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ライナス14歳 セリエとの接近

 何故だ。

 何故、俺の渾身の本が、売れない。


「…じみ……【不死身】……おかしいな。確かに見掛けたとおもったんだが……」


 俺は、廊下に設置された彫像の陰に身を隠しながら、頭を抱えた。


 ……どうも一年前の武芸大会以来、やたらとディアナが俺に絡んできて困る。

 しかも話しかけてくる内容と来たら、剣術がどうの、新しい剣がどうのと、全く興味がないことばかりだ。……って、家でロナルドに聞かされている内容と変わらないじゃねぇか。戦闘狂同士、お前ら二人で話してろよ。頼むから。俺に構わないでくれ。構想したり執筆したりする時間がなくなるだろうが。


 俺はディアナが立ち去ったのを確かめて、大きく溜息を吐いた。

 ……ディアナのことは、もういい。それより問題は最新作の本の売り上げだ。


『いや、前の分の収入を考えれば、とんとんって所かな。赤字は出てないし細々と売れているらしいから、このまま資金援助は続けるけど、次回作は以前の作風に戻すなりして方向転換した方が良いんじゃないか?』


 昨夜、父ルーカスに告げられた言葉を思い出して、俺は唇を噛んだ。

 今までは、民話や英雄小説のような既にこの地域に一般的に普及している物語を、スポットを当てる人物を変えたり、解釈をアレンジして俺なりに改変したものを本として売り出し、ヒットとまではいかないが、それなりに黒字を出すことに成功した。

 だがしかし、それは言うならば二次創作のようなものだ。やはり、俺としては完全にオリジナルの作品で勝負したい。

 だからこそ、今回はこの世界にない斬新な物語として、敢えて宇宙を舞台にしたSF物を書いて見たわけだったのだが……どうも、これが、こけたらしい。

 な、何故なんだ!! 今まで書いていた物語は、オリジナルティに欠ける、ちょっと発想力さえあれば誰でも書ける作品だぞ…!! 言ってしまえばザ・テンプレ作品だ。元々は、俺がこの世界の主流の物語の構造を学ぶ為に書いた習作ばかりだ。

 確かにテンプレは強い。……だが、今回のSF物はテンプレをしっかり理解したうえで、その要素をしっかり踏襲しつつ、オリジナリティを全面に出した作品だ。物語構造自体は、ちゃんとこの世界の定番の起承転結な形を使っている。

 前の世界ではファンタジーが好まれていたように、人間と言うのは本質的に、自分が知らない、けして味わうことができない未知の世界や、未知の現象に憧れを抱く生き物だ。ならば魔法が一般化した世界では、「科学技術」を元に発展した魔法がない世界に惹かれてしかるべきだと思ったんだが……そして、その考えに俺の第一の読者であるライラも面白いと賛同してくれたのだが……それなのに、何故…⁉ 


「――……えー、最近こんなのが、流行ってるの?」


「流行っているというか、一部の熱狂的なファンがいるみたいだよ」


「へー……」


 未だ彫像の陰に隠れたままだった俺の横を、三人の女子生徒が通り過ぎた。

 その三人が見ているものは……俺の新作のSF小説‼


 まさかこいつら、俺の作品を読んだのか…!?


 俺は彫像から離れてさりげなく三人の後ろを歩くと、女子生徒達の声に耳を澄ませた。

 ネットもないこの世界で、ライラ以外の人間から、小説に関する客観的な感想を聞ける機会はあまりない。

 本を出版するにあたってペンネームを使っているので、万が一俺が後ろにいることを気付かれても、こいつらが作者=俺だと認識することもないだろう。


 何としてでも、こいつらの会話を盗み聞いて、俺の作品の何が悪かったのかを参考にしなければ……!!


「斬新な発想だとは思うけど……正直、よく分からないよね」


「カガク? 何それって、感じ。世界観が独特過ぎて、作者の中では自明のことかもしれないけど、読んでるこっちは置いてかれてるみたいな? 正直半分も読めなかったわ」


 っく……酷評……!!

