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第12話 絶望の再来

 周りの景色は暗闇一色に染まり、辺りの街灯は夜を告げるように次々と発光し始める。


 光と影の部分が交互に続く薄暗い道を歩く紺のブレザー姿の一人の女性は、まるでその身に魂が宿っていないゾンビのような脱力感を感じる様子でゆっくりと歩みを進め、次第にその先に見える広大な敷地にある研究施設に目を向ける。


「お母さん、お父さん・・・。一体どっちが真実なの・・・」


 既に大量の涙を流し尽くした為か、その目元は赤く腫れあがり全ての水分が放出され乾き切った肌の女性は天才新嶋と同時期に『δ細胞』を発見した篠目で、その細胞のせいで自身が闇に加担していた事を知り絶望に暮れていると同時に、その闇の先に自身の両親がいる可能性に怯えていた。

 『δ細胞』の融合により発生したソマスタチンの影響で施設が半壊状態になっている西村研究所は、日中は報道やヤジ馬など多くの人でごった返すが、夜は警備員のみの寂しい状況の為、細胞活性化の薬を服用し異常な能力を持つ篠目にとって内部への侵入は容易い事であった。


 薬品の影響なのか、半壊し焼け焦げた状態の建屋の内部に漂う強烈な匂いが篠目を襲いむせそうになるが、それでは己の侵入に気付かれる恐れがあると感じた篠目は自身の口を服で塞く事でその衝動を抑えながら前へ進み、やがて両親が居た研究室の前へ辿り着き内部を見渡すと、兵どもが夢のあと的な焼け野原の研究室で篠目は一心不乱に残骸を漁り始める。

 篠目の目的は自身が研究所内に残した『δ細胞』のサンプルと研究資料で、そのサンプルがキメラから回収した細胞と型が合えば、それがこの研究所から持ち出された物だと確定出来るからであったが、既に全焼に近い研究室でそのサンプルを見つけるのは不可能に近く、この時篠目は初めてこの事故が研究過程で発生ではなく全ての秘密を抹消するべく行われた行為だと確信した。

 だが、その可能性を考えた時には時既に遅く敵は先回りし証拠を隠滅していた事実にこの時初めて気が付く。

 今回の一件を両親が自白した事で服役され自身の帰る場所を無くした篠目は、先の見えない深い絶望を味わいながら全焼した両親の研究室のあった跡地の中央で茫然と立ち竦む。


「私は、全てを失った・・・。『δ細胞』の件は恐らく私にも責任を押し付けられる。そうすれば、私の発見も白紙にされる可能性もある・・・。もう、何もかも壊してやりたい。この世界も・・・全部」


 満月が覗く天を仰ぎながら涙声で話す篠目の目の前に、突如一人の人物がその満月を背にする事で顔が確認出来ない状態で立っている。


「・・・お前は、この先何を望む。栄光か?絶望か?」

「あんた・・・何言ってるの?この状況で私が栄光を望んでいると思っているの?私は結局、最高峰の研究所で働く両親を見て、いつか私もここで働いて全てを手に入れると考えていただけ・・・。あの時だって・・・景子が『γ細胞』を発見した時だって、正直私には焦りがあった。あの子が、まさかこれ程の才能を持っていたなんて・・・。それに焦った私は、基礎研究から新規細胞の研究へシフトチェンジした。そして、私はあんたの救いの手に縋った・・・。その結果が・・・これよ!あんたは、私達を利用するだけ利用して『微生物シリーズ』の開発を早め『亜種』を悪用する張本人だったのよ」

「・・・」


 自身の心の内を誰かに聞いて欲しい、その一心だった篠目は素性も見知れぬ人物に己の心の闇を打ち明け、その言葉に対し目の前の人物は暗闇で表情は確認出来ないが声で人物を特定していた篠目は目の前の人物に己の怒りをぶつけるが、その様子にも一切動じない目の前の人物は静かに話しを続ける。


