ライナス4歳 チートの目覚め②
何が起こったのか、理解できなかった。
ロナルドが吹っ飛んでいくその姿は、俺がトラックに轢かれてサッカーボールのように吹っ飛んだあの時を彷彿させた。
たかが、軽く打ち下ろしただけの、模擬刀の威力が、だ。
「っロナルドにいさん…!! だいじょうぶですか!!」
我に返った俺は、手に持っていた模擬刀を投げ捨てると慌ててロナルドに駆け寄った。
…まさか死んでいないよな。
こんなふとしたことで、兄殺しの罪状を負うなんて絶対ごめんだぞ。
「……あ、ああ。大丈夫だ。一瞬意識が遠くなったがな」
すぐに目を開いて、反応を返してきたロナルドに、ホッとする。
頭を打って昏倒していただけで、大きな怪我もなさそうだ。
俺はロナルドに手を貸して、起き上がる手助けをしながら、また別の嫌な予感に襲われた。
……これって、ロナルドから目の敵にされて、嫌がらせされる展開が待っていやしないか?
ロナルドは、剣術馬鹿だ。そして、それ故に物心をついた頃から、必死で鍛錬を積んできた。剣術にかける思いは、異常なまでに重い。
そんなロナルドを、模擬刀すら握ったことがない三歳年少の俺が、一瞬で吹っ飛ばしてしまったのだ。ロナルドとしては心中穏やかでないだろう。
使用人をはじめとした他人ならともかく、ロナルドは血の繋がった家族だ。できることなら、良好な関係を築きたいと思っていたのだが、これじゃあ、無理かもしれない。
「ロナルドにいさん……その、ごめ……」
「ライナス……さっきのは、お前の全力か?」
「え……いや、その……」
「全力じゃ、ないよな? お前、どう考えても、やる気無さそうに模擬刀振り下ろしてたもんな?」
……この場合、なんて答えるのが正しいのだろうか。
あれが俺の全力だったといえば、ロナルドのプライドをこれ以上傷つけなくて済むのか?しかし、そんなことをしても焼け石に水じゃないのか?
それに俺に向けられるロナルドの目は、明らかに俺の余力があることを確信している。嘘をついたとしても、すぐにばれるだろう。逆に嘘をついたことが、よけいにロナルドのプライドを傷つけることになるんじゃないか?……くそ……どうすれば。
「全力なのか? 全力じゃないのか? 言ってみろ」
「……ぜんりょくじゃ、ないです」
結局俺はそう、正直に答えるしかできなかった。
続くロナルドの反応を予想して唇を噛む俺に、ロナルドは何故か満足そうに口端を上げて頷いた。
「そうか……。ははは、そう、だよな!! まだまだ、お前は力を隠しているんだよな!!」
「……?」
「よし、ライナス‼ それじゃあ、一度、この岩に向かって模擬刀を振り下ろしてみろ‼ さっきより、強い力加減でな!!」
……なんで、こいつはこんなに上機嫌なんだ。それに、岩に模擬刀なんて振り下ろさせて、なんのつもりだ。模擬刀が壊れるだけだろ。
理解できないままに、俺はロナルドに従って、先ほどより強めの力で目の前の大きな岩に向かって模擬刀を振り下ろした。
――結果、岩が真っ二つに割れた。
まるで、大根に向かって包丁を振り下ろしたかのように、あっさりと。手に何の反動も返って来ることもなく。
刃がない模擬刀では勿論、普通の剣ですらまずできないであろう現象に、俺はあんぐりと口を開く。
さっきの一撃といい、本当に、これどうなってるんだ。
『すぐに返事を決めたご褒美じゃ。わらわの世界に転生するにあたって、予め三つの特典を与えてやろう』
『この世界の定番物語に、あやかってやろうと思ってな。願い事は三つが相場なのじゃろう? 今風に言えばちぃと能力とでも言えば分かりやすいかの。主がわらわの世界で生きるのを、より快適にする願いを叶えてやる』
『なるほど。どんな賊でも倒せるような力じゃな。……確かに承ったぞ』
「……あ」
そこでようやく俺は、転生の直前にルーフェリアから与えられた力のことを、思い出した。
たしかに俺はあの時、万が一賊に襲われても撃退できる力を望んだ。だけどそれは、あくまで常識の範囲内のもののつもりだった。
こんな明らかに異常な力、望んでいなかったのに……!!
