第14章 真実と決意
時計の針は既に頂上を過ぎる深夜の公園で、ミストが去り立ちすくんだままだった2人はやがて意識を取り戻したかのように我に返り、時崎は司馬へ歩み寄る。
「・・・教えて、あなたの知る『微生物シリーズ』の全てを。あなたが綾ちゃんを殺した人間じゃない事を証明して」
全てを覚悟した時崎の決意を感じ顔を背けたまま小さくため息を付いた司馬は、時崎から視線を反らし公園の暗闇を見つめる。
「・・・前にお前達が『亜種』に襲われていた時にも話したように、俺がもしあの怪物を作った人間であれば、あの時お前達を助ける必要は無かった。それは、自身の身の潔白を説明するには十二分だと思っている」
「それは、分かっているの。・・・けど、あなたが私と同じように驚異的な身体能力を持ち『微生物シリーズ』の未来を知っているのはお祖父さんの増田 隆之さんの影響で、お祖父さんはミストが話すように、宇宙工学者であって40年前に現れた『謎の生物』を討伐した人物なのは本当なのね」
「俺が『微生物シリーズ』を知りお前達と同等の能力を持つのは祖父の影響からで、生物界に生きる人間としては、宇宙工学の学者であった祖父がなぜ『人体の組織再生』の研究をしていたのかを知りたかった。ある時、俺は祖父の研究レポートを見て『微生物シリーズ』の真実を知り、その真実を調べる為に源流の石を手に入れ過去の世界へ行った」
「『微生物シリーズ』の真意・・・」
「俺も祖父のレポートを見るまで『微生物シリーズ』は動植物の細菌類の研究だと思っていたが、そのルーツは40年前の『謎の生物』の細胞のサンプルから出来た物で、その時既に『微生物シリーズ』は完成していた事も知った」
「『微生物シリーズ』は、過去に完成していた研究だったって事なの」
「世界中の生物研究者が『微生物シリーズ』にそこまで拘る理由は、どんな傷も回復させる不死の体を与える究極の人体研究『人体の組織再生』と言う訳だ。だが、討伐すれば即座に灰となり消える生物からのサンプル採取が不可能だが、当時その存在は架空の物語であったかのような悪夢を思い出したくないと考えた人類は、別のアプローチで『微生物シリーズ』を完成させる為に動植物性の細胞から同様なシリーズを作り出した。未来を知るミストが知る『η細胞』は、恐らく人体を主体とした細胞だ。『謎の生物』を主体とした『微生物シリーズ』は『亜種』を生み出さない」
「『亜種』を生み出さない『微生物シリーズ』・・・。つまり、『亜種』は細胞の融合の段階で起きる突然変異で、『謎の生物』の組織を元に作った細胞は融合が無いから『亜種』は発生しないと言う事なの」
「定かではないが、俺が今まで見て来た細胞からは『亜種』は発生していない」
自身の祖父である増田の残したレポートを頼りに『微生物シリーズ』を追う司馬に、時崎はなぜそれほどまでの世紀の発見が過去に行われていたにも関わらず世間に公開されていない事に疑問を覚えるが、40年前に起きた『謎の生物』の襲来は、全世界を恐怖に陥れた出来事であり記憶に留めておきたくないと考えるのが一般で、生物は討伐されるこ事で灰となり消えサンプルを採取する事は不可能だと話し、その『謎の生物』を元に作る事で他の細胞との融合が必要無い為『亜種』は発生しないと語る。
「でも、お祖父さんが実際に『謎の生物』のサインプルを採取して『微生物シリーズ』と『人体の組織再生』を既に確立した筈でしょ。それなら、お祖父さんのレポートから開発したタイムマシーンで日時を指定して目的地へ行かえばいいのではないですか?」
「『人体の組織再生』も『微生物シリーズ』も、誰がどの時代で確立したかは知らされていない。だから、叔父も世間もこれを公表する事は出来ないんだ」
「えっ、どう言う事なの?」
「つまり、過去の『微生物シリーズ』は叔父の手によって作られたのでは無く、他の手によって作られた。だが、その人物は誰も知らないって訳だ」
「そんな・・・既に確立されていた研究が、未来の世界で再現出来ていないなんて」
『微生物シリーズ』の真実に驚きの表情で固まる時崎を見た司馬は、先程と違い疲れ切った表情でため息を付く。
