表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35

Prologue

 魔王の死んだ目が俺の顔を睨んだまま止まっていた。


 ピチャリ、と音。

 それ以外は無音のまま。


 勝利のファンファーレなんて流れない。

 仲間の歓喜の声も聞こえない。

 振り返ったって、魔王の獄炎に焼かれて炭となったモノがあるだけだ。


 回復魔法も蘇生魔法も意味はない。もう何度も何度も試して、それでも彼らの身体はピクリとも動かなかった。

 静寂が包んだ城の広間に、外から微かに歓声が聞こえてくる。きっと魔王が死んだことを知ったのだ。


 終わった。

 幾年にも及ぶ人間と魔族の戦いが、ようやく終わりを告げた。

 平和が訪れたのだ。

 もう魔族の者と戦う必要も、いつ殺されるかもわからない夜を過ごすことも、闇を恐れて生きる義務も、今となっては不要の長物だ。


 なのに、どうしてだろう。

 こんなにも、得たものよりも失ったもののことが頭の中に浮かぶのは。

 勝利の喜びの一切が、胸の中に浮かんできてくれない。

 

 ――ああ、またか。

 

 また?

 またとは、一体どういうことなんだ。

 声は、何も応えない。

 自分の声は、何も答えない。


――――


 魔王を倒すために編成された隊の構成員達は、国へ帰るとまさに英雄扱いだった。至る所で勇者を讃えるための凱旋の宴が開かれ、中でも最も多くの魔物を殺し、魔王も討ち取った俺はその中でもとびきりの待遇だ。


 しかしそのどれを見て、聞いて、食べて、飲んでも、一向に俺の心が晴れなかった。


 今日も最高級の料理と酒が振る舞われて、多くの民が俺たちの英雄譚を求めて目を輝かせる。

 期待に応えるために笑顔の仮面を貼り付けて、あったこともなかったこともごちゃ混ぜにして、壮大な冒険の物語を紡いだ。

 子供たちの目は特にキラキラとしていて、思わず失明しそうだと思ってしまったくらいだ。


 どうして俺は笑っているのだろう。

 そんな疑問は口にせず、自分が英雄であるのだと言い聞かせて、ただ毎日を過ごした。


 過ごした、結果――。

 

――――

 

「……ぐっ」


 首元を強く圧迫されて、そのままグシャリと潰されてしまいそうだった。

 鉄のように強固で、棘のようにさえ思えるほどにささくれた綱が、強く喉を締め付ける。

 勢いで首の骨が折れてしまえばよかったが、勇者になるために鍛え上げられた肉体は、そんな衝撃をものともしなかった。


 だが、そんな勇者だって呼吸ができなければ、ただの肉の塊に過ぎない。

 酸素の供給が止まり、肉体が思考と関係なしに暴れ出す。

 炎魔法を使えばこんな綱など簡単に燃やし尽くせるが、そんなことをする気は毛頭なかった。


 意識が薄れていく。

 ああ。

 なんとも皮肉な話だ。

 世界を恐怖に陥れた魔王にすら殺せなかった男は、たった一本の綱で、今、死ぬ。


 蹴り飛ばした椅子が、部屋の中央で不格好に倒れていた。

 それが、俺の見た最後の光景。

 ――いや、『最期』の光景だった。

 

――――

 

 水の音がした。

 滴がしたたり、水面へと落ちる音。


 風の音がした。

 空気を運び、温度を届ける音。


 声が聞こえた。

 幾度となく聞いた、女性の声。

 

「97回目の魔王討伐、お疲れさまでした。勇者様」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