ライナス17歳 勇者の称号
最近、ディアナもセリエもミーシャも、俺に関わってくることが少なくなった。
それぞれ名家(セリエもまた、実はエルフの首長の娘だったりした……なんでどいつもこいつも肩書だけは大層なんだ)の直系なだけに、最近巷を騒がしている事件の対策やら何やらで忙しく、色恋どころではないのだろう。実に喜ばしいことだ。あの三人が付き纏わなければライラもヤンデレを発症することなく大人しい。これで、ゆっくりと小説執筆に集中することができる。
……そう思って上機嫌で日夜執筆に励んでいたのに、今日になって父ルーカスに呼び出されてしまった。
一体何なんだろうか。……せっかく新作の執筆が佳境に入っているというのに。
「……それで、一体どのようなご用件でしょうか。父上」
「………分からないのかい?」
分からないから、聞いている。……とは、流石に父親に対しては言えないから黙っておく。
6年前の誘拐事件で俺は学んだ。沈黙は金だ。
「……お前は今の緊急事態を、一体どう思っているんだ? ライナス」
「緊急事態? ……何か特別なこと、ありましたか?」
俺の言葉に、ルーカスが切れた。
「魔王が復活して魔物達の数が急増し、世界が滅亡する危機が訪れているのに、ライナス、お前は何故全く危機感も抱いてないんだ!!」
滅亡って大げさな……恐らくひどくて人口半減くらいだろう。多分。
この国の始祖である、俺と同名の英雄ライナス。
彼がうち倒して封印した筈だった魔王が、最近復活したらしい。
そのせいで魔物が活発化して、他の生き物を襲うようになったせいで、国内は大騒ぎになり、ディアナ達もまたその対応で追われている、というわけだ。
……だけど、俺としては正直かつてもあったことなら、今回だって何とかなるだろうと思っている。
どうせまた始祖ライナスみたいな英雄が現れて何とかしてくれるパターンだろ。
そんなことよりも、俺は今、この時機だからこそ、しなければならないことがあるんだ。
「ライナス……お前はこの非常事態に対して、本当に何も考えていないのかい? お前が今すべきことは何か、分かっているのか?」
「もちろん、分かってますよ。父上」
俺が今、すべきこと。それは――
「魔王に対して人々の関心が高まっている今だからこそ、始祖ライナスを主人公とした物語を世に送りだすべきですよね!! かつての魔王討伐したライナスの話を、一層美化して勇ましく描きあげれば、きっと魔王の侵略に脅える人々の心の慰めになると思うのです!! 大丈夫です。始祖ライナスをモデルにした話は、小さい頃から何度も習作として書いております。実際もう半分以上出来上がっています。あとは…」
「…ちがーう‼ なんでお前はそうなんだっ‼」
俺の熱い熱弁は、ルーカスの叫びによって中断させられた。
……何でだ?なんで、俺は父親からこんな信じられないものを見るような目で見られてるんだ?
俺が言っていること、何も間違ってないだろう。
魔王に対する不安に苛まれている人々を、物語の力によって救う。……実に美談じゃないか。何も批難される筋合いなんかない。
……今回は、今回こそは、絶対、絶対ヒットする筈なんだ。
苦節16年。ぎりぎり黒字程度の売り上げしか出せなかった俺の作品を、世に広める絶好の機会なんだ。
絶対に、俺はこのチャンスを掴んで見せる……!!
「ライナス‼ 何故、勇者として魔王と闘おうとしないんだ⁉ お前が、特別な力を持って来た意味は何だい? 特別な神の祝福を持って生まれたことに、意味は‼ ――復活した魔王を倒して再び封印する為、だろう⁉ お前は勇者となるべく、生れて来たんだよ!!」
違う。断じて、違う。
俺が特別な力を持って生まれて来たわけは、契約するうえでルーフェリアが気まぐれに特典を与えたから、ただそれだけだ。そこに深い意味もなければ、その時点で魔王が復活する運命が決まっていたわけでもない。
変に都合が良いように解釈しないでくれ。
俺が俺として生まれた意味。
それは、心置きなく執筆する為以外にありはしないのだから。
「父上……変な期待を俺にしないで下さい。俺には重すぎる役目です」
「だけど…!!」
「俺は実際に魔王を倒す者ばかりが、英雄だとは思いません。――苦しんでいる人々の、精神的な支えになる物語を生み出せるものもまた、英雄なのではないのでしょうか。俺は、そういった英雄になりたいのです。人々の心から、不安を取り除く英雄に……」
……まぁ、正直英雄云々はどうでもいいが、こうとでも言っておけば、一応断る理由にはなってんだろ。多分。
体を張って魔王退治をする時間があるなら、俺は小説を書きたい。小説を書いて広めたい。
魔王退治はおそらくどっかから現れるであろう、どこぞの英雄様にお任せしよう。
ルーカスはそんな俺に対して、大きく溜息を吐いて項垂れた。
理解してくれたのだろうか? 俺の意志が固い事を。
ならば、俺は再び執筆にもど……。
「ライナス。……そう言うが、お前はこんな状況下でどうやって本を出版するつもりだ?」
………え?
「それはいつものように……」
「印刷所も、本屋も、紙やインクを作る工場ですら、魔物の襲撃によって壊滅状態な今の状態で、どうやって?」
な…ん…だと……⁉
「そ、それは本当ですか⁉ 父上‼」
「残念ながら、本当だよ。ライナス。まだ残っている施設の人々も、襲撃があまり続くようならきっと国外に逃げ出すことも考えるのではないかな……なんせ、我が国は始祖が魔王を封印した国。やはり魔王から恨まれているのか、他国以上に襲撃件数が多いんだ。実際我が領の中でも、他国に移住を希望するものが出始めているからね」
「そんな……それじゃあ…俺の、本は……俺の本はどうやって出版すれば…」
「さあね? 私は領土内の混乱の収拾で忙しいんだ。お前のことまで構ってやれない。自分で勝手に紙なりインクなりを作って、一冊一冊本を作ればいいんじゃないかい? 流通に乗せられるくらいの量を作製するまで、どれくらい時間が掛かるかは知らないが。……ああ、レックスに魔法の助力を願おうとしても無駄だよ。あの子は一応宮廷魔術師だからね。国を守る為に忙しいんだ。……授業以外で碌に魔法を学んでいないお前が、本の制作なんて独自魔法編み出せるとは思えないから、まぁ手作業になるだろうな……手作業で再作した本か……そんなもの私なら買わないけどね。お前は、けして器用な方ではないから、出来上がりが不格好なのは目に見えているからね……まぁ、頑張れ」
つらつらと語られる現実に、俺の未来構想ががらがらと崩れていくのがわかった。
紙とインクから、本を作る?全部一人で?
製法も何も知らない俺が?
そんなもの、できる筈がない。
それが出来たとしても、製本して大量生産するなんてどう考えても不可能だ。
……というか、そんな時間があるなら、もっと小説を書きたい。
だが、誰にも見られない、見せる機会もない小説をただ書き続けるのも……。
「……なぁ、ライナス」
呆然と頭を抱える俺に、ルーカスは笑い掛けた。
……その笑みが、どこぞの自称女神とかぶって見えたのは気のせいだろうか。
「そんな風に一から本を制作していく時間を考えたら、それよりお前が魔王を倒して、平和になった世界で執筆をつづける方がずっとずっと早いと思わないかい?」
……ルーカスの言葉に頷く以外、俺に何が出来たというのだろうか。
こうして俺は、「勇者」という不本意な名称と共に、やりたくもない魔王退治に駆り出されることとなった。
……畜生。




