ライナス17歳 勇者の称号②
「ライナス。お前、勇者として魔王を退治しに行くんだって?」
「ええ…まぁ……」
「流石、俺の弟‼ いや、俺はお前だったら、絶対に魔王だって倒せるって信じてるぜ!! なんせ、お前は俺が今まで出会った他のどの生き物よりも、強ぇからな。俺が今まで一度も倒せてねぇのは、お前とレックス兄貴だけだ。くぅー、城勤めの身じゃなけりゃ、俺もお前に同行したのによ。魔王とも闘ってみたかったし。……残念だ」
……俺だって、ロナルド、よっぽどお前に勇者役任せたかったよ。
俺はここの所はすっかりご無沙汰だった非番で、家に戻って来ている次兄を前に、溜息をついた。
現在王宮騎士をしているロナルドが所属する第一部隊は国防の要である為、魔王退治に国外に出ることを禁じられている。それは、上位の王宮専属魔術師であるレックスも同様だった。
……俺としては、この二人がいれば、もう十分魔王を倒せるのではないかと思っているのだが。なんせ魔術狂と戦闘狂の、規格外共だし。
魔王を倒させに送り込んだ方は最終的には、よほど国防になると思うのだが。全く……。
「……で、お前に着いて行けない代わりに餞別でこれを預けてやるわ。戻って来たら、ちゃんと返せよ」
そう言って差し出された一振りの剣に、俺は思わず目を剥いた。
一見質素で、古い、ショボイ剣に見える、それ。
だがしかし、俺はそれが一体なんなのか、知っている。
だって最近、小説を書く為に集めていた資料に幾度も目にした物だったのだから。
「…っ始祖ライナスの『勇者の剣』⁉ なぜ、百年以上前に失われてしまった筈の国宝を、兄上が持っているのですか…⁉」
あらゆる魔法も呪いも跳ね返し、持ち主の力を何倍、何十倍に増幅する効果があると言われている伝説の剣が、一体何故ここに…⁉
驚愕する俺を前に、ロナルドはどこか照れくさそうに鼻の下を指でこすった。
「いやあ、ほら、俺って戦闘の為に、色んな武器を収集してんだろ? で、それを知っている得意の商人から、裏ルートでこれが回ってきて。一目見て本物だって確信したから、貯金叩いて買っちまったわけだ。買ったはいいが、城に見つかったら何言われるかわからねぇから大っぴらに使うわけにもいかねぇし、そもそも力が増幅されるような剣を戦闘に使うこと自体いざやってみるとつまらなくてよ。やっぱり剣は敢えてそこそこの奴を使って、作戦と本来の実力を駆使して、敵を倒すのが一番快感なんだよな。そんで、そのまま俺の部屋に飾って、ただ朝晩必勝を祈願するだけの縁起もんになってたわけだが、いやぁ活用できる機会があって良かったわ」
……この話は、一体どこから突っ込めばいいんだろうか。
つか、ロナルド。お前国宝級の剣を、貯金全てなんて把握の価格で手に入れたわりに、随分軽いな!!もうちょっと何かねぇのかよ!!
