ライナス17歳 勇者の称号③
「……それじゃ、お兄様は誰が守るのよ」
「俺は守られなくても平……」
「平気なわけないじゃない‼」
ライラはきっと眦を吊り上げて叫ぶ。
「魔王を倒しに行く旅よ…⁉ 普通の人間を相手にしているのとはわけが違うのよ…!! お兄様がいくら強くたって、一人じゃ無理よ!!」
「ライラ…お前は俺の体の性質をよく知っているだろう? どんな攻撃だって、俺を殺すことは勿論、俺に傷を残すこともできない。どんな俺が守られる必要なんて…」
「そうね…お兄様の体は確かに特別だわ……だけど、体はそうでも、精神はそうとは限らないでしょう?」
「精神……?」
「そうよ……お兄様の体は魔法に対しては、完全に耐性があるわけじゃない……眠りの魔法や、麻痺の魔法……精神汚染の呪術だって、効果があるのよ」
ライラの言葉に思わず言葉に詰まった。
確かに俺の体は直接的な攻撃による被害は受けない。
だが、それが俺の肉体に直接害を及ばさない限りは、10歳の頃の誘拐の時に眠り魔法にかかったように、俺の体に魔法耐性は発揮されないのだ。
「私は呪術を専門にしているから分かるわ……人の精神を壊すのは簡単よ。それが自身の肉体を過信している相手ならば、猶更。呪術で脳の思考回路を少しいじるだけで、人は簡単に壊れるわ。……そしてそのことを、私達人間以上に、高位魔族は良く知っている。……だって彼らは自分の手を汚すことなく、精神を壊して駒にした人間を操って戦うのだから。……お兄様が魔族に使役された日には、それこそ世界が滅ぶわ」
「………」
「精神汚染の呪術が使えない相手だって、お兄様の心を壊すことは可能だわ……ただ繰り返し繰り返し、死に至る程の苦痛を与え続ければいいだけだもの。だってお兄様は【不死身】と言われる肉体をしていても、苦痛は感じることができるのだから。……麻痺魔法で体の自由を奪って、剣を通常の人間なら死ぬくらいの深さまで刺し貫く。それだけのことで、けして外傷で死ぬことができないお兄様には、永遠の苦痛を与え続けることができるの。……お兄様はそういうの、考えてみたこと、あるかしら?」
……なんで、お前はそんな恐ろしいことをポンポン思いつくんだ……。
というか実はお前こそ、考えたことがあるんじゃないか…⁉
兄妹である故にけして結ばれることができないなら、いっそ俺の精神壊して独占してしまおうかなんていう、悍ましい案を…!!
全身に立つ鳥肌を摩りながら、思わずライラから距離を取ってしまったが、ライラのいうことにも一理あるのもまた事実だった。
俺とルーフェリアの契約はあくまで肉体に関するものばかりで、そこに精神の保護は一切含まれていない。だからこそ、敵によって精神を壊されたとしても、それはルーフェリアとの契約には全く反していないのだ。
精神が壊されたら、満足に小説が書くことは出来ないではないかという主張ができなくもないが、狂気の中から生まれる芸術があることも、俺は知っている。人は時に、歪んだ故に、自身の想像を超えたものに対して、どうしようもなく惹きつけられることがあるから。
……だがしかし、俺としては願わくば今の(一応は)正常な状態で小説を書いていたいわけで。
「私なら、お兄様の精神汚染の呪術を解くことができるわ。お兄様が麻痺魔法で囚われそうになっても、お兄様を助けることができる。……まだ幼い少女で、眠らされるお兄様と共に誘拐されるがままだったあの頃とは違う。私だって、お兄様を守ることができるの」
「ライラ……」
「お兄様は、私を守れないかもしれないというけど、私はお兄様に守られたいなんて思わないわ……私が、お兄様を守りたいの」
ライラ……お前、いつの間にか、こんなに成長してたんだな。
幼かった妹の、知らぬ間の成長に思わず眼頭が熱く……
