がある、ということだ。そしてそれは、魔王島以外にいる魔物との戦闘である、ということだった。
やっぱり、他にもいるらしいな。でも、なんだろう、すごい期待されてる感じが伝わってくる。
まあ、そりゃそーか。オレ、魔王島の魔物を一人で片付けたわけだからな。そりゃ期待されるのも当然だわ。
ということはだよ、オレ、やっぱまだ戦わせられるのよね……ですよねー。
「あっほら、見えてきてぞー」
ぽみえが言ったので、窓の外に目をやると━━遠くに大地と、その中に聳える城の屋根が見えた。
おおー。
いかにも異世界っぽい城があるじゃねーか。いや、すげーな。実感がすごい。異世界だってゆー実感が。
「あああ、あれっは?」
「あれはウルフロア城━━王都ウルフロアのお城で、わたしたちの拠点だよー」
王都━━どうやらここが、ぽみえの故郷であるらしい。
戦争の気配はないが━━だからと言って平和だとは限らねーか。
オレの仕事はまだ残っている。
そのあとのことは……今は考えても仕方ない。とにかく生きてる限り、生きている意味は自分でつくるしかねーな。
よしっ、魔物が何体残ってよーが、オレが全部やっつけてやんよ!
なんたってオレは、魔王島を一人で制圧して魔王を引きこもりに追いやった男だからな。
巨大な船は断崖の穴に吸い込まれていった。なんか、オレの想像してたような港じゃなかった。大空洞の中に、船の乗り場があった。他の船もあったのだが、それらはこの船よりも小さいものばかりで、同じサイズのものはない。
この船が特別製だってことなんだろーな。
「さあ着いたよー。ようこそウルフロアへ。外に出よーか」
ぽみえに言われて部屋を出ると、ちょうどレオンハート氏がやってきたところだった。
「では、ポリタンミカルンエミリン様、まずは王のところへ━━」
「はーい。わかってるよー。まずはパパに報告しないとねー。心配してたかなー、顔変わってたりしないかなー。ハゲてたらおもしろいよねー?」
って、ぽみえさん……王様の娘なの?
つまりそれって、お姫様やんけ。確かに、うん、確かにぽみえは女神さまみたいな外見をしているわけだが、まさか姫だとは考えてなかったぜ。プリンセスじゃねーかよ、あんた。すげーな異世界。
オレずっとお姫様と一緒にいたのかよ……そうとは知らずに。言わねーんだもんな、一言もよぉ。まっ、いっけどさー。
「ぽみえさんって、お姫様だったんスか!」
おっ、ジョンペイ先生も驚いたらしい。だよな、初耳だからな。
「そーだよー。あれ、言ってなかったっけ?」
言ってねーな。聞いてないよ。こいつ、わざとやってるよな、絶対。けっこういろいろ喋ってたはずなのに、自分のこと隠してやがったか。身分なんて、一番最初に教えてくれたってよさそーなもんなのにな。
「というわけなんで、お兄さんと少年さんも一緒にきてねー。パパに紹介するよー」
パパ━━つまり、この城の、国の王様に紹介されるべく、オレとジョンペイはぽみえとレオンハート氏に連れられて、船を降り、石の階段を使って外へ出る。岩場に埋め込まれたような扉の先には、本物のお城が見えていた。
少し距離はあるようだが、それでも充分大きく見える。遊園地で見たことのある城なんかよりも、はるかにデカくて、本物っぽい。本物だから当たり前だけど。
「うわぁ、すげーっスね。オレ、お城なんてはじめて見たっス」
と、ジョンペイは感動の声を上げていた。