「・・・私はミストではない。ミストは、未来を知りその未来を変えたい為に未来からやって来て、お前達を利用している。」

「じゃぁ、あんたは一体何者よ!・・・その白髪は、ミストと同じ髪型のあんたは!」

「私も同様に未来を知る救世主、・・・とでも言っておこうか。そして、私はミストであってミストでは無い。なら、キミに特殊な力を授けようじゃないか?彼には出来ない、この世界を壊せる程の強大な力を、ね」


 目の前の人物が話を終えると同時に篠目の腕に突如激痛が走り我に返るが、その時には既に彼女の体内へ謎の液体が送り込まれた後で、その効果は即座に表れ、更に増す激痛に叫ぶ篠目の体は次第に膨れ上がると彼女の表皮は無残に破れ去り、その内部からは表れたのは4本の腕を持つこの世で見た事の無い生物で、その生物は『η細胞』の融合によって生まれた『亜種』『ガスト』であった。




 篠目と別れてから彼女の事が頭から離れず、ベッドの上で蹲ったままの時崎に一本の着信が来る。

 本来であれば親友の事で頭が一杯の状態の時崎であれば電話に出る事は無い筈の着信に、この時なぜか感じた違和に携帯を取ったが、その内容は西村研究所で再び『亜種』が表れたとの事だった。

 応答してしまった以上、討伐を任命されている身として出動しなくてはと己に言い聞かせ立ちあがった時崎は、ベッドから堅いフロアに着地したにも関わらず、なぜか自身の体内から来る眩暈に襲われ、その前兆になぜか自身の中で少しの違和感を覚えた。


 移動中に篠目にコールするが返事は無く、今の彼女の気持ちを考えれば一人での討伐はある程度覚悟していた時崎だったが、実際にその場面になると先程までの気だるさと違い緊張感が体を襲い、その緊張感も現場に着いた頃には消え去った時崎は懐から銃を抜き、初めて対峙する『亜種』との戦いへ向かう。


「このキメラは、今まで見た事の無い部類の『亜種』だわ。新手の細胞から生成された物?私には、このキメラが何を主体にされているのかが分からない・・・」


 時崎は複数ある腕から連続で繰り出される拳の攻撃をかわしながらキメラの特性を確認する事を試みているが、今まで見た事の無い組織編成のキメラに、主体となっている物が分からずに困惑している。

 手を拱く時崎へ容赦なく襲い掛かるキメラの攻撃をかわし、対生物弾の入った銃を構え発射すると、キメラはその弾道を捉え意図も簡単に弾丸をかわす。

 リーチの長いキメラに対し距離を取って戦っていた事もあったが、銃が放つ速度にも臆せずかわせる実力を持つキメラに恐怖を覚えた時崎は怯み、その隙を見逃さなかったキメラは振り上げた二本の手を時崎目掛けて振り下ろす。


「時崎!横へ跳べ!」


 その時、背後から気配を感じたキメラは攻撃を止め横へ跳ぶと、同時に時崎へ向かって叫ぶ声と同時に自身の目の前へ迫る弾丸に気付いた時崎は即座に横へ跳び弾丸を避け、その先に居る人物に目を向ける。


「司馬さん!」

「・・・時崎、そいつは『η細胞』によって生成された『亜種』だ」

「え?『η細胞』って、そんな細胞『微生物シリーズ』には存在しない筈ですが・・・」

「だから・・・お前の知らない主体成分になっているんだろう」

「そうですね。・・・で、司馬さんは『η細胞』の主体成分って知っているのですか?」

「・・・」


 司馬の存在に気付いた時崎はその横へ移動し目の前のキメラを睨みながら叫ぶと、司馬は目の前の『亜種』が『η細胞』から生成されたキメラだと説明し、それはまだ存在自体知らない『微生物シリーズ』の細胞に疑問を抱く時崎は司馬へその細胞の主体成分を質問するが、司馬は無言を貫き目の前のキメラを睨む。