「この剣に、お前の力があれば魔王なんか余裕だろ。さっさと倒して、戻って来いよ。で、俺と稽古しようぜ」
「……ありがとうございます。ロナルド兄上。この剣はありがたくお預かりします」
駄目だ。この剣のことしか頭にない脳筋に、何突っ込んでも無駄だ。もうこの17年間で、身に染みて学習している。
……取りあえず、剣自体はありがたく借りておこう。少しでも早く魔王を倒して、執筆を再開したいからな。
「あと、一応レックス兄貴からこれを預かっている」
「これは……ノートですか?」
渡されたのは一冊の変哲もないノートだった。
中を開くと、長兄レックスらしい几帳面で丁寧な字で、図解された体の動きと共に、いくつもの呪文が書かれていた。
「レックス兄貴厳選の、ライナス向けの呪文集だとよ。簡単かつ効果的で、なおかつお前の魔力の質と量に適したものばかり集めて書き記したらしい。……俺も前にレックス兄貴から俺用の奴貰ったことあるけど、ほとんど魔法練習してねぇ俺でも、すぐ使いこなせるもんばっかだったぞ。一度試したきりで、使ってねぇけど。まぁ、必要だったら活用してやれよ」
簡単って……明らかに、上位魔術師じゃねぇと使えねぇような強力な魔法ばっかなんだが。普通の人なら、何年も修行つまなきゃなんねぇレベルの。これが簡単に使いこなせるって嘘だろ?……つか、これなんて俺が知ってる奴と詠唱法違うんだか……完全レックスの自己流になってる……。どんなチート裏技だよ……。
つーか、明らかに見たことも聞いたこともねぇ魔法も交じっているし……これ、絶対レックスが独自に発明した奴だな……。………だとするともしかしたら………くそっ、流石に紙やインクを作ったり、製本したりする魔法は載ってねぇか……攻撃魔法ばっかだ……くそっ……。
「この剣と、レックス兄貴の魔術書があれば、まず大丈夫だと思うが――ライナス、絶対に死ぬなよ」
本に意識を取られていた俺は、不意に掛けられた声に、どきりとした。
本から顔を上げた瞬間、予想外に真剣な表情で俺を見つめるロナルドと目があった。
「……心配ご無用です。兄上。俺のあだ名は【不死身のライナス】ですよ? 即死するような怪我ですら一瞬で治ってしまう俺が、そう簡単に死ぬはずが…」
「だとしても‼ ……わからねぇだろうが。魔王相手でも、同様なのかは……」
……なんだ、これは。
目の前で心配気に顔を歪めるこの男は、戦闘狂のあのロナルドなのか?
戦闘にしか興味ないこの男も、こんな風にちゃんと弟の心配なんかできたのか?
……これは少しロナルドに対する認識を改める必要が……
「俺は、まだ一度もお前に勝てたことがない‼ 俺は13年前から、お前に勝つことを目標に稽古を励んで来たんだ!! お前が魔王にやられちまったら、俺は目指す目標がなくっちまうじゃねぇか!!」
……なかった。いつもの、ロナルドだった。
一瞬でも、ロナルドの俺に対する兄弟愛に心打たれかけた俺が馬鹿だった。
「お兄様……明日、魔王退治の旅に出るのね……」
ロナルドと入れ替わるように、今度はライラが俺の部屋を訪ねて来た。
心配気に歪められたその顔は、恐らくは心から俺の身を案じるが故の表情で。
……やっぱりライラ。俺は、兄弟の中でお前だけが可愛いよ。今、改めてそれを認識した。
自分の欲望だけに素直な(恐らくレックスのノートも、俺を心配してというよりも寧ろ、あれらの魔法が俺に合っているという仮説を検証したいだけに違いない……レックスはそういう奴だ)兄貴どもなんか、知るか。
「ああ。明朝、王宮に立ち寄って国王に挨拶をしたら、国を出ようと思っている」
その為に必要な馬車も、路銀も、様々な道具も用意した。
あとはもう、国を出るだけだ。
「……そう」
ライラは少し考え込むように俯いた後、ややあって顔をあげると、強い決意を秘めた眼で俺を見据えた。
「お兄様……私も一緒に旅に連れて行って」
想定内といえば、想定内の言葉だった。
「……お前を、か」
「っ必ず、必ず、私はお兄様の役に立ってみせるわ!! 私は呪術が得意だし、基礎的なものなら魔法だって一通り使える。お兄様が呪われた時は、呪返しを施すことだってできるわ!! だから…だから…」
「……駄目だ」
「っどうして‼」
確かに魔王退治の人数は多いに越したことはない。
俺一人で行くより、ライラに同行してもらった方が、より魔王退治の成功率は高まるだろう。ライラの呪術の腕は一級だ。旅の仲間としても申し分はない。
……それでも。
「魔王退治の旅の道中は危険だ。俺だって、いつもお前を守れるとは限らない。……俺は、お前が傷つくのはごめんだ」
いくらチート能力があっても、神の加護がついていても、この世界はあくまで現実の世界。死んでも金さえ払えば生き返ることができるRPGの世界とは違う。
そんな旅に、執筆の次に大切な妹を連れて行く訳にはいかないだろう?
………それに一人の方が、道中暇な時に、自由に執筆のアイディアを練ったりできるしな。