52話 魔法の詠唱に意味はない!①
道沿いの屋根に立つ不良集団、その後ろからこちらに歩いてくるオールバックの大女、右肩の部分で革ジャンが破れており、そこから鉄製の腕が伸びている。
「サーリス・フリーア、今言った『雑魚』ってのには私も入っているか?」
「そうだな、フィールド上にいる奴には例外なく言ったつもりだ。」
「そうか。」
女はガチャガチャと音を鳴らしながら鉄の右腕を持ち上げた。そして拳を握ると横にあった家の煙突を軽く後ろに引きながら凪ぎ払った。瓦礫は小石のように飛ばされ、後方の家々の壁に深々と突き刺さった。
「えぇぇっっ!?あれ…やばくね…?」
「しぃっ、静かにしなさいよ、私だって今すぐに逃げ出したいくらいなんだから。あんな化け物の拳食らったら一発で成仏よ。」
「くそ…サーリスさんは一体何を考えて…」
俺とサリーは約二十メートル離れた場所に隠れながら彼等の様子を伺っている。サーリスさんには『合図するまで隠れていろ』と言われたが、これは嫌でも隠れていたい。
「おい野郎共、手を出すなよ。この男は私一人で倒す。」
「で…ですが姉貴…」
「あぁ?私にこいつと戦うのは危険とか言いてぇのか?私がこいつ負けると、そう言いてぇのか?」
「い…いえ…」
大女は横目で仲間の一人を睨み付けた。獣のような殺気帯びた鋭い視線だった。
「勝負なら喜んで受けようじゃないか。見たところ、アダーチ村の者だな。改めて、俺はヤンドル村のサーリス・フリーアだ。君の名前を聞いておこう。」
「バカ真面目な男だと思っていたが、思い違いだったようだ。こっちの礼儀がわかってんじゃねぇか。私はアダーチ村のマーバン・ユドルだ。お相手願おう。」
マーバンが屋根から飛び降り数歩進み、攻撃構えをとった。サーリスさんも息をフゥーと吐き出し、魔法発動の構えをとる。それからお互い様子を疑い沈黙が続き、ついにマーバンが動いた。
「これでも食らえやっ!!」
高く跳び上がると鉄の右腕を顔面に向けて振りかざした。攻撃は目標を捉えたように見えたが、サーリスさんは絶妙なタイミングで上半身に後ろに反らして回避した。空をきった拳はそのまま下に向かって進み、直撃した地面に大きなひび割れを起こした。
「その威力……なるほど、魔力で動く義腕という事か。」
「ほぉ?よくわかったな。お前これに興味あるのか?」
「あぁ、『かなり』ある。」
マーバンはパラパラと割れた石を落としながら地面に刺さった拳を引き上げる。鉄製の腕は傷一つなく、競技場の照明の光をキラリと反射した。
「知り合いの発明品でな、ドラゴンに片腕を食われた私に新しい腕をくれた恩人だ。」
「すまん、試合中にこのような事を言うのは礼儀知らずだとは思うが頼む。是非後日、その方に会わせて欲しい!ここまでに美しい魔道具を作る者は世界中を見ても数えられるほどしかいないだろう!頼むっ!」
「あ…あぁ…なんか、そんなに丁寧に情熱的に頼まれたら断れるものも断れないな。いいだろう、大会が終わったら私から紹介してやるから好きな時に会いに行け。」
「ありがとう。恩に着るぞマーバン。すまない、気を取り直して行こう。次は勝負を止めた俺から攻撃しよう。いいか?」
「好きにしろ。」
サーリスさんは数歩後ろに下がると目を閉じ、手のひらを合わせ、魔法の詠唱を始めた。
「我が身に宿りし炎の魔力よ、我に力を与え一切の制約の解放せよ。代償にこの身はたった今より魔の罪を受け入れよう。」
こ…これは学校でやったら、一瞬で権力という権力を失うという『中二台詞』ではないか…!見ているこっちが恥ずかしい…
「なぁサリー、魔法の詠唱に意味ってあるのか?見た感じ、ただ背筋が寒いだけなんだけど…」
「Shut up!そういうことは暗黙の了解で言わないことになってるの。そうね…分かりやすく例えるとするならば……なんだろ?」
このポンコツが。まぁなんとなく理解はした。武将の『やーやー我こそはー』のようなものなんだろう。




