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後編



 この事の起こりは、3年前の出来事だった。

 我がオーギュスト王国で最も悲惨な事件が尾を引く結果となったのが、今回の婚約破棄騒動だった。


 3年前、私はまだ学生であったが外交を担う次期アグストリア侯爵として、幼少の頃よりレイチェル王女を婚約者として迎えて外交で国を支える立場になるべく立ち振る舞っていた時だった。


 その事の起こりの出来事は、同盟国である隣国の諸国との同盟会議に出席する陛下に付き添って、我が家のアグストリア侯爵家は揃って国を離れていた時に起こった。


「陛下! 一大事でございます!!」


 同盟会議の結果は上々で、私も貴族間だけで話し合われる会議で成果をあげての帰国であったが、丁度国境を越えた位置に待機していた護衛の兵たちから既に起こってしまった事件を聞いた。


「第1王子殿下以下、国許に残っておりました王子殿下、王女殿下がお亡くなりになられました!」


 突然聞いたその報告に陛下を含めて私達は、瞬時に理解する事が出来なった。


「全てか!?」


「はっ! 第1王子リュテール殿下。第2王子リヒタルト殿下。第1王女アマリア殿下。第3王子アルフィド殿下がお亡くなりになりました」


 聞いた名前は全て、間違いなく我がオーギュスト王国の王子と王女の名前だった。


「王妃は!? 妻たちはどうしておる!?」


「はっ………。王妃様と側妃様もお亡くなりになりました」


 この時の事は今でもハッキリと覚えている。私の婚約者であるレイチェル王女が人目も憚らず泣いたのを………。


 陛下と共に急いで戻った王城のあちこちに戦いで付いたであろう傷と、そして人々が争った証である血の跡が生々しく残っていた。

 今では綺麗にされて、その痕跡を見る事は出来ないが、当時その惨状を目にした私たちには永遠に忘れられない記憶となっているだろう。


 陛下とレイチェル王女以外の全ての王家の者が亡くなったこの事件は、なんて事はない。

 ただの『跡継ぎ争い』だ。


 どの王子も問題を抱えており、王太子が選ばれていなかった事に起因する。

 各王子の派閥が、王不在のうちに暗殺を行なった事がきっかけで互いに殺し合いまで発展した。


 その暗殺の先頭に立って実行したのが側妃様で、その事が事件を大きくするきっかけにもなってしまった。

 結果、巻き込まれる形の者たちも含めて、多くの貴族と城で働く使用人や文官を巻き込んだ大惨事に発展してしまった。


 当時は陛下とレイチェル王女はその惨状を目にして倒れてしまい、陛下と共に外交に赴いていたアグストリア侯爵家がこの件に全く関わりのない家として事態の収拾や国防、必要な諸手続きに終われる結果となった。


 時間から一ヵ月後にようやく立ち直った陛下によって、最悪の事態を防ぐ事は出来たが、結果として国に大きな爪痕を残す事となった。


「この度の事件の原因は、ワシが国の次代を担う者を指名しなかったことが原因である」


 国の一大事に王都に終結した貴族たちに対して、陛下がそう告げた姿も決して忘れないだろう。


「よって、第2王女であるレイチェルを次期女王とする為、王太子とする!」


 その宣言はオーギュスト王国始まって以来、初めての女王誕生となったが、問題も多く残されていた。


「失礼ですが、陛下。レイチェル殿下は、未だ体調を崩されており、この場にも姿を御見せできないご様子ですが………」


「そなたの心配は分かるが、残っている王族はワシとレイチェルだけだ」


「しかし陛下はまだお若い。お世継ぎをお作りになられるのを諦めるのは早計かと存じます」


 この質問を投げかけた貴族のいう事は、誰もが納得できるものだったが、陛下の意思は固かった。


「今、新たな火種をこの国に持ち込む事は出来ぬ。それにそなたたちの心配している事は分かる」


 隣国には既に事件を知られている為、陛下に新たな嫁ぎ相手はいないであろう。そうなると混迷極まる現在の国内で新たな王妃を探す事になるが、当時の私でもそれが貴族間の火種になる事は分かるほどだった。


