53話 魔法の詠唱に意味はない!②
「炎熱地獄っ!!」
地面に炎の渦が出現し、マーバンの体が渦に中心に引き寄せられる。渦はさらにその直径を大きくし、俺達のすぐ目の前にまで広がった。道に散乱した瓦礫が吸い寄せられるように加速しながら渦中心のマーバン目掛けて飛んだ。
「両足に耐久力強化エンチャント、右腕に威力強化エンチャント、うぉぉらぁっ!」
集まる瓦礫を次々と鉄の腕で粉砕する。破片はサーリスさんの方へと飛ばされ、予め用意されていたのであろう防御魔法に弾かれた。
「今のを防ぐかサーリスぅっ!面白い、何手先まで読めてんのか!教えてもらおうか!」
マーバンの背後から数メートル四方の壊れた煉瓦の壁が迫るが、マーバンは跳躍して飛び乗り、足元に拳を打ち込み、破片を四方八方に飛ばした。辺りには土煙が立ち上ぼり、サーリスさんの姿は見えなかったが、マーバンは攻撃に手応えを感じていた。
「しゃあ!決まったぞっ!!さすがのサーリスも私が背後の瓦礫に気付いていたとは思わないだろう!」
屋根の上に登ると倒れこんだ仲間達の手を掴んで起こした。
「おい野郎共、無事か?」
「は…はい…なんとか…」
「やりすぎですよ姉貴…自慢の革がボロボロっすよ。」
マーバンの仲間達は体全体に埃を被って汚れていた。咳き込む奴、目を擦る奴、埃をはらう奴、マーバンはゆっくりと一人ずつ見つめた。そして突然、赤髪の男目掛けて拳を打ち込んだ。だが男はマーバンの攻撃を見ることなく、後ろ向きに宙返りして回避した。
「お前か。」
「ちょっと姉貴、何を!?」
「や、屋根が壊れますって…!」
「ていうか今、こいつバク宙したぞ…そんな事できる奴うちにいたか…?」
宙返りして華麗に着地した赤髪の男は嘲笑うかのように小さく笑みを浮かべると、目を閉じて
「解除」
男の髪は次第に金色になり、革ジャンも黒いスーツへと変わった。その者の正体は紛れもなく、サーリスさんであった。
「見た目はごまかせても体格や声を変えることはできないからな。まだまだ改良の余地がありそうだ。それにしても素晴らしい洞察力だマーバン、君には研究を色々と手伝ってほしい所なんだが、実はあんまり時間がなくてな。次で仕留めさせてもらう。」
「じゃあその前に質問だ。お前、どうやってあの攻撃を回避した。攻撃は確かに胴を捉えたはずだ。」
「あれは魔法で作った幻影だ。お前に気付かれないように炎熱地獄を発動した直後に離脱し、声を幻影の口元に転送しながら、君の仲間の一人を背後から拉致、その後に拘束して外見をコピーさせてもらった。」
「つまりお前は同時に三種類もの魔法を一切のミスなく使いこなし、私を欺いたという事か…。ハハハ、聞いた以上の化け物だ、サーリス・フリーア、全く勝てる気がしないな。」
マーバンは革ジャンを脱ぐと屋根の上で座り込む。他の者も手にしていた武器を置いて彼女に続いた。
「ありがとう助かる。今後の戦闘のことを考えてあまり魔力を使いたくなかった。すまないが、今から君達を拘束させてもらう。意識を奪ったり怪我を負わせたりはしない。」
「今、全員でお前に殴りかかっても返り討ちにあうだけだ。好きにしろ。」
それからサーリスさんは俺とサリーを呼び、彼女らを縄で拘束した。誰一人も抵抗することはなく、素直に縄に巻かれた。
「ここに居てもらうわけにもいかないから、転送魔法で俺達の拠点に行ってもらう。」
「その拠点のセキュリティは十分なのか?私達は逃げることに関しては得意だが?」
「大丈夫さ、向こうには単純な戦闘力で見れば俺より強い門番がいる。」
「そうか、それは困ったな。」
「では後程また会いましょう。転送!」
マーバン達の体は吸い込まれるように回りながら消えた。原理はル〇ラと一緒らしい。
「運が良かったですね。戦ってない人達も含めて早いうちに降参してくれて。」
「運かー、ソータ君もまだまだだね。最初からこうなる事を狙ったんだ。アダーチ村は古くから狩猟を生業としてきた部族だ。だから彼等は敵わないと判断した相手とそれ以上の戦闘を行わない。生き抜くための知恵という奴だ。」
す…凄い。村の成り立ちの知識、それを利用する思考力、実行する時の判断力、全てに至って強者のそれだ。