「……それにお兄様を一人で旅になんて行かせたら、どんな雌豚がお兄様に群がってくるか…絶対許さない殺す殺す殺す殺すお兄様に纏わりつく女は、みんな殺す…その為には私が傍にいて、お兄様の周りを監視していないと……」
……ならなかった。
ロナルドといい、なんで俺の兄妹はこんなんばっかなんだ……。
これだから、偏執狂な奴らは……。
結局ライラの意志は固く、最後には「お兄様が同行を許さないなら、一人ででも追いかける」と言い張った為、同行を許さざるをえなかった。
両親も「ライナスが一緒なら…」と、最初からライラの説得を諦めていた為、俺が折れてしまえば後はライラを邪魔するものは何もなかった。
……グッバイ。俺が一人でゆっくり小説の構想を練られる時間……。
「ふふふっ。それじゃあ、お兄様。行きましょうか。私と二人きりの、愛の逃避行の旅へ」
「……目的が変わっているぞ、ライラ」
「あら。私ったら、ついつい。それじゃあ、出発しましょうか。魔王退治の旅へ」
……道中ずっとこんな感じだろうか。
この先が思いやられる。
俺は溜息と共に、正門の扉を開き……
「……待ってたぞ。【不死身】」
「ふふふ。ライナス様。来ちゃいました」
「さぁ、出発するのにゃー」
……すぐに、閉めた。
なんで、扉の向こうに、あの三人が立っているんだ⁉
しかも、すっかり旅支度を整えた状態で‼!
「水臭いぞ。【不死身】。魔王退治に行くならば、【戦乙女】と言われる私の力が不可欠だろうが。……べ、別にお前の為だとか、お前と一緒にいたいだとか、そういう理由で同行を決めたわけじゃないぞ‼ あくまで、世界平和の為だ!! か、勘違いするな!!」
「ライナス様。エルフには、人間が使えない独自の魔法が伝わっておりますし、薬学の知識も豊富です。……どうか、私も連れて行って下さい」
「ミーシャにょ素早さが必要になるときもきっとあるにゃあ。本当にゃら、王子様には格好よく助けて貰いたいけれど、それは世にょ中が平和ににゃってからでいいにゃ。今はミーシャが王子様を助けてあげるにゃー」
「……………」
「ちょっと、あんた達、何勝手なことを言っているのよ!! お兄様は、私と二人きりで旅をするのよ!! あんた達みたいな雌豚、御呼びじゃないのよ!!」
「……相変わらずだな、妹。だが、この旅には世界平和が掛かっているんだ。お前の個人的な感情なぞ、気にしてやれんぞ」
「ライラさん……私は正式な『エルフの代表』として、この場に臨んでいるのです。このことは、既に父を通して王に対して通達が入っております。私の同行が許されるか否かは『人間』と『エルフ』の二種間の関係を左右するかの問題。貴方の好悪なぞ、関係ありません」
「そして、ミーシャは『獣人の代表』だにゃ。知っているかにゃ? 獣人にょ一部では、魔王側につこうという意見も出ているにょを。魔王が積極的に襲わせているにょは人間の集落ばかりで、実は獣人の被害は少にゃいにょにゃ。……もし獣人も人間の敵に回ったら……果たして世界はどうにゃるかにゃー?」
「………っ」
………いつの間に、そんな大事に……。
何故、俺一人の魔王退治だった筈の話が、いつの間にそんなことになっているんだ。
というか、お前らそもそもどっから俺の情報を仕入れたんだ⁉
俺が旅の出発を決意した(させられた)のは、つい数日前のことだぞ⁉
「……なんでこんなことに……」
いくら考えてもわからないし、もう考えたくもない。
……それよりも、今はただ一刻も早く魔王退治を済ませて、旅を終わらせたい。
--結局体のいい理文句も思いつかなかった俺は、完全に思考を放棄をした虚ろな表情で、やたら上機嫌な三人と、ヤンデレ全開で一人呪詛を唱え続けるライラと共に、城に向かったのだった。




