58話 エースの離脱は問題じゃない!②
誰も予想していなかった。大陸最強の魔法使いサーリス・フリーア、シルバード・セルバルが戦線離脱、しかも初戦から。多くの者が驚きを隠せない一方で、この絶好の機会を逃さんと優勝に向けて動き出したチームもあった。
「クハハハっ!サーリスが離脱、いやぁ残念じゃったなヤンドルの狸よ。代わりに今年の優勝はワープラが貰おう。」
「ちっ…調子にのりおってバカ狐め。なぁに!きにすることはない。今年のヤンドルにはサルヤとサリーがいる。お主のチームなど恐るに足らんわ。」
「そうかいそうかい、精々頑張れよ。あ、そうじゃ。勝った方が負けた方に酒奢るって話忘れるなよ?じゃあな、クハハハっー!」
ヤンドル村の村長も審判席で頭を抱えていた。サーリスの離脱、それはチーム戦力の3分の1にも近い喪失を意味していた。
複数の魔法の同時発動はたった二つでも至難の技だ。しかしサーリスはそれを四つまで使いこなし、大陸最強の称号を欲しいままとした。つまりサーリスを失ったヤンドルからは四人の魔法使いが消えたと考えるべきなのだ。
「うちのチームは別にサーリスのワンマンという訳ではない。個人を見ても中堅チームのエースレベルはある。しかしそれでは…ワープラ村に勝てない…。さて、どうしたものか。」
サーリスさんは試合後すぐに医務室へと運ばれた。医者からは、とりあえず今日一日は動けないとのことだ。今はサリーがベッドの横で付き添っているが、果たしてこのまま二種目目を待ってていいのか。俺は病室の外でベンチに座り考えた。
司令塔 兼 エースが居なくなった今、頼るべきなのは誰なんだ?一番強いのはサルヤらしいけどまだ子供だし…………サリーは……なんか嫌だし。あ、肉屋のおじさんは…………肉屋だもんな……なんか役者が揃ってないなー
「実は既に詰みなんじゃ…」
天を仰いだ。病室から出てきたサリーはそんな俺を見ながら
「魔法が使えない『エロ神』様は完璧に消沈していらっしゃいますね。」
「うっせぇ…」
その後二試合目、三試合目と続き、ついに第一種目の最後の試合。出場チームにはワープラ村の姿があった。スタート地点で先頭に立ち腕を組むのはレッドガード・エクトルス。大陸最強五本指の一角であり、強豪ワープラ村の絶対的エースである。
だがそれは少し前までの話だ。
〔3!〕
〔2!〕
〔1!〕
〔Ze…………ro?〕
司会者が試合開始の合図をしてからコンマ数秒後のことだった。フィールド中央の高度約十数メートルに巨大な槍を構えた大男が突如現れた。そして大男は槍の先を足元十数メートル下の地面に向け
「 Spear of dragon killing(|龍殺しの槍)」
槍は何かに吸いよれられるように空中にいる大男の手を離れ、真下の地面へと深々と突き刺さった。
すると槍に触れている所から全てのものが赤紫色になっていき、数秒でフィールドの端から端まで全てが染め上げられた。
「じ、地面が…!」
「あいつ一体何をするつもりだ」
「おい見ろっ!フィールドの中心部で何か光ってるぞ!」
突き刺さった槍は回りながらゆっくりと地面から抜けると浮遊しながら上昇し、空中で沈黙していた大男の手に戻った。そして大男はその大きな口を大きく開き野太い声で叫んだ。
「聞けっ!ストラシアの魔法使いよ!俺は『龍槍のジンスラ』、頂魔四天王の一人にして北の大陸最強の男である!」
ジンスラの名乗りを聞いた者達は皆思った。この男は危険だと。
彼等にまとわりついたのは身がすくむような威圧だった。数十人がかりの攻撃も容易に受け止めてしまうように思わせる圧倒的な強者のそれだ。
「これは単なる前置だ。」
フィールドのあちこちに魔方陣が現れた。紫色の丸い陣の中を長い針と短い針がグルグルと回る。針の回転は次第に加速していった。
「勇気ある者は俺にかかってこい。正々堂々、正面から相手しよう。何人でも何十人でも構わない。こちらは俺以外、誰一人手を出さない。」
ジンスラは槍を持っていない左手で相手チームを手招きした。ただの挑発とも捉えられるが少なくともジンスラにその気はなく、空中でどっしりと構えていた。
「お前ら!よそ者の四天王に痛い目見せてやるぞ!ストラシアの魔法使いの力、見せてやろうじゃねぇか!」
「そうだ!一斉攻撃で一種目目から沈めてやろうぜ!」
「っしゃあ!総攻撃だ!」
相手チームは各リーダーの煽りもあり、全体を士気が最高の状態となった。
そしてその士気を残したまま全員武器を持ち、待っているジンスラに攻めいった。
「その心意気、実に見事。」
そう言ったジンスラは槍を背中にしまい、地面にゆっくりと着地した。そして両足で地面を押さえると両手を勢いよく叩くように合わせた。パンっという音がドームに響く。しかしテンション最高嘲で攻めいる者達は止まらなかった。そして
「さぁ今すぐ降参しろ、龍槍のジンスラ。」
「この多人数に勝てるわけないだろう!」
「全員、魔法弾発射の構え!」
中央広場に降りたジンスラの周りを相手チームがぐるっと一周囲った。それぞれが持つ魔剣や魔銃へ魔力が流れ込み発光を始める。
だが、次第に光は弱まっていった。それどころか選手達が次々と痛みに苦しむように倒れていった。頭や腹を押さえ、もがき苦しみしばらくすると皆、意識を失った。
「き…貴様……な……何を…やった…?」
倒れながらも最後まで残った男が歯を喰い縛りながらジンスラへと這いよる。腰に刺した短剣を右手で抜き、ジンスラの顔に目掛けて振り絞った力で投げ込む。
しかしジンスラは首を曲げて難なくそれを避けた。そして怒りを露に未だ地面に寝そべる男を見るとゆっくりと合わせていた両手を離した。
「か…体が楽になっていく…」
男は立ち上がり、体を動かしたりしてどこにも痛みがないことを確認した。
「さっき俺が発動した魔法は『龍殺しの槍シリーズ』のNo.16『毒の槍』だ。効果は魔法を展開した範囲に十秒間以上立っていた者を高濃度の毒におかされる。」
「な…なんつう魔法だ…よ…」
「安心しろ、既に魔法は解除した。現にお前の体にも痛みはないはずだ。気絶している者達も二種目目までには目を覚ますだろう。さて、どうする?まだまだ闘えそうか?」
ジンスラは背中の槍に手をかける。
「ハハハ…遠慮しておきます…」
第一種目『ドロケイ』終了っ!!




