54話 人数の差なんて屁でもない!
試合が始まってから約15分が経過した。警察と泥棒が入れ替わるハーフタイムまで残り5分。アダーチ村を倒した俺達は走りながら町の北東を目指している。
「さ、サーリスさん!入口から真逆の方向に向かってますけど、良いんですか?もし帰る道を塞がれたら…!」
「安心しろ、この先何があっても撤退しないでひたすら進み続けるからな。」
「進み続けるって…兄さん、今向かってるのは敵の所なんでしょ?私達が向かってきてるのは敵も気付いてるだろうし、きっと何かしらの罠にはめてくるわ!」
サリーも不安そうな顔だ。さっきの戦闘を見て、俺はこのサーリスという男の凄さを十分に理解できた。だが、それでもこの人の考えることを一々理解するとなると何年かかっても不可能なことに思える。
「説明しようか。まず最初の一斉射撃で敵の中枢部隊の位置を特定できた。そして同時に二つの位置から小隊からと思われる集団的な射撃があった。恐らく、一つ目がさっきのアダーチ村だ。」
「なるほど。四つの村のうち二つが本陣に残り、他の二つはそれぞれが独立して戦っていたというわけですね。」
「あぁそうだ。今向かっているのはそのもう一つ独立部隊だ。人数で見ればやや不利かもしれないが、少なくとも5分だ。5分だけ時間を稼げればいい。」
どうやらサーリスさんには作戦があるらしい。俺は今できることをしなければいけない!
「二人とも準備はいいか!」
幅のある道が交差する十字路に差し掛かる。そして数える間もなく八方から攻撃が降り注ぐ。
「離散せよ!!」
サリーは左へ、サーリスさんは右へ、俺はそのまま道を走り抜ける。魔法弾が足の近くに当たったり、胴の横をかすめる。
「く、くそっ!なんで当たらないんだ!」
「絶対にあの仮面野郎を逃がすな!!数で囲んで仕留めろ!」
ライフル銃を持った者達が屋根伝いに俺を追ってくる。魔力を込めて放つその銃の威力は現世の実弾のものに比べて劣るが、それでも俺の骨を数本砕くのには十分だ。
『でも安心だ。今、君の体を覆っているのはサーリス特製の視認不可のバリアだ。俺の遠隔魔力操作が届く範囲なら五発くらいまでなら耐えられるはずだ。』
と、本人いわく安全らしい。ちなみに既に二発くらい直撃している。まぁ問題はここからだ。今、俺が引き付けている敵は六人。足で逃げ切るのもいいが、それだと俺の体力切れかサーリスさんの遠隔操作の範囲外となり作戦失敗。つまり俺は今から5分間、ここでコイツらを倒すor足止めしなければならない。
「こんなの無理ゲーだよ…俺FPS超苦手だったのに…。というか今は持ってる武器、グレネードだけだし…」
地面を蹴って前に進んでいた足を止め、振り返った直後に尻のポケットから両手に魔力の込められた爆弾を持つ。
「ぐ、グレネードだっ!!全員伏せろ!!」
「「「「「!!!!っ」」」」」
爆音が鳴り響き、次に屋根が崩れる音がした。そしてすぐに銃声が聞こえ、魔法弾3発が俺の顔の前のバリアに当たる。
「危っな!後一発でも食らったらサヨナラだ。」
左側の路地に逃げ込み、足元に地雷を落としておく。俺を追ってきた一人の男がしっかりとそれを踏んで自爆。この時点で敵は三人になっていた。
「やってくれるぜ仮面野郎。さっきから爆弾ばっかり使いやがって!!正々堂々と勝負しろ!」
うぅ…そんな事言われても無理です…!
こぼれる涙を拭きながら、噴水のある広場までたどり着く。そして、ほぼ同じタイミングにサリーもそこへ二人の敵を連れてやって来た。
「へぇー結構減ってるじゃん。六人もそっちに行くのは予想外だったけど、さすがはソータ様だね。」
「こっちの苦労も知らずに何を仰いますか。そっちは一人しか減ってないのに。」
「こっちも色々と大変だったの。広場に入るタイミングに合わせるの楽じゃなかったわよ。」
噴水の背に立つ俺とサリー、敵五人はこちらに銃を構える。リーダーと思われしきハット帽を被った中年の男が銃口を斜め下に向け、一歩前に出る。
「今すぐ大人しく降参すれば手荒い事を我々もせずに済む。今すぐに持っている武器を捨て、手を頭の上に置け。」
ハット帽の男は再び銃口を俺達に向けた。サリーは俺の顔を見て小さく頷いた。額には汗が滴っている。
「知っているかもしれないけど、アダーチ村の者達は全員戦うことなく降伏したわ。あなた達の本隊もそろそろ本格的に動かざる終えない頃だと思うし、形勢が有利なのは私達じゃない?」
「アダーチ村が離脱するのは予想通りだ。狩猟部族の持つあの勝負における礼儀ってのは未だによくわからん。あのマーバンという女は特にだ。腕は良いが、所詮は獣の相手しかできない脳だ。」
「質問なんですけど、あなた方は普段何をなさってるのですか?えっと…つまり職業です。」
ハット帽の男は再び銃を下ろすと語り始めた。
「我々はヨイヘー村の民だ。民のほとんどがレイト教の魔法士部隊に所属する傭兵だ。常日頃から南のレイト教や西の大陸との小競り合いを経験している。平和ボケした他の部族とは一線を画する、そう認識している。」
「対人戦闘では最強って言いたいのね?」
「そういうことだ。さぁもう喋る事はないか?戦意すらない負け犬に無駄な時間を使いたくない。」
「無駄な時間ね…。確かにあなた達からしたら広場で若者二人と話すことは無意味かもしれない。だけどね、私達からしたらそれは!」
突然の爆発によって共にハット帽の男の後ろの者達が吹き飛ばされた。突風で男の帽子は宙に舞い、男がそれに気を取られた瞬間に俺達は噴水の前から男の横を走り抜けた。
「い…一体何が!?」
男の足元にハット帽がゆっくりと落ちる。手に持っていた銃は誰に向けられることなく、地面にその口を開けている。吹き飛ばされた男達は意識を失ったようで広場の隅で沈黙している。
「よくやったぞサリー、時間稼ぎ助かった。」
俺とサリーの傍らに立っているのは大陸最強魔法使いだ。正面に伸ばした手のひらから出る灰色の煙が風を受けながら漂う。
「き、貴様!ほ…他の三人はどうした…!?」
「全員縛って本拠地送りにしてやった。大丈夫だ、全員かすり傷程度だ。少しだけ催眠魔法で眠ってもらったが、数分で目覚めるだろう。」
「こ、この短時間で…!?ば…馬鹿な…」
男はハット帽を震える手で拾い、今度は深々と片手で被り直した。そして周りを眺めると俯き、銃を地面に捨てた。
「降参だ…。敗因はどうやら君達二人とお喋りをし過ぎたせいらしい。戦場じゃないからこそ、緊張感が欠如していたようだ…。」
「アダーチ村の人達をバカにしてたけど、自分から喧嘩売っといてボコボコにされて結局降参って、一番恥ずかしいと思わない?変なプライド持ってなければ怪我もしなくて済んだの…」
「そこまでにしてやれサリー。時にはプライドが大事な時もある。」
「はーい…」
サリーはそっぽを向いて足元の土を靴の踵でグリグリと掘り始める、機嫌悪そうに頬を膨らませながら。