「レイチェルの婚約者は、引き続きウォルターとし、レイチェルが成した男児を次期国王とする」


 そして、突然に告げられた決定を聞いたこの時の衝撃は今も忘れられない。


「ウォルターは王配として国と女王を支えよ!」


 この瞬間、私は王配となるべくして、書類仕事(じごく)が始まる事となったが、その話を聞いた時は気分が高揚していたのを覚えている。


「どうじゃ? ウォルターであればこの数ヶ月の働きぶりを見ても不服だと申すか?」


「いえ、それならば我々臣下一同に不安はございません」


 今にして思えば、事件から、私が王配となるべく決まるまで、ひたすら亡くなった王族たちが行っていた仕事に追われ、無難であるが成果は残していたことがいけなかったようだ。

 当時の事をいまさら言っても仕方がない。他の貴族たちにも認められてしまい、私はレイチェル王女の婚約者として書類仕事(じごく)の世界へと足を踏み入れていった


「陛下。ご提案がございます。発言の許可を頂いて宜しいでしょうか?」


「ウォルターよ。発言を許す。お前は次期国王として一時的にワシの跡を継ぐのだ。意見があれば遠慮なく申せ」


「ありがとうございます。提案というのはレイチェル殿下の体調の事でございます。他の方もご心配されている通り、レイチェル殿下の体調は思わしくはございません」


 この発言をした当時の私は、レイチェル王女を本気で心配していた事を思い出した。


「この王城でお暮らしになられている限り気の休まる日がないのではないかと推測致します」


 当然だ。数ヶ月前のあの惨状を見て、その場所に住まい続ける事が平気な者はいない。おそらく陛下も大分無理をしているのだろう事は当時の私も予測していた。


「ですので、レイチェル王女殿下を学園の寮で生活させてみては如何でしょうか? 同年代の学生たちと共に居れば、少しでもお心が晴れると思われます」


 陛下から、私の価値を認められた事は、当時の私は驚いていたが、その事で気持ちが高ぶっていたのだろう。

 国を支えるべく、最初の仕事を提案する意欲に満ち溢れての提案だったと思う。


 結果、これが今回の婚約破棄騒動に繋がってしまった………。





(わたくし)は、ウォルターがあの事件以降変わってしまったように感じていました」


 そう言って、今回の婚約破棄騒動を起こした胸の内をレイチェル王女が語り始めた。


「最初に学園に(わたくし)を入れて頂いたのは、お言葉通り(わたくし)の身を案じての事と、ウォルターが途中から通えなくなってしまった学園に変わりに通って欲しいという願いを信じて通っておりました」


 確かに私は在籍はしたままだったが学園に顔を出す事は一切なくなっていた。

 ………………それだけ居なくなってしまった人材の穴を埋めるのが大変だったからだ。


 そして、レイチェル王女を説得する時に私の代わりに通って欲しいと告げていた事も覚えている。当時も今も、それは変わらぬ本心だ。

 事件が起こっていなければ、私は学園を卒業して、きっと楽しい時間を送っていたはずなのだろう。


「最初はお会いできる時間が殆どないのは、あれほどの事件があった後ですからと理解しておりました。ですが、1年目が終わり2年目が始まってもお会い出来る時間はどんどん減っていってしまいました」


 ようやく落ち着いたレイチェル王女がいう2年目は、私は書類仕事(じごく)だけではなくアグストリア侯爵の者として外交も担っていた。

 今考えれば、本当にあり得ない程の過重労働だと思う。


「確かに式典や夜会などは必ず同伴して頂きましたが、その態度は冷たいように感じておりました」


 これは初めて聞いた事だ。言い訳をさせて貰えるなら、当時の私にそこまで気を回す余裕はなかったと思う。

 正直、毎日夜遅くまで書類仕事に追われていて、記憶が定かではない期間がある。


 だが、それでも反省をしなくてはいけないところだ。


「あ、もちろん。今は分かっております。父に………陛下に(わたくし)が学園に通う為に(わたくし)の分まで政務をこなされていた事をお聞き致しました」


 レイチェル王女が学園に通う提案をしたのは私なので、当然の事だと思っていたが、自分で自分が仕事に追われる原因を作って、それがスレ違いの原因のひとつになっていたなんて笑えない。


「そして、卒業をした今年、その事を知らずに(わたくし)はアレクシスの声に耳を傾けてしまいました」


 アレクシスは確か筋肉質な男で反逆者として陛下に捕らえられているんだっけ?