 キメラの繰り出した攻撃をかわした司馬はその腕に乗り、襲い掛かる残りの腕の連続攻撃を華麗にかわしながらキメラの至近距離まで接近すると、手に持っていた銃の引き金をキメラ目掛けて引き、その弾丸はキメラの顔面を捉える。

 他のキメラに比べ圧倒的なスピードを持ったキメラだったが、至近距離からの攻撃では避け切れる事は出来ず、司馬の持つ『44マグナム』から放たれた弾丸によりキメラの顔は消滅した。


「お前が放った距離からでは幾ら実銃とは言え、ヤツの避けるスピードには敵わない。なら、間合いを詰めて攻撃するのみだ」

「私と・・・いえ、それ以上のスピードと運動量。司馬さんは、一体何者なのですか・・・」

「俺は、元々この運動能力を持つ人間だ。鍛錬は常に積む必要はあるが、お前のように薬の力に頼らなくてもあの程度の動きであれば可能だ」


 未知の細胞である『η細胞』のキメラに後れを取る事無く討伐した司馬の能力を見た時崎は、その能力が自身同様の細胞活性化同様の実力を持つ事に驚き、なぜ密令で動く自身達以外に同様の能力を持ち『η細胞』の存在を知る司馬へ尋ねる。


「司馬さんは、まだ完成されていない『η細胞』を知っているのですか」

「・・・『η細胞』の主体成分は『人体』だ。人から生成されるこの細胞は『微生物シリーズ』の中では禁句とされる『人体の組織再生』と同様に、まだ(・・)発見されてはいけない細胞なんだ」

「人体・・・て、人間を元に作った細胞って事なの!?誰がこんなひどい事を・・・」

「『η細胞』を生成した人物は分からない。・・・だが、生成された人物はある程度特定出来る」

「された人物・・・って」


 司馬の言葉の意味を理解し恐怖を覚えた時崎は、その人物を特定出来ると話す司馬へ震えた声で質問すると、鋭い視線のまま司馬が瓦礫のを指した先には『η細胞』が現れた場所だったが、そこには篠目が登校時に使用しているカバンがあり、それを理解した時崎の震えは一層増すと共に全身の血の気が引く感覚と同時に、先程出掛ける前に感じた眩暈を感じる。


「え・・・?まさか、さっきのキメラは綾ちゃん・・・」

「それは確定出来ない・・・。だが、突如現れた『亜種』の主成分が人間であり、近くにあった俺達以外の物があれば、自然にその答えに辿り着くのはそう難しくなかった、そう言う事だ」

「司馬さんは・・・あなたはこの事を知っていたのではないですか!?未発表の『微生物シリーズ』を知り、その主成分も知るのであれば、あなたがあそこで綾ちゃんを実験台にしたのではないですか!?」


 先程までの司馬の発言を気にしていた時崎は、目の前の信じられない事実は彼が起こした事であればその全ての辻褄が合うと感じ目の前の司馬にヤツ当たりのように叫ぶ時崎に対し、眼鏡を掛け直しながらいつもと変わらない表情で司馬が話す。


「・・・それよりも、ここにいるのはマズイ。今の騒ぎで俺達が見つかれば『亜種』を放ったヤツの思い通りになる。ひとまずここを出よう、話はその後だ」

「・・・ええ」


 キメラとの戦いで騒ぎに気付いた研究所の警備員が騒ぐ声を聞いた司馬は、このままでは自分達が『亜種』を放った犯人になり兼ねないと話し、その言葉に納得の行かないと時崎もその事は理解出来る為、2人は西村研究所を離れる。

