Lesson:2 赤い箱
『早起きは三文の得』という言葉があるが、あれはきっと嘘に違いない。でなければ、今この瞬間、俺の心に積乱雲さながらの分厚い暗雲など立ち込めているはずがないのだ。
全てはあの占い。あの死の宣告のせいだ。
「・・・・・・。」
暗澹たる俺の心境とは裏腹に、前方の緑豊かな山間には太陽が輝いている。非の打ち所もないほどの爽やかな来光だ。
ごくごく一般的な、地方都市にある県立高校。
そんな普通の高校には俺のようなフツーな男子高校生が実に良く似合う。
校舎が山の中腹に建っているために俺を含めた全校生徒は毎朝、登山さながらのハイキングコースを散策しなければならない。正直ダルイ。
駅前からはバスが日に何本か出ているようだが運賃は自己負担だ。
万が一、俺が生徒会長にでもなるようなことがあれば『バス運賃無料法案』を提案してみようと目論んでいるのだが、まあそんな日は永遠に訪れないだろう。
というわけで、俺は今日もこの無意味に急勾配な通学路をだらだらとのぼっている。
「おっはよう!ナオ」
一人ノスタルジックに決め込んでいた俺と空との静寂が、素っ頓狂な声にぶち壊された。
快活な朝のあいさつ。
首だけでのらりと振り返れば、ふわふわとした栗色の髪が俺の鼻先で揺れていた。
満面の笑みをツラに貼り付けたそいつは、いわゆる腐れ縁ってやつの仕業なのだろう。小学校からずっと同じクラスで、ついには高校まで一緒になってしまった俺の幼馴染の少女、絢だった。
「まぁた、朝からそんな暗い顔してぇ」
隣に並んで歩き出した絢が、寒さで紅潮した頬をふくらませてそんな軽口をたたく。
「・・・元々こういう顔なんだよ、俺は」
余程の仏頂面をしていたんだろうな、とか考えながら言葉を返すと、ふうん、と絢は適当な相槌をうった。
いつもなら俺よりも早く登校しているはずの絢だが、今日は珍しく寝坊でもしたんだろう。あえてそのへんの事情を聞こうとは思わないけどな。
絢がふいに、俯いていた顔をあげた。
「ねえ?」
「なんだよ」
「今日って、何の日か知ってる?」
ああ、知っているとも。
2月14日。
甘味と男女が織り成す桃色のイベントデーだろ?もっとも、俺にとっては呪いたくなるような凶日でしかないがな。
「・・・そんなこと、俺に聞いてどうする気だ」
「え、別に、どうするっていうわけじゃ・・ないんだけど」
「?」
むっつりと答えた俺にたじろいだのか、絢は再び困ったように俯いて黙り込んだ。
女嫌いの俺がなぜ絢と登校できるのか。それは一重に、俺の脳がこの少女を『女』として認識していないからだろう。今の女くさい、しとやかな言動は珍しい。それがかえって付き合いやすさに通じているのかもしれないが。
俺がなぜ女嫌いになったのか・・・それはとりあえず、ここでは語らないことにしておこう。
いろいろあるのさ。深いワケってやつがな。
その後は俺も絢も無言のままに坂をのぼり、何人かの生徒を追い抜き追い抜かれ、やがて校門をくぐるといつものように見慣れた下駄箱へと入った。
靴を脱いで、校内用の上履きに履き替えようとして・・俺の手がぴたりと静止した。
本来ならばそこにあるべきではない、不自然極まりない異物が手に触れ、そして視界に映ったからだ。
俺はアホのように固まったまま動けないでいた。
「どうしたの?」
やや低い位置にある自分の下駄箱から取り出した上履きを手にした絢が、きょとんとした顔で首を傾げる。
そうして呆然と立ち尽くす俺の脇からひょいと下駄箱を・・・異物を覗き込んだ。みるみる、絢の顔にも驚愕の色が浮かんでいくのが分かった。
「これって・・もしかして」
それは、まるで血のように真っ赤な色をした、小さな箱だった。