「その研究が誰によって行われていたかは解明されていないが、タイムマシーンの原理でもある源流の石は指定された過去以外に行ける事が出来ないのを知った俺は、源流の石が導く先に間違いなく『謎の生物』がいる世界があると確信した」
「司馬さんが『微生物シリーズ』を追っているのは、お祖父さんの意志を引き継いだから・・・そう言う事なの」
「俺は篠目を殺していないの、それは信じて欲しい。・・・だが、ミストの言う事もまた偽りの無い事実だと言う事も理解出来る。・・・それは、『η細胞』のサンプルを作り出した要教授の返答次第でもあるけど」
「それは、学校へ戻って要教授に確認するしか無いですね・・・」
自身の質問に答える司馬の表情を見た時崎は、彼の『微生物シリーズ』を追う目的が祖父である増田の意志を受け継いでいる事を感じ、その返事を聞いた司馬は自身と同様にミストもまた篠目を殺した人物ではないと話すが、その確証は『η細胞』を渡したとされる要の証言が必要だと続けて話すと、二人は明日その事実を要に確認する事を確認し一旦解散する。
だが、翌日二人が見たのは要の変わり果てた姿で、三人が出会っていたあの晩に要は何者かによって殺害されていて、彼女の部屋はその者によって荒らさ見るも無残な状況と化していた。
翌朝登校して来てその一報を聞いた二人は即座に現場へ向かったが、その時には既に要の遺体も全て片付いた後の状態で、部屋の入り口前に貼られた境界線のテープの先に見えるのは机などの事務用品のみで、それ以外は全て捜査品として押収された後だった。
「・・・そんな、要教授まで殺されるなんて」
「殺害時間を確認して来たが、殺害予定時間は俺達が公園に居た時で西村研究所に居た時間も考慮すれば、俺達もミストも要教授を殺す事は不可能だって事だ」
「要教授が殺されたのは、『η細胞』を知ったから・・・」
「多分、そういう事だろうな。これで『η細胞』の存在を知るのは俺達とミストだけになった。それと、篠目と要教授を殺した奴って訳か」
「司馬さん、ミストは?」
「昨日の事もあるけど、今日は学校に来ていない」
要が殺された日時を確認した司馬に、時崎は要が殺された原因は『η細胞』を知る人間だからと推測すると、現在に『η細胞』の完成を知る人間は自身と時崎とミスト、そして篠目を殺した人物だと語る司馬の話にミストの存在を確認した後、暫く沈黙を貫いた時崎は答えが閃いたように目を大きく見開き司馬を見る。
「要教授を殺した人物が『η細胞』を知る人物を全て消すつもりでいるのなら、次の標的は私か司馬さん・・・そして、ミストが狙われる筈です」
「要教授はお前達と同じ基礎能力を上げる薬を持っていて、襲われた際に使用している筈だ」
「要教授は、私と同じ薬を使っているのに殺されたって事ですか」
「ああ、間違いなく相手は相当な手練れか、あるいは『亜種』だと言う事だ」
「・・・多分、『亜種』の可能性は無いと思います」
「時崎、なぜお前にそれが分かる」
「要教授の部屋の状態です。あそこでもし『亜種』との戦闘が起これば部屋は現状の状態を維持出来ない筈です」
「だが、『η細胞』のように人間ベースの『亜種』であれば可能じゃないのか」
「私達が昨日見た『亜種』が・・・もし綾ちゃんをベースにして生成されていたのであれば、『η細胞』の『亜種』は加減して戦う能力はないと思います」
「・・・まぁ、お前の考えは一理ある」
「それに『亜種』の肉体の一部を見た時、その肉体を生成した細胞からは知識を得られるような組織はありませんでした」
「お前・・・、あの肉片だけで『亜種』の細胞の種類を見分けたと言うのか?」
「ええ、私は細胞を血の色などの見た目の特徴でで見分けられるように記憶しています。その中の全ては、私の記憶している特徴の細胞でした」
「なるほど・・・、それが『γ細胞』の仕組みを発見した天才の真実って訳か・・・」
昨日の悪夢を思い出しながらも必死に感情を抑えながら話した語る時崎の話を聞き、ミストの手助けがあったが若干十代の少女が『γ細胞』を発見出来た事に納得した司馬は、ゆっくりと要の教授室を後にする。
「・・・時崎、お前に話しておきたい事がある」
「え、私に?」
廊下を歩き出した司馬の言葉につられるように追い掛けた先は人気のない屋上で、背中を向け立ち止まっていた司馬が時崎に振り向いた際に見せた表情は、これまでの無表情に近い冷徹な表情と違い恐ろしくなるほどに真剣な表情に怯えた声で時崎が切り出す。