「すっげぇ‼ 見事に真っ二つだ!! でも、お前、それまだまだ全力じゃねぇだろ。……あぁ、くそ。これ以上庭園荒らしたら父上に怒られるから、見れねぇのが悔しい‼ ライナス、お前の力はどんだけなんだ? お前は、その細い手の中にどんだけの特殊な力を秘めているんだ? なぁ?」
「ろ、ロナルドにいさま……その…おれのこと、いやじゃ、ないんですか?……」
「お前が嫌? 何でそうなるんだ? お前は俺の可愛い弟だろ?」
「だって……あきらかにおれのちから、おかしいですし……にいさまをふっとばしてしまいましたし……」
「馬鹿だなぁ、ライナス。それくらいのことで、俺がお前のことを嫌いになるわけがないだろ? 寧ろ俺は嬉しいよ。お前が、そんな特別な力を持って生まれて来たことを、俺は心から歓迎する」
そうやって微笑みながら俺の肩に手を回すロナルドは、まるで非常に心が広い好人物なように見えた。どんな異常な弟であっても血の繋がりがある、限り兄として愛し慈しみ続ける気概を持った、そんな人物に。
だが、俺には分かった。ロナルドはそんな美しい感情から、俺を受け入れてくれたわけではないことを。
「……だって、お前ほど最高の稽古相手、他にいないもんな? 明らかに人智を超える力を持った存在と、今の段階で剣の稽古ができるなんて、最高じゃねぇか!! 父上が領土を出る許可をしてくれねぇから、少なくとも十年はそんな機会まずないって諦めてたのによ‼ しかもお前は魔物と違って意志が通じるから、外に狩りに出るよりよっぽど危険がないし……くぅっー、腕が鳴るぜ!! ああ、お前のその特殊な力には、どんな風に剣を動かせば対抗できるんだろうな? どんな風に受け身をとって、どんな風に体勢を持ち直せば、次の攻撃に繋げられる? おい、ライナス。さっきの軽い方の剣の動き、もう一回俺に向かってやってみろよ!! 次はぶっ倒れないように、予め構えておくから、な?」
……そうだ、こいつはこういう奴だった。嫌われるかも知れないなんて、思った俺が馬鹿だった。
ロナルドが求めるのは「勝利」ではなく、剣の道に対するあくなき「探究」。自身の敗北ですらも、剣の道を究めることに繋がるならば、喜んで受け入れることができるのだ。……傍から見れば、異常に見える行為であっても。
剣の為ならプライドすら簡単に捨てる。
……しかし、ロナルドを見ていると、使用人がかつての俺を怖がった気持ちが少し、理解できるな。俺は前世の記憶があって、意識そのものは一応大人だからともかく、こいつは完全に子どもである筈なのに、どんな七歳児だ……末恐ろしい。
「ほら‼ ライナス、さっさとしろよ!!」
「……はい。ロナルドにいさん」
その日俺は、ふっとばした贖罪も兼ねて、ロナルドが満足するまで稽古に付き合わされる羽目になった。
「……おい。ルーフェリア。ルーフェリア。こい。……どうせ、ぜんぶみていたんだろ」
家人が皆寝静まった夜中。俺はこっそりと一人バルコニーに出ると、星すら見えない夜空を見上げながら、そう呼びかけた。
案の定、返事はすぐに返ってきた。
「――ようやっと、わらわの名を呼んだか。ライナス」
何もない暗闇の中から突然姿を現した白髪の少女は、宙から俺を見下ろしながらくすくすと笑った。
「主と来たら、生れ変わってしまったら、あとはもうわらわは用済みとばかりに、一度もわらわに向かって話しかけてこんとは随分つれない男よのぅ。わらわは約定通り、いつでも主のさぽぉとができるよう、四年間ずっと主を見守っていたというのに、じゃ」




