17話 俺はまだ諦めた訳じゃない!
病院から本部までのたった500メートルほどの道のりを50人ほどの兵隊に囲まれながら歩いていく颯太たち。兵隊一人一人の胸には軍人として地位を表すワッペンがつけられていた。
(モンジル教団選りすぐりのAクラスの軍隊じゃないか、でもこの人たちでも《炎》を止められるわけないよな…それにしても翔弥さんよくあいつを倒せたな。)
そんなことを考えながらあっという間に本部へとつく。入り口で笑顔で出迎えるのは包帯で腕をつる美香。
「退院おめでとう颯太君、どう体の方は?」
「おかげ様で完治しました。本当にありがとうございます。まだ腕治ってないんですか?」
「後、1ヵ月はこの状態かな。自分の怪我は治せないのよ。まぁ異世界の暗黙の了解って感じ?」
包帯でグルグルにされた腕を擦りながら、軽く笑みを浮かべ言う美香。颯太は心配そうな表情でその腕を見つめる。
「そうですか…お大事に。で、翔弥さんは?」
「翔弥は私の仕事部屋にいるわ、ここ最近全然眠りもせずに私の仕事まで代わりにやってくれて…」
「今すぐ部屋にいかせて貰えませんか?」
拳を強く握り、一歩だけ前に進み美香に頼む。美香は困った様子で苦笑いをする。
「きっと会いたくないって言うと思う。」
「どうして?」
「自分が大怪我させた相手が訪ねてきたらそりゃ嫌がるわよ。」
「でも俺は伝えなきゃいけないことがあるんです。」
「伝えなきゃいけないこと?」
半ば強引に美香に部屋に入る了承をもらい、颯太と美香が部屋の二枚扉の前に立つ。サリーとジェスには入り口で待ってもらっている。
「あの、翔弥さん!入ってもいいですか?」
ガタコトという音が扉の先から聞こえ、少しすると
「会いたくない。」
美香が予想した通りのセリフが飛んできた。颯太は待ってました言わんばかりに翔弥に言い放つ。
「出てこないとこの扉、《炎》の奴にぶち抜かせますよ。」
颯太の横にいた美香はギョッとした様子で颯太から離れていく。
「わ、わ、わかったよ!早まるな!!」
よほど焦ったのか翔弥はすぐに扉を開けた。
「嘘ですよ。」
「おい!!」
ため息をついた翔弥が入れと言い、颯太と美香が部屋へ入る。書類が床に散らばり、机の上にも大量の本が積まれていた。美香が申し訳なさそうに床の書類を拾い集めまとめ始める。
「怪我してんだろ、あんまり無理するな。」
「でも…」
「お前にこれ以上負担を掛けるわけにはいかないんだ。」
美香は落ち込んだ様子でそのまま、まとめていた書類を床に置く。颯太は書類の隙間に足をうまく置くと、目を合わせない翔弥に軽く叱るように
「あなたもモンジル教団を支える一人ですよね?俺に迷惑をかけたと思うならもう少しピシッとしてくださいよ、火之神さん。」
「ピシッとなんてできるわけないだろ…、俺はおの戦いでお前に重症を負わせた…こうなるって気付けたはずなんだ!それなのに俺は!」
翔弥は震えながら零れた涙を隠すように下を向く。カーペットにポツポツと黒い染みができる。
「俺はあの状況を楽しんでしまっていた…。自分と同じ炎を使う奴に俺は内心ワクワクしていた…。だから、お前に全力の攻撃をぶち当てた。ボロボロになったお前を見て俺は勝ち誇っていた。お前の仲間達が泣きながらお前に駆け寄るまでは…」
(あいつら泣いたのか…情けねぇな…。)
「俺にモンジル教団のトップに立つ資格はない、この席はお前に譲ろうと思う。」
「翔弥さん!?何を言っているんですか?」
「司教補佐官、悪い仕事ではないと思うが?」
「そんなことじゃないですよ!!それってモンジル教団を去るってことですよね?」
「そうだ。」
「翔弥何をバカなことを言ってるの!!」
美香が翔弥に泣きながら叫ぶ。普段物静かなだけに美香が取り乱す様子には颯太も翔弥も少し驚いた。
「12年前、ここに来てからずっと二人で頑張ってきたじゃない!!最初は全然少なかった教徒たちがどんどん増えていって、町も賑やかになっていくのを二人で見てきたじゃない!!それなのに今さらモンジルから離れるなんてありえない!!」
泣き叫ぶ美香に対し、落ち着いた様子で翔弥が言う。
「俺もモンジルに残りたいという気持ちはあるさ、でもな教徒たちはそれをどう思う?彼らの目の前で俺は颯太を焼き付くそうとした。今町では俺を解任させようという運動が始まろうとしているんだ。」
「そ、そんな…」
美香が思わず言葉を失う。それは、颯太も同様だった。
「う…嘘ですよね?翔弥さんは今までこのモンジル教団を支えてきたじゃないですか…。それなのに何故?」
「モンジル教において人殺しはご法度。《炎》の人格じゃなかったらお前は即死だった。俺がモンジル教団に残る出ていくかを判断するのは俺ではなく、教徒たちだ。」
モンジル教団では民主主義政治が行われており、全ての役職を200万の教徒達によって四年に一度の選挙で決める。司教と司教補佐官、そして10人ほどの大臣を一斉に。無論、司教と司教補佐官は3期連続となっている。
「なんとかならないんですか?」
「ならない。だから、俺はお前に司教補佐官となって美香を助けてやってほしいと思っている。まぁ選挙でお前が選ばれればの話だが。」
「じゃあ、私もやめる。」
美香が突然そう言ったことでハッと顔を美香を見る翔弥
「な、何を言っている!?なんでお前が止める必要がある!!お前がいなくなったら、誰がモンジルを守るのだ!」
「そろそろ後の世代に譲るのもありだと思ったの。それに今回私は颯太に負けた、ボコボコにね。今さら残ろうなんて気なくなったわ。」
「み、美香さんまで…」
「ごめんね颯太くん、押し付けるようで悪いけど、これからはモンジルをあなたに守っていって貰いたいの。」
「俺からも頼む。」
二人に頭を下げられ、動揺する颯太。しかし、何かを決断したように頷く。
「わかりました、ですが、俺は諦めませんから。」
諦めないという言葉を疑問に思ったのか二人は首を傾げる。そのまま、何も言わずにドアをバンっと開け、部屋を後にする颯太。そんな颯太の後ろ姿を閉まるドアの隙間から二人が微笑みながら見る。
「帰るよ二人とも。」
「伝えたいこととやらは伝えたの?」
「なんか伝える気がなくなったっていうか。」
「言わなかったですね。で、何をまたそんなに落ち着きがないんですか?」
「スピーチの練習がしたい、手伝ってもらえない?]
「スピーチ?」
「やりたいことができたんだ。あぁもう時間がない!すぐに宿に帰って原稿を書くぞ!!」
「ちょっとまだ理解がぁ…!!」
本部を背に、走る颯太は笑っていた。