ライナス15歳 ミーシャの救出②
……正直、別に触りたくない。
猫は別に嫌いではないが、ならこの女撫でるよりも実物の猫を撫でたい。本物の猫なら電波なことも言って来ないし、面倒事を引き起こすこともないだろうから。
即座に一刀両断しようとして、ふと思い直す。……もしかしたら、これから獣人ものを書く機会があるかもしれない。その時参考にできるなら、せっかく撫でていいと言っているんだ、撫でておいた方がいいんじゃないか。
獣人もの。……前世では、ファンタジー愛好家の中ではなかなかの需要を誇っていた。獣人といっても、猫耳、犬耳、ウサギ耳と、種類は様々だが、やはり王道は猫耳だろう。一時はネコ耳萌えこそがオタクの象徴のように扱われていたくらい、そのシェアは大きい。
そして、さっきの不良たち。あいつらの反応を見る限り、この世界にも確実に獣人萌え層は存在するようだ。……そんな隠れ獣人萌えの奴らの嗜好を満たす小説を書けば、今度こそヒットを飛ばすことができるのではないか。
その為には、やはり体験が必要だ。実際に体験した描写と、想像のみで書かれた描写は変わってくる。この機会に、触り心地や、温度、実物の動物との触った感覚の違いに至るまで探っておくのも悪くない。
「……それじゃあ、せっかくだから」
「ふふん。いいですにゃー。いつでもどうぞですにゃ」
俺はドヤ顔を浮かべなら顔を傾けて耳を触りやすくしたミーシャに内心少しイラっとしながらも、その耳元に向かって手を伸ばした。
……なるほど。こんな感じか。髪の毛の手触りと、耳周りの毛の触り心地の違いは、なんていうか徐々にグラデーションな感じで変わってるような……
「ん………ふ……んにゃ………」
「……………」
「……あ……あふ……ん……にゃ……ふっあ……」
「…………………頼むから、変な声を出すのはやめろ」
……まるで喘ぎ声のような、その声を……!!
俺の名誉の為に述べておくが、獣人の耳は実は性感帯だなんて事実は、この世界には存在しない。
急所ではあるので、やたらめったら他人に耳や尻尾を触らせない傾向はあるが、これは普通の人間にしても同じことだろう。友人や家族くらいの親しい間柄だったら、わりと気軽に触ることを許していたりもする。同種ならば、互いに毛繕いをしている時もあるくらいだ。……だから、俺の行為はけして変態ちっくなではないのだ!!断じて‼
「だって……王子様の手、気持ち良くて……声が我慢できにゃいにょにゃ……もっと触ってミーシャを気持ちよくして欲しいにゃ……」
……だから、その顔やめろっっっ‼!
その「いかにも感じてます」みたいな、上気したトロンとした顔を‼
意味深にぺろりと、唇を舐めるな!!
「どうしたにゃ? さわらにゃいにょにゃ?」
「……いや、もういい」
「……まだ尻尾、触ってにゃいにゃ。……普段は恥ずかしくて、絶対人に触らせにゃいけど……王子様にゃら、いいにゃ。寧ろ、触ってほしいにゃ」
流し目と共に送られた言葉に、いやな予感しかしない。
嫌な予感しかしないが、誘うように目の前で振られる尻尾に、どんな感じの感触なのか好奇心が疼くのも事実で。
……少しだけ、なら。
「……あぁんっ!……」
「……………」
……やっぱりやめておけば良かった。
今の声、完全に、アウトな奴だろ……!!
「……どうしたにゃ? にゃんで、手を離すにゃ?」
「………もう十分だ」
……大体の手触りが分かった以上、もう触る必要はない。……これ以上触ったら、取り返しがつかない状況になる気がする。いや、なんかもう既に手遅れのような、嫌な予感しかしないが。なんかだらだらと冷たい汗が流れてきているが、多分きっと、気のせいだ!!
「そうにゃ。残念にゃ……」
ミーシャは名残惜しそうにぺたんと耳を伏せて溜息を吐いてから、にぃっと口端を上げた。
「……で、ミーシャの尻尾と耳を触ったからには、責任とってお嫁さんにしてくれるにゃ?」
……ほら、やっぱりな。
嫌な予感っていうのは、大抵はあたるんだ。――特に今世では…!!
「……意味が分からない。触っていいと言ったのは、お前の方だろう」
「そうにゃ。王子様が好きだから、良いって言ったにゃ。でも、触る決意をしたのは王子様にゃ。なら、やっぱり触った責任はとらにゃきゃいけないのにゃ」
「待て。獣人の耳や尻尾を触ることに、そんなに重要な意味はないだろう。皆、平気で友人達に触らせているぞ」
「普通の獣人ならそうにゃ。……だけど、ミーシャは特別にゃ」
ミーシャのエメラルド色の瞳が、獲物を狙う肉食獣のようにギラリと光った。
「ミーシャは、猫獣人の長の娘にゃ。獣人のにゃかでも、最も高貴にゃ存在の一人にゃ。そんなミーシャの耳と尻尾を触る行為が、普通の獣人にょ行為と同じにゃわけにゃいにゃ。……にゃんとしても、責任は取って貰うにゃ」
……くっそ‼こんな女、助けるんじゃなかった!!
「ちょっと待て……お前、さっきの男たちに耳や尻尾触られそうになってただろうが。もし、あのまま触られていたら、お前はどうしたんだ」
「ああ。……あんにゃ弱い男達、倒そうと思えば簡単に倒せたにゃー。ミーシャのこの鋭い爪と、素早さがあれば、大抵の男はイチコロにゃ。獣人の身体能力、にゃめにゃいで欲しいのにゃ。だけどか弱いふりをしてたら、もしかしたら理想の王子様が助けに現れてくれるかもって思ってたら……案の定だったにゃー」
け、計画通りだったと…⁉
にゃはははと高笑いをするミーシャに、全身に鳥肌が走る。
……一体、どこまでがこの女の計算だったんだ⁉
思わず後ずさりする俺を、ミーシャは猫のように瞳孔が細まった目で完全にロックオンしながら、ゆっくりと尻尾を左右に揺らした。
「逃がさにゃいにゃー。私の王子様……いや、ライナス・フェルディア様? 猫獣人は、普段は自由気ままな分、一度執着したものにはしつこいのにゃ。……絶対に私の旦那様にするにゃー」
……獣人ものを書こうとか、下手な欲をかかず、さっさと帰ってれば良かった……!!