 まあ、近づいてきたのはアレクシスの方からだったか。


「ウォルターが欲しいのは、次期国王の座だけで私を見てないと言われて、それを信じてしまいました。ごめんなさい」


 冷たくされて、変わってしまった婚約者。そして、その婚約者は次期国王の座を手に入れられる人物。

 うん。この状況なら間違いなく疑われる。これは完全な自業自得だ。


「アレクシスはデイル騎士爵家の者だ」


 レイチェル王女が頭を下げて戸惑っているところに、話が一段落したとして、陛下が話の補足をしてくれる。


「デイル騎士団長の? でも、他のご兄弟とも似ておられないようですが………」


「第4子で、あやつだけは腹違いだ」


 なるほど、アレクシスは母親似という訳か。

 筋肉質な男だと思っていたが、騎士団長の家系であれば当然だろう。


「あやつは自分が騎士団長の地位を継ぐ為に、レイチェルに近づいてきた。まったく持って愚かしい」


 この陛下のいう愚かしいは2人に対しての発言だろう。


「そもそも騎士団長の地位は、新たな任命制ですが?」


「あやつは継承制だと思い込んでおったようじゃ。おかげでデイル騎士団長が辞任しようとしておる。ウォルター。あとで説得に手を貸せ」


 アレクシスはデイル騎士団長のご子息にしては物凄く頭が残念なようだ。


「でないと、一家全員揃って自害しかねんぞ」


 素直な感想を思い浮かべていると、陛下が緊急性の高い説明をしてくれる。


「かしこまりました。デイル騎士団長には、まだ数年はご活躍して頂かないといけません。私の方でも直接ご子息の件とは関係ないと説得致しましょう」


「うむ。頼んだぞ」


 そうしないと、私も陛下も書類仕事(じごく)で本当に死ぬ事になる。騎士団長が不在になった後の人事異動なんて、どれだけの書類が必要になるか分かったものじゃない。

 そもそも、あのデイル騎士団長がレイチェル王女を唆す理由がない。完全に無関係で間違いないだろうし、陛下も同じように疑ってすらいない。


「アレクシスの処遇はどう致しますか?」


「処刑の予定だ。あやつは立派な反逆罪だ。3年前の事件のこともあるのにも関わらず。己の欲の為に国を乱した。決して許せぬ」


 私と陛下のこの会話にレイチェル王女が反応した。


「処刑………ですか?」


 レイチェル王女がアレクシスと直接的な関わりがあるのだから、気にしない訳はないだろう。


「当然だ。王族を謀ったのだ。見逃せば国が荒れる」


 陛下の言葉に、王城での惨状をこの目でみた私と私の父と母も強く頷く。

 妹は城へは連れて行かなかったので、あの惨状を目にしてはいないが、それでもレイチェル王女を強く睨んでいた。


「陛下。デイル騎士団長の説得の為に、アレクシスの処遇はデイル騎士団長に一任させて頂けませんでしょうか?」


 アレクシスに付け入る隙を与えるきっかけを作ったのは、レイチェル王女だけではない。

 その婚約者としての立場を全うできなかった私も同罪だ。


 ならば、せめて少しでも納得のいく形でまとめたい。


「良いだろう。被害者であるウォルターが望むのであれば認めよう」


「ありがとうございます。陛下」


 アレクシスの死が代わるわけではないが、公開処刑よりはマシであろう。

 あのデイル騎士団長が、国に牙をむいた相手を息子だからと言って容赦するとは思えない。


 ただ、自身の責任で周りの迷惑にならないようにキッチリと処理をする事も分かっている。

 あくまで、そういった意味での妥協点だ。


 そして、私の提案にレイチェル王女が私に頭を下げたが分かった。





「ちょっとまって! 私ではそんなに仕事は出来ないわ。ウォルターをまた婚約者として………」


「あぁ。そういうのは良いですから。どうせまた婚約破棄とか言い出すんですから。王女殿下。ここにサインを下さい」


「私の分もお願いします」


「王女殿下。私にも」


「私にもサインを」


 隣の執務室は千客万来のようだ。ここまで悲鳴のような声が聞こえてくる。まあ、あの陛下の事だ。聞こえるようにわざと声が漏れるようにされているのだろう。