 人気のない深夜の公園に辿り着いた2人は近くの街灯下で向かい合い、研究所で話した自身の問い掛けに答える事を待つ時崎を見た司馬は、眼鏡を再び持ち上げ口を開く。


「ウェストリア家が研究していた『人体の組織再生』は、既に数十年前には確立されていた研究成果だったんだ」

「・・・けど、その研究は『微生物シリーズ』が関係しているって、前に司馬さんが話したばかりじゃないですか。『微生物シリーズ』が完結していないのに、なぜ『人体の組織再生』の研究が確立されるのですか」

「『微生物シリーズ』が完成すると同時に『人体の組織再生』は確立される、この話に矛盾は無い。だが、今から40年前の2030年に別の方法で『人体の組織再生』の理論は確立されていた」

「2030年・・・その年は確か日本に『謎の生物』が襲来し、首都を乗っ取る寸前にまで追い込んだテロもあった年・・・」

「あの年、政府が進めていた次元操作の研究により、不安定ながらもタイムマシーンの原理を立証していたんだ。・・・そして、それを悪用する人物によって過去の世界から『謎の生物』が召喚された」

「タイムマシーンが、この日本で作られていたって言うの!?」

「そうすれば今話した言葉の辻褄が合うだろう。今も完成していない『微生物シリーズ』に対し既に『人体の組織再生』が立証されていた矛盾は、時間操作が出来る事で過去と未来で研究成果を先取りした人物が居たと言う事だ。そして、その生物が『微生物シリーズ』の原型となっているとしたら、全ての事に合点が行く。・・・そして、生物から細胞を採取し『人体の組織再生』の研究を進めていたのは西村研究所と言う事だ」


 司馬の話す突然の言葉に戸惑いを見せる時崎だったが、次に発せられたタイムマシーンのセリフに一瞬戸惑いの表情を見せたが、『微生物シリーズ』完成なくしては出来ない筈の『人体の組織再生』がタイムマシーンの存在によって先に実現されていれば、その組織から未発見の細胞を採取る事も可能だと語る。

 実際にこの世界では時崎の生まれる遥か前に『謎の生物』に襲撃された経験があり、その生物はダメージを与えても驚異的な回復力と物理攻撃が通じない未知な体を持っていた事を聞いた事があった時崎は、バラバラだった司馬の話す言葉のピースが繋がった事で全てを理解する。


「・・・それだと、『亜種』を放った主犯は国と言う事なの?確かに国がその事を隠す事は可能だと思いますが、ミストが・・・ウェストリア家が動く必要は無いのではないですか?」

「俺が考えるには、国はこの件には絡んでいないと言う事だ。政府は40年前の事件でこの事は懲りている筈だし、あの時に組織された『謎の生物対策省』は国に逆らってまで己の信念を貫いたと聞いている。もし国が正義であったらこの世は生物に滅ぼされていた筈で、国が悪だったからこそ『謎の生物対策省』の力で日本はテロの手に落ちなかった。幾ら国際的権威のある研究所とウェストリア家であっても国が禁忌を冒す事は無いと考えれば、それ以外の組織が動いていると考えるのが妥当だ」

「それが、西村研究所・・・」

「西村研究所はその時から『人体の組織再生』を研究していて、ウェストリア家とも密かに繋がりがあるのは、お前も知る事実だ。・・・そうだろう!?ミスト!」

「えっ!?」


 司馬が突然周りに向け叫んだ言葉が今一番気になる人物である事に時崎は驚きを見せるが、やがて静まり返った公園の暗闇からゆっくり現れたのは白髪の髪を靡かせるミストであった。


「リョウマ・・・」

「ミスト、今日はゆっくりと君と話が出来そうだな」


 濃い霧のように謎のベールに包まれたミストに対し変わらぬ冷静さを見せ話す司馬は、今回の件の真相を聞かんとばかりに変わらぬ表情の中に見え隠れする狂気を見せながら話す。


 40年前の事件の真相を知る謎の人物司馬と、ウェストリアの末裔にミストとの出会いによって、『微生物シリーズ』と『人体の組織再生』の謎が解明され始める。


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