「司馬さん、私に話したい事って・・・」
「昨日話したように、俺は過去の世界へ行きその情報を得る事が出来た・・・筈なんだが、元の世界へ戻るとその記憶を失くしてしまう。その理由は分からないが、俺は要教授と篠目を殺した人物を知っている筈なんだ」
「司馬さんは、この事件の犯人を知っていると言うのですか」
「だから、俺はあの時ミストが犯人ではないと言いきれたんだ。ミストを悪に変えた『神』は間違いなく過去の世界にいる。・・・時崎、お前が『γ細胞』を見つけた時に見せたその驚異的な記憶力があれば、過去の世界の出来事を記憶出来るかも知れない」
「私が、過去の世界の記憶を・・・」
過去の世界で何かを掴んでいた司馬は、現代へ持ち帰ると消えてしまう記憶を時崎の驚異的な記憶力があれば覚えておける可能性を語ると、そこに親友を殺した人物がいると時崎は考える。
今となっては朱鷺宮高校の天才の名を引き継ぐが、これまで自身から何かを進んで取り組んだ事は無く『γ細胞』もミストの声掛けが無ければ早期に実現出来ていたか定かではないと考えている時崎は、これからの未来に対しても惹かれたレールを言われるがままに進むだけだと感じてた。
だが、自身を利用し世界を滅ぼす可能性のある『レイラ菌』を撒く事を企むミストの言う通り、ミストは敵でもなければ味方でもないと分かってはいるが、今の自分を作ったのは間違いなくミストの存在は大きいと感じ、その責務を全うする覚悟を決めた時崎は意を決した表情で司馬を見つめる。
「司馬さん、源流の石は今持っていますか」
「ああ、石の片方の破片は既に過去の世界の入口を作る為に使ってある」
「行きましょう!こうしている間にも、ミストやこの世界に危険が迫っています。ミストや私達を狙う『神』が『微生物シリーズ』を知る人物であれば未来から来たミストとは違うルートから来ている筈です」
「・・・なら、源流の石の先にある世界からその『神』は来ていると言う訳か。だが、篠目を『亜種』に変えたのは未来の『η細胞』の筈だ」
「だから、『神』は要教授を狙ったんじゃないのですか」
「・・・そうか、ヤツは教授から『η細胞』を奪ったと言う訳か」
これまで曖昧な表情しか見せなかった時崎の真剣な表情に彼女の決意を肌で感じ取った司馬は、その力強い言葉に押されるかのように進み出し校舎を後にする。
二人が辿り着いた先は司馬が通っている研究所で、そこは『亜種』を生成しても十分に対応出来る程の広さと耐久性を持ち合わせたコンクリート壁に囲まれた部屋の中央には、不気味な存在感を見せる黒い渦が宙に浮いている。
「・・・これが、源流の石から作られたタイムホールですか」
「祖父が残してくれた書類に書かれていた場所に隠してあった。ここは俺の実験室で基本オレ以外の人物は立ち入らないから、ここで源流の石でタイムホールを作り過去の世界へ行っていた。この先にある過去の世界にも同じ穴があって、それに吸い込まれればとりあえずは戻って来れた」
「お祖父さんは、この渦に関しては何も残していないの?」
「資料には穴の先は決められた時代にしかタイムトリップ出来ないと書いてあって、祖父はその先で『謎の生物』と遭遇し現代へ召喚された生物の発生を止めたと書いてあった。討伐すれば灰のように消える生物のサンプルを採取したのは恐らく召喚前のその時代の筈だ」
「・・・だけど、現代にその記憶を持ち帰る事が出来ないと言う事ですか」
「この先で何体かの生物からサンプルを採取する事は出来たが、戻って来た時に残る違和感はある人物の記憶だけは残っていない。だが、間違いなく俺はこの先で何かに出会い結果を持ち帰っているのは確かだ。ワームホールへはブラックホール同様に吸い込まれる異空間だ、手を出せば自動的に吸い込まれる」
「・・・はい、それでは行きましょう」
目の前にある不気味な渦に手を差し出した司馬は一瞬にして渦の中へ消えて行き、それを見て多少の戸惑いを見せる時崎だったが、ためらう事無く司馬が消えた渦へ飛び込む。
かつて40年前に起きた『謎の生物』到来の起源となりゆる過去の世界へ向かった2人は
その先で一連の事件の知る事になる。