「普段の1割の書類を減らしたと言っていたが、その書類はあっちへ行ったのか?」


「はい。ご推察どおりでレイチェル王女殿下へ回させて頂いております」


 陛下と私の家族。そしてレイチェル王女で話し合いをした結果。

 自身で失った信頼は自身で取り返すようにと陛下の命がレイチェル王女へ下り、私に対しては改めて謝罪と婚約を白紙に戻す事が伝えられた。


 卒業記念パーティーを楽しんでいた者たちにも、その報告がされ、表向きは新たな婚約者を探す事が発表された。

 当然、色々とやる気のある男性陣は、色々な野望の為に進路を変えて、王城での文官に志願した者がそれなりにいたようだ。


 これについては、やる気のある文官が増えれば、私たちのやるべき仕事が減るので歓迎である。

 だが、本当に陛下は食えない人物だ。まったくこの事に関しては賛成するしかない。書類仕事(じごく)の軽減万歳!


「王女殿下。ウォルター様は普段はこの10倍の仕事をこなされております」


「ウォルター。疑って本当に悪かったと思ってるから。助けて~」


 隣の執務室から筒抜けになってる声に、レイチェル王女の半泣きの声と、私にも遠慮なしに急かして来る文官たちの声が聞こえる。


「一応女王となられる方なのですから、これくらいの書類仕事は片付けて頂かないと困ります」


 隣から聞こえてくる声に反応したのは私の傍付き文官だった。


「今まではウォルター様の御好意で、学園で平穏に暮らしていられたのにも関わらず、恩を仇で返すような方には手を貸してはなりませんよ?」


 さすがに、ちょっといきなりこの量は可哀想だと思っていた私に傍付き文官が釘を刺す。


「文官一同は、この度の王女殿下の行いに思うところがございます。そして、この政務における王女殿下とウォルター様の分配については陛下にも許可を頂いております」


 あぁ。だから厄介な文官たちが全てレイチェル王女のところに行っているのか………。

 王族も所詮人だ。書類仕事(いきじごく)からは逃れられない。


 私の減った仕事の1割は、面倒な仕事ばかりだったようで、夕刻前にそれ以外の残りの9割は全ての処理が終わってしまった。


「ウォルター。お願い。助けて~」


 そう隣の執務室から聞こえてくる声を無視して、数年ぶりに屋敷へと帰る。

 今まではレイチェル王女の婚約者として王配になる存在だった為、城で寝泊りしていたが、婚約が白紙になった事で我が家へ帰れる事になった。


「お兄様。おかえりなさい。お部屋のご用意は出来ていますよ」


 久しぶりの我が家で出迎えてくれたのは妹であった。

 この時間なら妹と共に久しぶりの夕食をとれそうだ。


 妹の案内で部屋へと入る。

 そこで私はつい固まってしまう。


 ガチャリ!


 懐かしい我が家。そして、自分の部屋へ久しぶりに入った私は色々と油断をしてしまっていたようだ。


「お兄様。今夜は寝かせてあげないわよ?」


 共に部屋へ入り、私の部屋のカギを閉めた妹が、耳元で囁く。


 背後には、出迎えてくれた時とは違う様子の鬼気迫った妹………。


 正面には、見慣れない大きな机と………そこに詰れた山のような見慣れた書類たち。


「どうやら私の書類仕事(じごく)はまだ終わらないらしい」


「お兄様。そんな事よりここにサインをして下さい。婚約が白紙になったのですから、お兄様がアグストリア家の次期当主なんですよ。これから、どんどんお仕事を片付けて頂きますわ!」


 本当に今日は眠れないらしい。


 

 

 

 私の書類仕事(ぼうけん)は、まだこれからだ!




-後書き-


いかがでしたでしょうか?


今回は終わりの方を最初に書いてから順番に色々と書き足す感じで、例によって短編4000文字くらいの予定が増えに増えた作品です。


まったくなんで3倍に増えたんだ(ノ`Д)ノ彡 ┻━┻

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