 覚悟をしてはいたが、いざ読者の生の声で批判を聞くと結構きついものがあるな……。


 確かに科学が自明になっている元の世界でも、作り込み過ぎて一般受けしないSF作品は存在した……。俺のは大分優しくしたつもりだったが、それでもやはりこの世界の人間にはついて行けなかったか……。

 ライラはあれで頭の回転が早く、優秀だ。自分の理解の範疇を越えるものでも、すぐにそのあり方を察して、飲み込むことができる。……ライラを基準にするよりも、もっと頭脳レベルが低い人物を基準にすべきだったか。

 今度はロナルドにでも聞いて……駄目だ。あいつなら、「良くわかんねぇから、取りあえず稽古をするか」とか言ってくる。絶対言って来る。


 ……さて、どうしたものか。


「……でも、私はすごく面白かったよ。作者の人のファンになっちゃった」


 一人落ち込む俺の耳に、天使の声が飛び込んで来た。


「えぇ…セリエ、変わってるね」


「前からちょっとずれているって思ってたけど…」


「いや、そんなことないよぉ!! そもそもこれ、私の本だし! 私の周りでは『何百年生きてきたけど、こんな発想はなかった……作者は天才だ』って、みんなすっごく褒めているんだから!!」


「何百年って……さすがエルフ。流れる時間も、価値観も違うわ」


 頬を膨らませて拗ねる、眼鏡のエルフの少女が、俺には輝いて見えた。


 緩く三つ編みにされた、煌めく緑白色の髪。全く日に焼けていない、陶器のような白い肌に、赤く染まった柔らかそうな頬。丸い眼鏡の下に隠れた、木の幹を思わせる焦げ茶色の瞳は、零れ落ちそうなくらいに大きい。

 ツンと尖ったエルフ特有の耳は、感情が昂ぶっているせいか少し赤くなっている。


 セリエという少女は、三人の中でも群を浮いて愛らしい少女だった。

 だが勿論、俺に彼女が輝いて見えたのは、その愛らしい容姿故ではない。


 分かって、くれる人がいた。

 俺の小説を評価してくれる人がいた…!!


 酷評にすっかり落ち込んでいた分、天にも舞い上がらんばかりの気持ちだった。


「もう。せっかくこの本の素晴らしさを分かってくれる人が増えれば、と思って貸したのに。……この学園に、この良さが分かってくれる人いないのかなぁ……」


 その言葉に「俺がいるぞ‼」と思わず口にしかけて、寸での所で思いとどまった。

 ……さすがにこの状況で突然話掛けたら、不審者以外の何ものでもないだろう。一緒にいる二人だって、戸惑うに違いない。


 ……あぁ、だけど。だけどもっと、感想を聞きたい。

 できれば評価してくれるという周りの言葉も聞かせて欲しい。

 もし、エルフにだけ人気があるならば、また売り方だって変わってくる。

 なんならいっそ、エルフ用の本としてSF作品を書いてもいい。

 あれは、あくまでまだ第1巻……続きの構想は、まだまだあるんだ。できれば、シリーズとしてこのまま書き続けたい。


 どうにかして、あの女と親しくなって、その辺りの話を聞きださねば……!!


「……いないんじゃないかなぁ。そんな人」


「いたとしても、よっぽど変わり者じゃね?」


 ……………お前らの意見はもういい。理解した。だからもう、黙ってろ。頼むから。


「って、話してたらもう、こんな時間……!! 早く図書館に行って、本を借りてこなきゃ」


「……そのうえで、さらに本を読むの?」


「うん‼ なんかね、この作者さんが前に書いてた話が、図書館にあるんだって。民話のアレンジらしいけど、一回見てみたいな、って思って」


 ……っ、さらに別作品を読んでくれるとか、お前は天使か⁉ いや、寧ろ女神か⁉ エルフは実は、女神だったのか⁉


「それじゃあ、二人ともまた、明日ね」


「うん、また明日」


「民話の方、面白かったら明日教えてね……って言わなくても、セリエなら勝手に語るか」


「本の虫だものね」


 結局最後まで俺が後ろにいたことを気付かなかった三人は、そのままそれぞれ別れて行ってしまった。

 俺はその場に立ち止って少し考えてから、セリエと呼ばれた少女の後を追って、図書館に向かうことにした。


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